初春
そうして知らぬ間に夜になって、知らない間に知らない部屋にいた。
そこにはお経の分厚い本と、棺桶に入ったアサヒがいた。
オレの能力を知ったこいつは、すごい勢いで詰めてきた。最初は全速力で逃げてたけど、いつからか疲れて諦めた。
いや、違うな。
楽しかったんだ。
隣にいてくれるのが。
「あなたの手を、ずっとこの先も温めていきたいと思えるようになりました」
捻くれてたやつが、純粋に。
そんなやつが、手を繋いで死んでいった。
全部やりきったみたいな顔で死んでいった。
棺桶を前にして、一人でお経も読んだ。
これで、お別れだ。
「んぅ……ふぁ〜ぁ」
と、棺桶から気の抜けたあくびと「イタっ」という声が聞こえた。
「お前、何で?」
「いやぁ、申し訳ないんですが、死にきれなかったみたいで……お恥ずかしい」
蓋を外して目を伏せるアサヒに、ダッシュでハグをぶちかましてやった。
「あらあら、涙で死装束がぐちゃぐちゃですね」
「嬉し泣きだからいいんだよバッキャロォ……」
──*──*──*──
目が覚めると、外で朝日を浴びていた。歩いているうちに木の窪みで寝ていたらしい。
涙は、流してなかったようだ。代わりに、鼻の頭に何かの花びらがのっかっていた。
……ああ、泣いてなんかやらねえ。やるもんか。
「はは。はっはっは」
笑ってやるんだ。ざまあみろって。
オレに関わるとろくなことになんねえだろって。
そうしねえと、今まで殺してきた奴らが馬鹿みたいじゃねえか。
人間は総じてクズばっかなんだ。その中の一つだけクズじゃねえなんて、そんな勝手が許されるか。
そんなことを許したら、俺は生きていけなくなるじゃねえか。
いつの間にか弱くなった自分を認めて、自殺するようなことは許されねえ。
だから、オレがやることは変わらねえ。
不老不死だろうが殺してやる。
殺した分まで、オレの人生全部で生きてやる。
とりあえず、家に帰ることにした。