しがらみからの解放を
そんな状況の中、バルトロマイがとんでもない発言をする。
「俺は将来、ジュリエッタ嬢と結婚したい、と考えている」
驚きの声を上げるより先に、バルトロマイは私の手を握る。
私を見つめる強い瞳が、大丈夫、心配ないと訴えていた。
両親は困惑していた。無理もないだろう。敵対していたモンテッキ家の次期当主が、末娘に結婚を申し込んできたのだから。
「本気かね?」
「冗談でこんなことを言うと思っているのですか?」
「それはそうだが」
ただ、このまま結婚したとしても、いがみ合っていたカプレーティ家とモンテッキ家の歴史は終わった――とはならないだろう。
以前、院長が言っていた〝根本的な問題〟――教皇と皇帝の妨害をどうにかしないと、解決しないだろう。
「教皇と皇帝が結託し、カプレーティ家とモンテッキ家は争いを続けている。間違いないのであれば、その原因について調査します」
バルトロマイは隠された情報について、探りに行くと言う。
「そんなの危険だ!」
「俺達には〝秘策〟がありますので」
ひとつはバルトロマイの〝聖剣〟。
もうひとつは私の支配下にある悪魔、ルッスーリアだろう。
それらについて、バルトロマイは両親に隠すことなく打ち明けた。
「ああ、ジュリエッタに悪魔が取り憑いていたなんて」
「神よ……なぜそのような試練を娘に与えたのか……」
私に悪魔が取り憑いていることについて、思いのほか、両親はショックを受けていた。
秘密にしておくこともできただろうが、聖剣だけでは私と彼が行動を共にする理由について、両親が納得しないと思ったのだろう。
「ひとつ、提案がある」
「なんでしょう?」
「皇帝と教皇が隠そうとしていたことについて、調査をしたいと言うのであれば、モンテッキ卿の父君である当主殿の協力を得たい」
たしかに、皇帝の側近であるモンテッキ公爵の助力があれば、調査もしやすいだろう。
「バルトロマイ様、わたくしも、父の言うとおり、モンテッキ公爵のお力を借りたほうがよいと思います」
「そうだな……。わかった」
ただ、それには条件がひとつあると言う。
「ジュリエッタ嬢と一緒に行きたい。許可をいただけるだろうか?」
両親は顔を見合わせる。険しい表情を浮かべていた。
何かヒソヒソと言葉を交わしているようだった。
「でしたら、私共ものちのちモンテッキ家を訪問してもいいだろうか?」
「それは――」
難しいのではないか。そう思っていたものの、バルトロマイは頷く。
「わかりました。両親に伝えておきます」
バルトロマイは立ち上がり、私に手を差し伸べる。
視界の端で父がショックを受けた表情を浮かべていたが、今は気にしている場合ではないのだろう。
バルトロマイの手を取り、両親へ深々と頭を下げる。
「では、お父様、お母様、わたくしはこれにて失礼いたします」
バルトロマイと共に、カプレーティ家をあとにする。
父が馬車を用意してくれたようで、彼と乗りこんだ。
バルトロマイは私の隣に腰かける。
馬車が走り出した途端に、バルトロマイが深いため息を吐いた。
「あの、バルトロマイ様、父が無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、それはいいんだ。カプレーティ公爵の言うことは理にかなっている」
「では、先ほどのため息はどういった意味がありますのでしょうか?」
「それは――ジルの両親との面会で、少々高圧的な態度に出てしまったから、嫌われたのではないか、と思って」
そんなことを気にしていたのか、と拍子抜けしてしまう。
「最初のイメージが肝心なのだが」
「堂々としていて、とても立派でしたわ」
「そんなことはない。いけ好かない奴だと、ご両親は思っているだろう」
なんでも、バルトロマイは父や母に好かれたかったらしい。
「よき義理の息子として、ありたかったのだが」
「あの、その話ですが――」
「ああ、そうだったな。すまない。ジルに相談していなくて」
「いいえ、ごくごく普通の順序です」
結婚するにはまず、父親の許可をもらわないといけない。それから本人に伝わるのが一般的だ。
バルトロマイもその慣習に則り、結婚を申し込んだのだろう。
彼は熱い瞳で私を見つめ、そっと手を握る。
「ジル――ジュリエッタ。どうか俺と結婚してほしい」
バルトロマイがそう口にした瞬間、胸がどきんと高鳴った。
今の彼とならば、幸せになれるのかもしれない。
私の中にあった、彼から距離を取ろうとか、彼の幸せだけを望むとか、そういう〝強欲〟はきれいさっぱり消え去っている。
自然と、返す言葉が口からでてきた。
「ええ、喜んで」
バルトロマイは私の言葉を封じるように、そっと口づけをする。
ああ、なんて幸せな瞬間なのか。
涙がぽろりと零れた。




