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夕立の詩(うた)  作者: 富永真一
5/26

扱い難い思い

3‐3

「そいじゃ、直樹くん、またいつでも遊びにおいで」

「ありがとうございます」

「あぁ、ずっと言おうと思ってたんだが・・・・・・」茂吉少し声を落とす。

「はあ」

「お父さんのこと許してあげんと、な」

 宮川での最後の仕事を終え、電車のつり革に体を預けながら、最後に交わした茂吉との会話を思い出した。

茂吉に父親に対する思いを打ち明けたことなど、果たしてあったろうか、直樹は少し記憶を探る。帰り際、店先で軽く一杯飲み交わす時も、その趣の話をした憶えはなかった。当の直樹とて、父への反発心は見てみぬふりを決め込んでいる。父親が祖父の酒屋を潰したという反感は、開けてはならない箱の中にしまいこんでいる“秘匿事項”なのだ。実のところ、自分でも向き合いきれない不気味さを孕みながら、深い湖の底で息を凝らしている竜を思わせる。

「え?」

どうして茂吉は、それに気づいたのだろうか。


次の魚屋に移っても、茂吉のその一言が響いたのか直樹の気持ちはどこか晴れないところを残しながら、バイトに向わねばならなかった。その魚屋も個人経営であり、「やっぱり家系かねえ」と母が笑ったが、「いや、別に、関係ないっしょ」と直樹は無愛想にその言葉を遮るだけだった。「要は自分は、人が好き」なのだ、と少々強引に理由付けをしてはおいた。その言葉を聞いた母親は一瞬意外そうな顔をしたが、それ以上何も言ってこなかった。

決して人付き合いが器用ではないし、人に品物を勧めて売ることが得意でもない。ただ、自分が用意したり提供したものが、誰かの喜びや満足につながったり、不足している物を補えていると感じることが充足感に結びつく。バイトの経験から、そんな実感は手にしていた。しかし、幼少の頃から親しんできた個人経営の客商売という安全基地ともいえる場所を働き口として選んでしまったが故に、意図せず触れたくない自分の秘部に触れ、それを意識することになり、何とも扱いの難しい思いを抱えてしまうことにもなっていた。


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