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夕立の詩(うた)  作者: 富永真一
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職員室で

「小河ちゃん、どう? 小学校の仕事は」

三年生を担任している井熊が漢字テストの採点が終って、背もたれに背中を凭れさせている直樹に声をかけてきた。


「小河ちゃんが、子どもが好きなのはよく分かったよ。子どもの扱いが上手というか慣れていると思うけど、前職はどんなことしてたの?」


「学童保育で働いてました」


「そっか~どうりで玄人っぽい雰囲気を感じると思ったよ」


「そうっすか。自分ではよく分からないんですけど」


「休み時間に遊んでるところしか見てないけど、いろんな子を巻き込んで一緒に遊んであげてるじゃないか」


「はあ、特に意識はしてないんですけど」


「学童でいろんな学年の子達を一緒に遊ばせていたりしていたことが生きているんだろうね」


「そうだと嬉しいですけど・・・・・・」


「学童にも時々顔出すけど、大変そうだね。あそこも」


「そうっすね」


「学校でも手のかかる子が集まってるなって思ったことがあるよ」


「そうじゃなかった?」


「そうですかね? 自分はそこしか知らないんで。学童に預けられる家庭の条件とかもあって、シングルだとか、共働きでも所得がそこまで高くないとか、詳しくは自分は分からないんですけど、そういうこともあって、忙しいご家庭のお子さんが多いって感じは確かにしましたね」


「なるほどね」

井熊は丸い顔にある丸い目をさらに丸くして聞いている。


「小学校の先生の仕事って、いろんなことがあるんですね。正直言ってびっくりしました」


「そう? こちらとしちゃそれこそ二十年もやってるとこれが当たり前だからね」


「なんていうか、勉強を教えるのがメインかと思ってましたけど」


「あ~あ」井熊はそう言ってしばらく止まらないという風に大きな声で笑った。


「勉強なんて、わたしにとっちゃオマケみたいなもんだよ」


「へ~」


「こんなこと言っちゃ、えらいさんには怒られちゃうけどね。それ以外の仕事が多くってね」


実際に直樹が目を見張ったのは教師の仕事の雑多さだった。それを毎日同時並行的に進めなければならない。授業の準備、勉強が分からない子どもへのフォロー。職員会議の資料作り。研修の後のレポート。まだ若い教師達は朝早く来て研修用のレポートを書いている。職員室はパソコンに向き合っている教師ばかりだ。出張や研修に出る日の自習の教材を準備するのも大変そうだ。また他の学年の児童が遠足や社会見学で出かける際には担当学年の引率を補助する付き添い教員として自分の教室を空けなければならない。その準備もある。相談や苦情の電話をかけてくる保護者への対応。遠足の下見や運動会や修学旅行やキャンプなど宿泊を伴う行事の準備。直樹が職員室で事務仕事をしていると、教師達も直樹の仕事の量を越えていそうな仕事をこなしているように感じられた。放課後は事務仕事に当てている教師が多く皆パソコンに向き合ってキーボードを叩いている。


「井熊さ~ん」


広い職員室の端に見える冷蔵庫の前の電話の前で受話器を持ってその手を振っている背の高い男性職員が井熊を呼んでいる。


「三年生の男の子達が、グリーンパークでサッカーやってるから、やめさせて欲しいって電話が入ってるから行ってみて~」


「ほら、こうやってさ、お呼びがかかるわ」

「自分で注意してほしいっすね」


直樹は井熊に思わず渋い顔を向ける。

「それが頼めたら、教師は子ども達のお勉強を教えることにもうちょっと専念できんだけどね」

井熊は笑顔で直樹に愚痴をこぼして、職員室を走って出て行った。井熊は自転車で公園に向わなければならない。井熊のデスクに視線を落とすと、算数のテストの採点がそのままになっている。直樹は採点用の赤ペンを手にとってキャップを閉じた。子どもの頃先生に丸をつけられたり、ノートに簡潔なコメントをもらった際に目にした独特の赤い色の丸。小学六年生の時の担任の顔が目に浮んだ。日記を書いて提出すると、直樹自身が書いた量よりも多くのコメントを返してくれた先生だった。あの先生は元気にしているだろうか。


五時を知らせるチャイムが鳴った。

「校庭で遊んでいる児童の皆さん、五時になりました。気をつけてお家に帰りましょう」

直樹は、五時になったことを校庭に来て遊んでいる子ども達に放送で伝えることで一日の勤務が終了する。


「お疲れ様でした。お先に失礼します!」


 直樹は職員室にいる教員全員に聞こえる声で退出の挨拶をする。挨拶は自分から、そしてはっきりと聞こえる声でするようにと近藤から言明されていた。


職員玄関を出て駐輪場に止めてある自転車に跨っていると、帰宅する子ども達に校門を出るまでは自転車に乗ってはいけないとたしなめられた。その子たちと校門を出る。


「先生また明日」


「おう。気をつけて帰るんだよ」


子ども達は一様に直樹のことを先生と呼ぶ。自分が先生と、申し訳なさやら気恥ずかしさが余韻として残ったが、最近は少し誇らしげな色合いもそこに混じってきたことに気がついた。


直樹が帰るとき、ほとんどの教員たちはまだ帰る素振りを見せずにデスクにかじりついて書類を作っていたり、同じ学年の教員同士で熱心に話し合ったりしている。


直樹は授業中に教師達の雑用の一部を任されても嫌な気持ちにはならなかった。むしろそれ以上に何か手助けになることはないか。そんな思いが浮んだが、宙ぶらりんな立場の自分が何を考えているだと、逆に自分を責めたりした。

                つづく

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