イラーリオ
バルトロマイは迫り来る生首とイラーリオの槍を回避し、聖剣を引き抜く。
「イラーリオ・カプレーティ、なぜ、教皇を殺した!?」
「それは、〝イーラ〟を服従させるためだ」
「イーラとは?」
「悪魔の名だ!!」
イラーリオが叫びながら鋭い突きを繰り出す。バルトロマイは切っ先が届く寸前で避け、剣で槍を叩いて強く払った。
イラーリオは悪魔イーラに支配されていたものの、教皇の命を捧げることにより、再び服従させたのだろう。
「ここへはなぜやってきた?」
「それは――皇帝の命を悪魔に捧げて、さらなる力を得るためだ」
「愚かな!!」
悪魔に支配されたイラーリオは戦闘能力が跳ね上がっていた。
一方で、悪魔を支配下に置いた状態では、普段よりも少し動けるようになった程度のように思える。
「バルトロマイ・モンテッキ!! お前のおかげで、もうひとつ目的ができた。ジュリエッタを連れ帰って、妻にしてやろう」
「それはさせない!!」
バルトロマイの強い想いに反応したのか、聖剣が強い輝きを放つ。
「な、なんだ、それは!?」
「邪悪なる者を斬る、聖なる剣だ!」
バルトロマイはイラーリオの突きをひらりと身を翻しながら回避し、その勢いのまま斬りつける。
「ぐはっ!!」
イラーリオは膝を突き、手にしていた槍も落としてしまう。
「はあ、はあ、はあ」
バルトロマイはイラーリオに剣を向け、声をかけた。
「大人しく降参しろ」
「するかよ」
イラーリオは床に落とした槍を拾い上げ、バルトロマイに投げつける。
槍は蛇――悪魔イーラの姿に戻り、牙を剥き出しにして襲いかかってきた。
『シャア!!』
バルトロマイは聖剣を振り上げ、イーラを叩き切る。
両断されたイーラは、びくびく痙攣していたものの、バルトロマイが聖剣で頭を潰すと、黒い灰と化して消えてなくなった。
イーラが消滅するのと同時に、イラーリオが倒れる。
「イラーリオ!?」
その体は周囲を漂っていた靄に覆われ、一瞬のうちに全身がしわくちゃになっていった。
「ジル、これは――!?」
「靄がイラーリオの精気を吸い尽くしてしまったのかもしれません」
もともと、イーラに体を乗っ取られているときから、命が尽き欠けていた可能性がある。イーラの消滅と共に、イラーリオの体も限界を迎えたのだろう。
『サナイ……許サナイ……』
「え?」
突然、ミイラみたいにしわくちゃになったイラーリオが喋り始めた。
「な、なんですの!?」
「ジル、下がれ!」
――憤怒ノ炎ヨ、悪シキ存在ヲ、灼キ尽クセ!!
呪文を唱えるような声が聞こえたあと、イラーリオの遺体が、ボッと音を立てて発火する。
おぞましい、黒い炎だった。
イラーリオの遺体は炎に飲まれて灰と化し、バルトロマイや私を避けて廊下を駆け抜ける。
「あの炎は、もしや、皇帝陛下のもとへ行ったのか?」
「追いかけませんと!」
謁見の間の前には、多くの騎士が皇帝を守るために待ち構えていた。
不審な黒い炎を前に、果敢にも剣を抜く。
バルトロマイが騎士達に撤退を命令するも、皇帝を守るためだと言って聞かなかった。
そして――。
「ぎゃああああ!!」
黒い炎は騎士を燃やし尽くしてしまう。それを見た騎士達は、バルトロマイの命令を聞いてその場から離れて行った。
黒い炎は謁見の間の扉を焼き、皇帝の前に躍り出る。
やっとのことで追いついたバルトロマイは、聖剣で黒い炎を突き刺した。
黒い炎は消滅せず、聖剣に縫い付けられるようにしてうごめくばかり。
皇帝は玉座に腰かけたまま、冷静に問いかける。
「バルトロマイよ、なんだ、その黒い物体は?」
「これは、悪魔に取り憑かれたイラーリオ・カプレーティのなれの果てです」
「バカな!」
バルトロマイは皇帝の前で訴える。
「これはカプレーティ家とモンテッキ家の争いを長引かせた弊害です。皇帝陛下、どうか、この争いに終止符を打ってください」
「なぜ、それを我に言う?」
玉座の背後に立っていたバルトロマイの父親であり、宰相でもあるモンテッキ公爵が、皇帝に何かヒソヒソと耳打ちしていた。
ハッとなった皇帝は、すぐさま黒い炎の討伐を近衛騎士達に命令する。
騎士達はバルトロマイと黒い炎の近くに駆け寄り、剣を引き抜く。
「バルトロマイ、退け! その悪魔は我々が成敗する」
そう宣言したのは、近衛部隊の隊長である。バルトロマイは必死になって訴えた。
「なりません! これは普通の方法では倒せないのです!」
「しばし大人しくしておけ」
そう言うやいなや、脇に避けていた騎士達がバルトロマイを取り押さえる。
聖剣も引き抜かれ、黒い炎は自由の身となった。
「一斉攻撃!!」
隊長の号令に合わせ、騎士達が一気に剣で黒い炎を突いた。
しかしながら、黒い炎は剣をすり抜け、皇帝に襲いかかる。
「う、うわああああ!!」
皇帝の叫び声が響き渡る。
バルトロマイは騎士に奪われていた聖剣を取り返し、黒い炎に斬りかかった。
「消えろ!!」
その叫びと同時に聖剣が輝きを帯び、黒い炎は消えていく。
「やった、のか?」
皇帝の問いかけに、バルトロマイは頷いた。