モンテッキ夫人との再会
モンテッキ家へ向かう途中、ふと気になっていたことを思い出す。
「あの、バルトロマイ様。先ほどフェニーチェ修道院で院長と会ったときに驚いた表情を浮かべていましたが、どうかなさったのですか?」
「あ――いや、なんと言えばいいものか」
バルトロマイは眉間に深い皺を刻み、少し困惑するような表情で言葉を返す。
「以前、俺は人がしゃべる言葉や色が目に見える、という話をしたのを覚えているだろうか?」
「ええ」
バルトロマイは五感以外の、理屈では説明できない、特別な能力を持っているのだ。
「フェニーチェ修道院の院長の言葉や色が、前世で見た覚えがあるような気がして……」
「院長もわたくし達と同じ、生まれ変わり、というわけですの?」
「ああ、そうか。その可能性もある――いいや、ありえないか」
バルトロマイの眉間の皺はさらに深くなる。
「俺とジルは生まれ変わりだが、百年前とは文字や色は変わっている」
「同じ魂でも、別の体で生まれてきたら、文字や色は違うのですね」
「ああ、そうだ」
それなのに、院長は変わっていないように見えてしまって、酷く驚いてしまったと言う。
ただ、院長がどこの誰だったか、というのは思い出せないらしい。
前世の記憶が甦ったと言っていたが、断片的で完璧に戻ったわけではないようだ。
「わたくし達の前世から生きてきたとしたら、院長の実年齢は百歳以上になりますね」
見た目での判断だが、院長の年齢は五十代半ばくらいだろう。
百年以上生きているなんて、ありえない。
「ただ、俺の前世の記憶は曖昧だ。似た人の文字や色を記憶していて、勘違いしている可能性もある」
「ええ」
ひとまずこの件については、頭の隅っこに追いやっておこう。
そんな会話をしているうちに、モンテッキ家に到着した。
バルトロマイは馬車を先に下り、私をエスコートしてくれる。
モンテッキ夫人が私達を待ち構えていたようで、歓迎してくれた。
「ジルさん、バルトロマイ、おかえりなさい。おいしいお菓子があるの! 一緒にどうかしら?」
「母上、いいですね」
いつになく素直な態度を見せたからか、モンテッキ夫人は瞠目する。
「あ、あら、本当に驚いた。長い反抗期が……終わったのかしら?」
「違います。改めて、彼女について紹介しようと思ったわけです」
「ジルさんを? どうして?」
「茶を囲みながら話しましょう」
まずはモンテッキ夫人に事情を話すらしい。私は腹をくくり、彼のあとに続いた。
侍女が淹れてくれた紅茶を飲み、ふーと息を吐く。
「それでバルトロマイ、ジルさんを紹介したいと言うのは、いったいなんなの?」
「彼女の本当の名を、お伝えします」
私は立ち上がり、胸に手を当てて、深々と頭を下げる。
それに合わせるように、バルトロマイが紹介してくれた。
「彼女はジュリエッタ・カプレーティといいます」
「カプレーティですって!?」
顔を伏せているのでわからないが、モンテッキ夫人はとてつもなく驚いているだろう。
「ジル、もういい。頭を上げて――」
バルトロマイが言いかけた瞬間、モンテッキ夫人が私のもとへ駆け寄り、左右の頬を包み込むように触れる。
まさか、このまま罵声を浴びるかもしれない。
そう思っていたのに、モンテッキ夫人は涙を浮かべた目で私を覗き込んでいた。
「あなたのこと、深い事情がある、どこかのお嬢様だとずっと思っていたの。愛人だと名乗らせて、申し訳ない、とも考えていたわ。まさか、カプレーティ家のお嬢様だったなんて!」
「あの、騙していて、申し訳ありませんでした」
「いいのよ。辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい」
モンテッキ夫人は私を抱きしめ、赤子をあやすように優しく背中を撫でてくれる。
眦から涙が溢れ、モンテッキ夫人と一緒に泣いてしまった。
互いに落ち着きを取り戻したあと、これまでの経緯をバルトロマイが説明してくれた。
「そうだったの。大変だったわね」
モンテッキ夫人は外から嫁いできたので、モンテッキ家とカプレーティ家の争いについて、愚かだとしか思っていなかったようだ。
「モンテッキ家とカプレーティ家の因縁がなくなれば、夫の無事を祈る夜もなくなると思うの。ふたつの家が仲直りすることは、すばらしいことだと思うわ」
その話を聞いて、ホッと胸をなで下ろす。
「ただ、夫には言わないほうがいいと思うの。あの人は皇帝陛下の忠実な僕だから。ああ見えて油断ならない人なの」
私とバルトロマイの未来に光が差し込んできたように思えたが、まだまだ前途多難というわけだ。
「あの、このあと、わたくしの両親がここを訪問するようになっているのですが」
「そう。私がおもてなしをしておくから、あなた達はここを出て、皇帝陛下のもとへ調査しに行きなさい。と、その前に、少し待ってくれるかしら?」
モンテッキ夫人は私達を残し、部屋から去って行く。
十五分後、戻ってきた。
手には金の鍵が握られている。
「これを持って行きなさい」
「母上、こちらは?」
「この国の歴史について書かれた書物がある部屋の鍵よ」
「な、なぜ母上がこれを?」
「私は皇帝陛下の再従妹なの。乳兄妹でもあったから、昔から仲がよかったんだけれど、嫁ぐときに、これを持って皇家を出て、死んだあとは私の遺体と一緒に燃やすように言われていたのよ」
つまり皇帝は鍵の消滅をもって、証拠隠滅させようと目論んでいたわけだ。
「皇帝陛下の寝室にある暖炉が仕掛け扉になっているから、調べてくるといいわ」
モンテッキ夫人の言葉に、私とバルトロマイは頷いたのだった。