夕立
「本当だ」
拓海の言葉に直樹は空を見上げる。アスファルトにコイン大の黒い染みが既にいくつかできている。大粒な雨が拓海の肩を濡らしている。雨宿りする場所を探す時間も与えず、雨は二人を濡らしていく。
「わー」
シャワーを浴びるように拓海は濡れた頭を両手でかく。坊主頭はしぶきを飛ばす。瞬く間に道路が水浸しになり、視界が曇る。
「おじさん、ずぶぬれじゃん」
「別にこまんねえよ、ずぶぬれでも」
「それもそうだね」
直樹は両手を飛行機の翼のように広げて走り出した。拓海は走って後を着いてくる。雨粒が路面を叩く音、車のエンジンの音、タイヤが水を踏んでいく音、全てが温かい。
小さいころ酒屋の前で夕立に打たれたことを思い出す。あの場所も、あの男たちも姿を消した。いつも寂しさを連れてくる思い出が、初めて愛おしさをもたらしている。
「拓海、お前夢ってあるか?」
「プロ野球の選手だよ。ベイスターズに入るんだ。その前に甲子園にも出る予定」
「そっか、俺もそうだった」
「おじさん野球やってたの?」
「甲子園にも出られなかったし、プロ野球の選手にもなれなかったけどな」
「だめじゃん!」
「そうだな、ほんとだめだよ、俺は」
「夢は叶えなきゃね。おじさん、今は夢はないの?」
「あるよ」
「なに?」
「教えない、今はな」
「え、ずるいよ!」
直樹は上を向きたくなった。
空に向けた顔に、叩くように雨粒が落ちる。
「今度な」
「約束だよ」
そう言って顔を上げ、拓海は笑った。その混じりけのない笑顔に、直樹は自分を縛っていたものが、ほどけたのを感じる。
まるで大きな船に乗って、ゆったりと目的地に向っているとでも今の気分は喩えられようか。
びしょびしょになっている拓海の頭を両手で撫でてやる。
直樹の瞼の奥には、子どもの頃に抱かれた夕立の後に広がる夕焼けの空が立ち上がっている。
完




