ふてぶてしい従兄
長く伸ばした金髪をひとつに纏め、詰め襟のジャケットはボタンを閉めず、胸元が開いている。垂れた瞳も相まって、物憂げに見える様子を見せている青年は、私の従兄で間違いなかった。
「ジュリエッタ、お前、まだ結婚もせずに家にいたのか?」
「あなただって、働きもせずに、ご実家にいるではありませんか」
「なんだって?」
転んだ私を助けようともせず、イラーリオはジロリと見下ろすばかりであった。
すぐに立ち上がり、スカートについた枯れ葉をパッパと払う。
「お前、親父から聞いていないのか?」
「何を?」
「この俺が、儀仗騎士に選ばれたことを」
儀仗騎士というのは、教皇を守護する選良兵である。
教皇疔の中でも、将来的に枢要な地位に就く者達が任命されるのだ。
「イラーリオ、どうしてあなたが儀仗騎士なんかに任命されましたの?」
趣味は賭博と煙草、下町のチンピラみたいな彼が儀仗騎士に選ばれるなんてありえない。
「そんなの、優秀だったからに決まっているだろうが。この三年、俺が教皇庁で働いていたことは知っていただろう?」
「あら、そうでしたの? 紳士クラブで騒動を起こしてから、騎士に捕まったって話を聞いていたので、てっきり拘束されたままだと思っていましたわ」
そういえば、ここ数年、彼に会っていなかったような気がする。
私の脳内はバルトロマイのことでいっぱいだったので、イラーリオについて考える暇などなかったのだろう。
「お前は、なんて薄情な女なんだ!」
「昔から、わたくしにだけ意地悪するあなたのほうが、よほど薄情ですわ!」
他の子は遊びの輪に入れたのに私は仲間はずれにしたり、みんなに配ったお菓子が私の分だけなかったり、木登り大会に呼ばなかったり――彼にされたことはひとつ残さずきっちり覚えている。
「それは、お前の気を引こうと」
「わたくしの気を引いて、怒らせようとなさったのね」
「違う!」
三年ぶりに会ったイラーリオは、今は二十四歳だろうか。外見は大人っぽくなっていたのに、中身はまったく変わっていない。
まだ、二十二歳のバルトロマイのほうがずっとずっと落ち着いているだろう。
「昔のことはどうでもいい! それはそうと、お前、ル・バル・デビュタントに出るらしいな」
「ええ、そうですけれど!」
最初は嫌だとしか思っていなかったが、両親やばあやが喜んでいるのを見て、まあ、参加するのも悪くないかな、と思い始めているところだ。
「仕方がないから、俺がエスコートしてやるよ」
「なんですって!?」
「エスコートしてやるから、光栄に思え」
握った拳が、イラーリオの腹部に向かって伸びそうになった。
寸前で堪え、息を殺して耐える。
気に食わないことを暴力で解決するのはチンピラと同じだ。
そう思いつつ、奥歯をぎりりと噛みしめる。
「どうした? 嬉しくって、声も出ないのか?」
「いいえ、お断りします」
「は?」
イラーリオは目を見開き、何を言っているのか理解できない、という表情を浮かべる。
「わたくし、お父様にエスコートしていただくのを、それはもう、楽しみにしておりますの。ですから、あなたの申し出は断りますわ!」
呆然とするイラーリオを避け、裏門のほうへずんずん歩いて行く。
途中から、イラーリオの焦るような声が聞こえた。
「おい、お前、父親を伴って参加するとか、恰好がつかないだろうが!」
「どうせ結婚する気はありませんもの。お父様で十分ですわ」
「結婚しない? お前、どうして――」
イラーリオを振り返り、宣言する。
「わたくし、もうすぐしたら、俗世を離れて、修道院へ身を寄せる予定ですから」
そう言い捨て、再び踵を返す。
イラーリオは追いかけてこなかったので、ホッと胸を撫で下ろした。
◇◇◇
イラーリオと話していたせいで、乗り合いの馬車を一本逃してしまった。そのため、フェニーチェ修道院への到着が三十分も遅れてしまう。
もしかしたら、バルトロマイはもう帰っているかもしれない。
門の前では、院長が待ち構えていた。
「ジュリエッタさん、モンテッキ卿がお待ちですよ」
「ええ、わかりました」
どうやら、バルトロマイは私の到着を待っていてくれたらしい。
急いで告解室まで駆けていく。
「お、お待たせしました!!」
「来たか」
「は、はい」
ゼーハーと息を整えつつ、席に腰を下ろす。
イラーリオのせいで、大遅刻をしてしまった。
「あの、遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、いい。もともと、俺が無理に呼び出したのが悪いんだ」
イラーリオとは違い、バルトロマイは優しい言葉をかけてくれる。
思わず涙が零れそうになったが、寸前で耐えた。
「えーっと、さっそく本題へ移りますが、人物画は描けましたか?」
バルトロマイは返事をするより先に、スケッチブックに描いたものを見せてくれる。
ぱらり、と開かれたページは、真っ黒だった。
「今回も、ダメだったのですね」
「ああ」
なんでもさまざまな人を描こうとしたものの、どれもしっくりこないどころか、逆に苛立ちが募る結果だったらしい。
「もう、絵は諦めたほうがいいのかもしれないですね」
「いや、そんなことはない。鉛筆や筆を握り、画用紙を前にした瞬間は、心が穏やかになれるから。きっと、描く対象が気に食わないだけだ」
ただ、何を描けばいいのか、本気でわからないと言う。
バルトロマイは声が震えていた。彼は本気で悩んでいるのだ。
どうにか解決してあげたい。
私はダメ元で、提案してみる。
「あの、わたくしを描いてみませんか?」