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邪竜との戦いの果てに

 邪竜の大きさは馬六頭分くらいだろうか。とにかく大きくて不気味だ。

 威嚇するように牙を剥き出しにし、背中に生やした鋭利な棘を逆立たせている。

 邪竜にとって、私達が気に食わない存在だというのは明らかだろう。


『グルルルルル――!!』


 地響きだと思っていたものは邪竜の鳴き声だったようだ。

 明るくなった途端、ジタバタと暴れ回る。

 なぜ、敵意剥き出しにしているのに、襲いかかってこないのか。

 よくよく見たら、邪竜の足が白い鎖で繋がれていた。


「あの鎖は――」


 バルトロマイは何か思いだしたらしい。


「見覚えがありますの?」

「ああ。モンテッキ家にある絵画の中で、邪竜に跨がる魔王サタンが、手綱のように握っていた」


 さらにその鎖と似たようなものが、聖物保管庫に置かれていたらしい。


「なぜ、クレシェンテ大聖宮に絵画に描かれた鎖があったのか、と疑問に思っていたのだが……」


 父が話していたように、皇帝と教皇は結託して、何かしようとしていたのか。


『ギュオオオオオオン!!』


 邪竜は体を大きく動かしたかと思えば、鎖を引きちぎった。


「ジル、下がっておけ!」

「は、はい!」


 バルトロマイは襲いくる邪竜に、聖剣で応戦する。


『ギャオオオオオオ!!』


 邪竜は黒いブレスを吐き出したが、聖剣で斬りつけると消滅する。

 黒いブレスは悪魔が持つ靄に似ていた。人間に悪影響を及ぼすものなのだろう。


 聖剣で斬り付けようとしたが、邪竜はずんぐりとした図体に反し、案外素早い。

 バルトロマイの一撃をくるりと回避したかと思えば、尾を鞭のようにしならせて攻撃してくる。

 尾は石床に当たり、木っ端微塵に砕いていた。あれが当たったら、ひとたまりもないだろう。


 なんとか一撃与え、邪竜の皮膚を聖剣で斬り裂いた。

 けれども、真っ赤な魔法陣が浮かび、傷口が一瞬で塞がっていく。

 あれはアヴァリツィアが使っていた、違背回復魔法だろう。


 それから、バルトロマイが隙を見て聖剣で攻撃するも、傷はすぐに回復してしまう。

 このままでは、彼の体力が保たないだろう。

 どうすればいいのか。


『ギャア!!』


 邪竜の尾が聖剣を弾き飛ばす。床の上をくるくる回転し、私のもとへ転がってきた。


「バルトロマイ様!!」


 急いで拾い上げると、聖剣が眩い光を放つ。

 柄がガタガタと震え、手で持っていられなくなるようだった。足元もふらつき、今にも倒れそうだ。


「ジル!!」


 バルトロマイがやってきて私の手を包むように聖剣を握り、さらに腰も支えてくれる。


「バルトロマイ様、これはいったい――!?」

「わからない。ただ、邪竜が苦しんでいる今が、またとない機会だろう」


 邪竜のほうを見ると聖剣の光を受け、苦しみにもがいているようだった。

 聖剣を掲げると、光が束となる。

 振り下ろしたそれは、邪竜の首を跳ね飛ばした。


『ギャアアアアアアアアアア!!』


 邪竜は光の粒となり、消えていった。


「た、倒した、のですか?」

「そうみたいだ」


 脱力し、その場に頽れそうになったものの、バルトロマイがしっかり支えてくれる。立っていられないことに気付くと、その場に座らせてくれた。


「いきなり邪竜と対峙することになるなんて」

「驚いたな」


 バルトロマイはさすが騎士と言うべきか。邪竜を前にしても、さほど動揺していなかった。

 とは言っても、邪竜みたいな化け物と戦うのは彼でも初めてだろうが。


「バルトロマイ様、部屋の隅に木箱が置かれています」 


 それは邪竜が繋がれていた辺りだろうか。明らかに、邪竜に守らせていた品だろう。

 深呼吸し、落ち着きを取り戻した私は、バルトロマイと共に木箱を確認する。


 施錠などされていない木箱の中には、古めかしい巻物があるばかりであった。


「これはなんだ?」

「中を見てみましょう」


 それはヴィアラッテア帝国の歴史について記録されている巻物だった。

 つらつらと長い歴史が書かれている。

 その中で、頭角を現していく一族――ローラ家について記録されていた。

 ローラ家は歴史の裏で暗躍し、国の発展のきっかけともなる働きを繰り返したため、皇帝からも気に入られていたらしい。

 しかしながらある日、そのローラ家の意見は皇帝から軽んじられるようになった。

 彼らは民の税率を引き上げ、ヴィアラッテア帝国をさらに大きく、豊かにしようとしていたらしい。

 けれども安定しつつある中で、それは悪手であると皇帝は判断したようだ。

 皇帝の決定に納得がいかなかったローラ家の当主は――あろうことか簒奪さんだつを計画し、実行した。


 ローラ家は皇帝一家の命を奪っただけでなく、一族に従わない貴族や支持する市民を次々と闇へ葬った。

 しだいに大きな内乱となり、帝都は戦火に呑み込まれる。

 美しかった帝都は無惨な姿と成り果て、人々は絶望した。


 ローラ家の当主は頃合いを見て、隠し子だった息子を皇帝一族の生き残りとして立てた。

 すでにその当時、ローラ家に反抗する貴族はいなかったため、誰も異論を唱えなかったのである。

 事情を知らない人々は、生き残りの青年を新たな皇帝としてあがめた。

 次々と暗躍する中で、ローラ家の当主は教会の復興にも力を入れていた。

 体制が整うとローラ家の当主が教皇となり、教会の絶対的な権力を握ったのである。内乱で傷ついた人々の心を癒やすように画策し、人々からの寄付でクレシェンテ大聖宮を建てた。


「つまり、この国は一度ローラ家に滅ぼされ、皇家と教会は乗っ取られていた、というわけだったのか」

「そのようですね」


 信じがたい歴史の真実である。

 書かれていたのは、それだけではなかった。


 ローラ家の当主が摂政となって行われていた国の政治は、税金を極限まで上げ、皇族ばかり裕福な暮らしをし、国民を下僕のように扱う酷いものであった。

 一度大きな革命が起きたようだが、なんとか制圧したらしい。

 このままではいけないと思ったローラ家の当主は、ある名案を思いつく。

 それは影響力のある貴族を仲違いさせ、争わせるというものであった。

 互いに憎み合うように仕向け、一族の味方をする者は身分に関係なく、支援するよう命じたらしい。


「それが、カプレーティ家とモンテッキ家の争いの発端――だと!?」


 ふたつの一族のいがみ合いは、首都ベルヴァの人々を二分するほどの大きな勢力となった。 

 皆、争うのに夢中で、皇帝がどんなに悪辣な政治をしても、教皇が寄付金を懐に入れても、気付かなかったのである。


「こんな……こんなことがありうるのでしょうか?」

「酷いとしか言いようがない」


 最後に、血で書かれたような文字があった。

 そこには、こう記されている。


 ――歴史の記録師である私を狙う者がいる。もしもこの記録を処分しようものならば、魔王サタンが許さないだろう。


 黒ずんだ血で魔法陣が描かれていた。

 この記録書を処分したり、どこかへ捨てようとしたりしたら、魔王サタンが国を滅ぼすだろう、という魔法だという。 


「そんな事情があったので、邪竜に守らせていたのですね」

「そのようだな」


 あまりの情報量に、言葉を失ってしまう。

 カプレーティ家とモンテッキ家の長い長い争いの歴史の裏には、とんでもない秘密が隠されていたのだ。

 

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