茂吉
3-2
「おめえは、どうしてうちで働くことにした? 若いのは皆、こういう店には寄り付かん」
「最初は、嫌だったんです」
店主の茂吉はしたり顔で聞いている。
「じいちゃんも、親父も同じ仕事してるんで」
茂吉はコップ酒をちびりとやる。客が来ないと見込むとまだ明るいうちから店先の円卓で直樹と話しながら一杯やるのが茂吉の習慣になっていた。
「でも、どうしてもやりたくなったっていうか・・・・・・好きだったんですよ。じいちゃんの酒屋。今はコンビニになっちゃったんすけど」
日に焼けた肌に皴を刻んで、茂吉は笑う。
「でも、儲からんど」
「知ってます」
直樹も茂吉と同じ笑みを浮かべ、頷く。
「参っだな・・・・・・」
「本当ですね。参りますね」
「どうすっかな~。もうここ五年はずっと赤字よ」
「コンビニにしちゃえばいい」
二人の乾いた笑い声が店に響いている。
コンビニにしたって、大した儲けはあがってこない。営業時間が増え年中無休で客を受け入れるためには、従業員を雇い、教育もするする、そんな厄介なことをこの茂吉ができるはずもない。そんな現実的な考えが頭をかすめたが直樹は、意図してその沸きあがったつまらぬ感情を胸の中に押し込めて話を継いだ。
「茂吉さんって、じいちゃんを思い出すんですよ」
「ほう、そうけ? おれには孫はおろか子どもいねえからよ。もし孫がいたら、こんなもんなんか?」
茂吉がタバコの煙を吐き出す。
「孫だと思ってくれたらうれしいっす」
茂吉は照れているのか、ただ戸惑っているのか、もう一度タバコを吸い込んで吐き出した。真ん丸い白い輪が天井に向っていくつも昇っていく。
「一所懸命はたらくんで、これからもよろしくお願いします」
茂吉と打ち解けていくに連れ、仕事の幅も広がっていく。お得意さん達への配達も任されるようにもなり、冬場になると車での灯油の販売も直樹がやった。数年ぶりの灯油の販売とあって、「宮川」には跡継ぎができたと噂する客まで現れた。人見知りの直樹も、茂吉の元では人との関わりで心が和むことが多かった。
不思議なものだなと感じながら、茂吉と一緒に働ける時間が少しでも長く続くことを願った。だから茂吉の背中に老いを感じるほど、直樹はそれを支えようと働いた。遠くまで伸びる坂道を、荷車を押して登る二人を、ふと思い描くことがあった。坂道がどこまで続くか分からない。しかし茂吉が荷車を曳く限り、自分はそれに力を貸すだろう。そんなことを考え始めた矢先、茂吉が店を閉めることになった。
直樹が働き始めて二年が経った春のことだった。
つづく