バルトロマイの絵画
夫は今日も今日とて、私を描く。
結婚して一年は経つが、彼が熱烈に私をじっと見つめる瞬間だけは、いっこうに慣れない。
夫は私を描くとき、強く恋い焦がれるような眼差しを向けるのだ。
そのたびに、私は羞恥心に襲われてしまう。
照れ隠しをするため、私は夫に話しかける。
「そういえば、描いた絵は完成していますの?」
夫は微かに頷く。集中しているのだろう。邪魔してはいけないので、それ以上は話しかけなかった。
夫のスケッチの時間が終わると、私についてくるように言う。
「どこにいかれるのですか?」
「完成した絵が気になるのだろう?」
「ええ、まあ」
これまで私をモデルに描いた絵なので、確認するのが恥ずかしいような気がして、触れずにいたのだ。
「いったいどれくらい完成させましたの?」
「二十枚くらいだろうか」
「まあ、そんなに描かれていたのですね!」
忙しい毎日を過ごしつつ、絵を描く時間も確保していたようだ。
「二十枚もあったら、個展ができそうですね」
「いや、いい」
「なぜですか? せっかく描いた絵を、誰かに見て欲しいと思わないのですか?」
「思わない!」
夫は眉間に皺を寄せ、怖い顔で答えた。
もしかして、描いた絵を他人に見てもらうのが恥ずかしいのだろうか?
だとしたら、かわいいところがあるのだが……。
行き着いた部屋は、きっちり施錠されていた。鍵も夫が常に管理しているようだった。
「なかなか厳重ですのね」
「ジルを描いた大切な絵が保管されている場所だからな」
夫は私をただ描くだけでなく、完成させた絵も大切にしていたようだ。
胸がじんと震えた。
部屋は真っ暗だった。清掃は行っているようで、ホコリ臭さなどは感じない。
絵画はイーゼルに置かれていて、布がかけられていた。
「太陽光が差し込むと劣化するから、暗いのは我慢してくれ」
「は、はあ」
夫は角灯を用意し、火を灯す。
「これが最初に完成させたジルの絵だ」
それは修道服に身を包んだ私の姿である。ヴェールで顔を隠しているのに、輪郭やたたずまいで私だとわかるのがすごい。
「これが二枚目――」
夫は次々と私を描いた絵画を見せてくれた。
どれも丁寧に描かれており、すばらしい腕前だった。
ただ、一通り絵を見終えると、この絵を夫が公開しないと言った理由に納得してしまった。
「なんというか、絵画に描かれたわたくしは、他人に見せていい表情をしておりませんね」
「そうだろう?」
描かれた私は盛大に頬を紅潮させ、夫にしか見せてはいけない表情を浮かべていた。
「あの、わたくし、こんな顔をしておりました?」
「している」
だとしたら、その原因は夫にあるだろう。
毎回毎回熱烈に見つめるので、このような羞恥の極限にいるような表情をしてしまうのだ。
「ジルのこういった表情を見ていいのは、夫である俺だけだ。もしも見ようとする不届き者がいたら――絶対に許さない!!」
「たしかに、バルトロマイ様以外に見られたくありません」
このような表情で描かれているとは知らず、展示したらどうだと提案してしまった。
危うく恥ずかしい思いをするところだったのだ。
「今後も誰にも見せないから、安心してほしい」
「ええ、その、ありがとうございます」
夫の絵の実力を他の人にも知ってほしいのに、こんな絵ばかり描いていたなんて。
「あの、バルトロマイ様、他の絵を描いてみませんか?」
「たとえば?」
「景色とか!」
途端に、夫は嫌そうな表情を浮かべる。
「ジル以外を描く気にはならない」
「で、でしたら、他の方に見せることができるような、わたくしの絵などは?」
「どんな絵であれ、ジルを他の者に見られたくない」
「さ、さようでございましたか」
夫の興味は私にしかないようだ。もったいないような気もするが、趣味なので仕方がないだろう。
「ジル、もしも俺が死んだら、ここの絵は亡骸と一緒に燃やしてくれ」
「バルトロマイ様、どうしてそんなことをお頼みになるのですか! こんなに素晴らしい絵を、燃やせるわけがないでしょう」
「頼む。これを次代の者達に見せたくないから」
はーーーーーー、と盛大なため息を吐いてしまう。
「処分はご自身で行ってくださいませ」
「ジルの絵を燃やすという愚行を、できるわけがないだろうが」
「わたくしだって、バルトロマイ様のすばらしい絵を燃やしたくありません!」
言い合いをしていたら、どこからか声が聞こえた。
『処分にお困りならば、わたくしが預かりますよ~』
それは魔王サタンの声であった。
趣味が悪い彼は、私達の話をどこかで聞いていたようだ。
私と夫は同時に顔を引きつらせ、叫んだ。
「断る!!」
「お断りをします!!」
『おやおや、残念です』
ひとまず絵については、夫の希望通りに処分することを約束した。
「なるべく、今後はジルの絵画を増やさないよう努力する」
「お願いしますね」
「ただ、スケッチは続けるが」
夫が私の絵を増やさないと言って内心喜んでいたのだが、恥ずかしいとしか言いようがないスケッチの時間は続くようだ。
そちらも容赦してほしいと思ったものの、夫の楽しみなので、付き合ってあげよう。
そう、決意を新たにしたのだった。




