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ル・バル・デビュタント

 告解室の外に出ると、院長が待ち構えていた。


「大丈夫でしたか?」

「ええ、まあ」


 なんでも何かあったら駆けつけられるように、告解室の近くで待機していたようだ。


「院長、お忙しいのでは?」

「寄付金をたくさんいただいておりますので、それだけの働きをしなければ、と思った次第です」


 院長を動かすのは、いつもいつでもお金のようだ。

 バルトロマイと話して張り詰めていた心が、いつの間にか解れている。


「それにしても、彼はあなたがカプレーティ家の娘だと気付いているのですか?」

「いいえ、気付いていないようでした」

「だったらよかったです」

「よ、よくないですわ!」


 院長が私に話を繋いでしまったせいで、こうして二回も会ってしまったのだ。

 私が十八年間、鋼の意思でバルトロマイと出会わないようにしていたというのに。どうしてこうなってしまったのか。運が悪いとしか言いようがない。


「彼には、ジルと名乗っておきました。もしもわたくしのことを聞かれたら、本当の名前を教えないようにしておいてください」

「それはもう、わかっておりますよ」


 院長はバルトロマイがモンテッキ家の嫡男と知っていたので、私の名前を敢えて教えていなかったらしい。

 のほほんとした印象がある院長だが、実は切れ者なのだ。


 そういえば、先ほどから院長が革袋を大事そうに抱えていた。


「あの、院長、そちらはなんですか?」


 なんだか嫌な予感がして、思わず聞いてみる。


「これは、モンテッキ卿からの、寄付金ですよー!」


 帰り際に、院長に無言で差し出したらしい。


「寄付を、貰いすぎなのでは?」

「いいえ、寄付に貰い過ぎという言葉は存在しません。すべては、彼の深い信仰心から行われた、善行なんです」

「でも、前もいただいていたのでしょう?」

「ええ。これは今回、シスター・ジュリエッタの働きに対する、感謝のお気持ちなのでしょう」

「だったら、返してきてください」

「寄付は返品不可なのです!」

「そんなお話、聞いたことがありません」

「私は神様からのお声として、耳にしました」


 院長には口では勝てない。はーーーーと盛大なため息を吐く。


「わたくし、帰ります」

「お気を付けて」


 院長は白いハンカチを懐から取り出し、左右に振って見送る。

 私は乗り合いの馬車に乗りこみ、家路に就いたのだった。


 ◇◇◇


 なんとか無事に帰宅できたものの、メイドに目撃されてしまった。

 口止め料を渡しておいたが、守られるものなのか。


 その日の夕食は、久しぶりに家族で行うこととなった。

 とは言っても、私の七人の姉達は嫁いでしまっている。

 そんなわけで、両親と私のみが食卓に集まった。

 父は私を見るなり、安心したように言う。


「今日まで安静にしていたから、顔色もよくなった」


 その言葉に、母も深々と頷く。


「あともう一週間ほど療養に努めていたら、完治するでしょう」


 ただ熱を出し、寝込んでいただけなのに、一ヶ月以上も部屋で休んでいなければならないなんて、ずいぶんと大げさである。

 三日後、バルトロマイに会うために教会に行かなければならないのだが、過保護をこじらせている両親になんて言えるわけがない。


 食欲があるところをアピールし、ひとまず元気になったと思わせておこう。 

 まずは冷菜のマッシュルームサラダと、温菜のムール貝の蒸し煮ペッパータをいただく。ここ最近、ずっとオートミール粥ばかりだったので、濃い味付けの料理がおいしく感じる。

 メインの魚料理は、エビのワインマルサラソース添え、肉料理はスペアリブの煮込み。料理長は腕を上げたようで、どちらも絶品だった。

 食後の甘味ドルチェは、私が大好物なドーム状のケーキ、ズコットだ。

 レモンクリームがたっぷり入っていて、スポンジ生地はふわふわ。食後だというのに、ペロリと完食してしまった。


「ジュリエッタ、食欲が戻ってきたようで、よかったよ」

「すっかり元気なのね」

「ええ、そうなんです。ですので、もう療養なんてしなくても――」


 微笑みを浮かべていた両親の表情が、一気に真顔になる。


「それとこれとは別の話だな」

「そうですよ、ジュリエッタ。療養はもうしばし必要です」


 両親の発言を前に、ぐったりうな垂れてしまったのは言うまでもない。


「元気になって、陛下主催の夜会に参加しなければならないからな」

「人生で一度きりの、お披露目の場ですから」

「うっ……!」


 両親が話すお披露目の場というのは、社交界ル・バル・デビューの舞踏会デビュタント――通称ル・バルのことだろう。


「あの、前にもお話ししたように、結婚しないわたくしが参加する意味など、ないような気がするのですが」


 最初に参加するようにと言い渡されたのは、十五歳のときだった。

 その当時は、不安でたまらないから、と訴えてなんとか聞き入れてもらえた。

 十六歳のときは腹痛、十七歳のときは軽い捻挫、とさまざまな理由で断り続けていたのだが、今年は最後の機会となってしまった。

 そのため、両親は私をしっかり休ませ、ル・バルに挑ませようと考えているのだろう。


「ジュリエッタ、前にも説明したが、別にル・バルは結婚相手を探す場とは限らないのだぞ」

「そうですよ。その家々に生まれた娘が、幸せに、美しく成長しました、とお披露目する場でもあるのです」

「は、はあ」


 ただ、お披露目されるだけならまだいい。

 ル・バルは国内の夜会の中で唯一、モンテッキ家とカプレーティ家が共に参加する場でもあるのだ。

 過去、何度もトラブルを起こしているというのに、皇帝は別々に開催する気はないらしい。

 一番上の姉のときは、モンテッキ家の傍系出身のご令嬢にスカートを引き裂かれた、なんて話を聞いているので、戦場ではないか、と思ったのを今でも覚えている。


「お父様、お母様、わたくし、不安なんです」

「豪勢なドレスを新調して、ティアラや耳飾り、首飾りを用意したというのに、何が不安なんだ」

「そうですよ。あなた以上に美しく華やかに着飾った娘はいないでしょう」

「いえ、そうではなく、その、ル・バルには、モンテッキ家の方々も参加するという話ですから」


 和やかになりかけていた食堂の雰囲気が一気に凍り付く。

 両親の前でモンテッキ家について語るのは禁句だとわかっていたものの、言わずにはいられなかったのだ。


「不安ならば、イラーリオにエスコートしてもらえばいい」

「まあ、名案ですわ!」

「なっ――!?」


 イラーリオ・カプレーティ――彼は私の従兄で、〝カプレーティ家の狂犬〟と呼ばれる問題児である。


 前世では元夫と犬猿の仲だった。彼は元夫の親友を殺し、復讐として元夫は彼を殺した。思い出すだけでもゾッとするような、おぞましい話である。


 前世でも、彼は私をことあるごとにからかってきたが、それは今世でも変わらず。

 生まれ変わっても、人は変わらないのだろう。


「お父様、お母様、ル・バルには参加しますので、イラーリオと参加することだけはご勘弁くださいませ」

「なんだ、照れているのか?」

「仕方ありませんわ。イラーリオは、帝都一かっこいい殿方ですから」


 帝都一、いいや、世界で一番かっこいいのは、バルトロマイである。

 なんて発言は、さすがに両親には言えなかった。


「わたくし、お父様にエスコートされて、ル・バルに参加したいですわ!」

「ジュリエッタ、そうだったのか。気付かずに、すまなかった!」

「あら、愛娘をル・バルでエスコートできるなんて、幸せな父親ですね」

「本当に!」


 単純な父親でよかった、と心から思う。

 ル・バルには参加したくないが、ひとまずイラーリオとの参加は回避できたので、よかったとしよう。

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