最終話 新しい世界へ
「特に希望がないようでしたら、魔法で希望があった通り、帝都を滅ぼそうと思っているのですが」
「それは勘弁してくれ」
バルトロマイの言葉に、こくこく頷く。
ひとつ、願いを思いつく。バルトロマイにヒソヒソと耳打ちすると、問題ないと頷いてくれた。
「今回の騒動のすべてを、謎の暗殺集団による騒ぎだということにしてほしい」
「おやおや、イラーリオ・カプレーティに責任を押しつけなくてもいいのですか?」
「彼には悪魔が取り憑いていた。ある意味被害者だろう。もちろん彼がした犯行は許されるべきではないが……」
「わかりました。では、この事態を見事に終息してみせましょう」
魔王サタンの魔法により、モンテッキ公爵と皇帝の遺体は修繕され、胸にナイフが刺さった状態になっていた。
黒い炎に焼かれた騎士達も、玉座の間に集められる。名誉の死を演出しているようだ。
「それで、新しい皇帝にはモンテッキ卿、あなたがなるのですか?」
「そんなわけあるか!」
皇帝には皇位継承権を持つ子どもがいる。まだ八歳と幼いが、野心など芽生えていないだろう。
帝王学をしっかり学んだら、よい皇帝になるはずだ。
「さて、と私の役割もこれまでのようですね。正体がバレてしまった以上、フェニーチェ修道院には帰れませんし」
「あの、どうしてわたくし達を助けてくれたのですか?」
「それは――カプレーティ家とモンテッキ家の争いに飽き飽きしてしまったから、でしょうか?」
仕様もない理由に、がっくりとうな垂れてしまう。
「私にとって、人間達の人生を眺めるのは娯楽のひとつなんです。不幸であればあるほど、楽しめるのですが」
「は、はあ」
私には到底、理解できない趣味であった。
「まあ、たまにはハッピーエンドもいいでしょう。あなた達が最初で最後かもしれませんが」
楽しそうに話す趣味については、聞かなかったことにする。
「あなたは今後、フェニーチェ修道院で院長を続けるつもりですの?」
「いえ、そろそろ不老の私は怪しまれますので、転勤とかなんとか言って、ここから離れる予定です」
「そう、でしたか」
寂しい気持ちになってしまうのは、魔王サタンがこれまでお世話になった院長の姿をしているからだろう。
「これからも人間達が運命に抗い、もがく様子を、いろんな場所から拝見させていただきますね!」
寂しいだなんて言葉は撤回する。今すぐどこかに行ってほしい。
「また、どこかで会いましょう」
魔王サタンはそんな言葉を残し、消えていった。
事件は解決したようだが、失った存在も多かった――。
◇◇◇
それからというもの、カプレーティ家に取り憑いていた悪魔達は姿を消してしまった。
ルッスーリアもいくら呼んでも、私の声に反応しなかった。
魔王サタンが、悪魔達を封じてくれたのだろうか。
だとしたら、感謝しないといけない。
皇帝と教皇が崩御した帝都は、混乱に陥った。
けれども新しく即位した八歳の皇帝は、見事に国民をまとめてみせる。
もちろん周囲の支えもあったのだが、年齢のわりにしっかり皇帝としての意識があるようだった。
今日も税金の見直しや、皇族や貴族を優遇するような法律を改定する、と意気込んでいたらしい。
帝国の未来は明るい、と皆が口々に話していた。
モンテッキ公爵の死去がきっかけで、カプレーティ家との争いを止めよう、という働きが広がっていく。
皆が手と手を取り合い、困っている人達がいたら力を合わせて支援する。
そんな社会を作るため、父は奔走しているようだ。
悪魔を失った叔父は意気銷沈しているようだが、父が励ましに行っているらしい。
兄弟仲は修繕しつつあるようだ。
夫を亡くしたモンテッキ家夫人は深く落ち込んでいると思いきや――女主人としてテキパキと働いているようだ。
長年、モンテッキ公爵の妻として控え目でいるよう務めていたらしく、これまで以上に活き活きとしているように見えた。
私とバルトロマイの結婚もあっさり認められ、どんどん話が進んでいる。
今は張り切って、私の婚礼衣装を選んでくれる。驚いたことに、私の母と意気投合し、仲良くなっているのだ。
ふたりは明るい表情で、「早く喪が明けないかしら~」などと話していた。
バルトロマイからは「母上が張り切っていてすまない」と謝罪されたが、私にとっては嬉しい悲鳴である。
家族から祝福されることがどれだけ幸せで嬉しいことなのか、日々、感謝しているところだった。
と、このように、どうにもならないと思っていた問題は、あっさり解決してしまったのだ。
◇◇◇
一年半後――ようやく喪が明け、結婚式を執り行うこととなった。
朝から緊張していたものの、それ以上に私の母とモンテッキ夫人の表情が強ばっていた。
なんでも皆に楽しんでもらえるか、不安になってきたらしい。
これまで時間をかけて、ドレスを選んだり、招待状を作ったり、披露宴の食事を考えたりと尽くしてくれた。
きっと参加者達も満足し、楽しんでくれるだろう。
婚礼衣装は今日のために準備した、精緻なレースが美しい特注品であった。
襟や袖には、母とモンテッキ夫人と一緒に刺繍したホワイトスターの花がちりばめられている。
ホワイトスターの花言葉は、〝幸福な愛〟。今日という日にふさわしい花だろう。
母とモンテッキ夫人は涙を流しながら、私の婚礼衣装をきれいだ、と褒めてくれた。
前世では味わえなかった温かな感情がこみ上げ、胸がいっぱいになった。
バルトロマイは婚礼衣装をまとった私を見るなり、瞬きもせずに硬直していた。
何も言わないので、我慢できずに質問してしまう。
「あの、バルトロマイ様、いかがでしょうか?」
「とてもきれいだ。本当に存在しているのか、わからないくらいに」
その場で立ち尽くすバルトロマイのもとへ駆け寄り、思いっきり抱きつく。
「わたくしは、実在しております。幻ではありません」
「ああ、そうだな」
バルトロマイも抱き返してくれたが、そっと包み込むような優しい抱擁だった。
「いつもみたいに、ぎゅっとしてもよろしいのに」
「いや、砂糖細工のように繊細で、壊れてしまいそうで怖いから」
「わたくしは屈強な砂糖細工ですので、平気でしてよ」
そんな言葉を聞いたバルトロマイは、珍しく噴きだし笑いをする。
思いのほか、無邪気でかわいい笑みだったので、彼をぎゅっと抱きしめてしまった。
とうとう挙式が始まる。
バルトロマイと腕を組み、礼拝堂にある赤絨毯を歩いて行く。
太陽の光を浴びたステンドグラスがキラキラ輝き、夢のような光景が目の前に広がっていた。
途中、魔王サタンが参列していたので、我が目を疑ってしまった。
バルトロマイも発見したようで、呆れた表情を浮かべている。
周囲にいる人達からしたら、遠くの街へ転勤となったフェニーチェ修道院の元院長が駆けつけてきてくれたのだな、としか思っていないだろう。
悪魔の王が人間の結婚式に参加するなんて、前代未聞に違いない。
彼については、見なかったことにする。
父は私を見ながら、大号泣していた。娘は何人送り出しても悲しいらしい。
モンテッキ夫人は優しい眼差しで、私達を見送ってくれる。
本当に温かい挙式だ、と改めて思ってしまった。
祭壇の前に立ち、神父の問いかけを聞きながら頷いていく。
バルトロマイと目が合うと、微笑みが零れてしまった。
心の中がじんわりと満たされていく。
これ以上、幸せな日は訪れるのか、と思うくらいだ。
今日、私達は夫婦になる。
前世では叶えられなかった永遠の愛を誓った。
そして、人生という名の物語は、めでたしめでたしで幕を閉じたのだった。
最終話までお付き合いいただき、ありがとうございました。
いつもは魔王サタンみたいなストレートなキャラは出さなかったのですが、ロミオとジュリエットモチーフということで、登場させてみました。
若干の恥ずかしさはあったものの、知名度に助けられて、いい働きをしてくれたような気がします。
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