聖剣を手に
それはモンテッキ家にある絵画に描かれていた聖剣そのものであった。
バルトロマイは角灯を持ったまましゃがみ込み、聖剣を照らす。
「これは――モンテッキ家の家紋が彫られている。聖剣で間違いないだろう」
バルトロマイが聖剣の柄を握ると、白く輝く魔法陣が浮かび上がった。
「なっ!?」
「バルトロマイ様!!」
聖剣は目を開けていられないほどの光を発し始める。ただそれは一瞬のことで、すぐに発光は収まった。
「今のはいったいなんですの?」
「わからな――なっ!?」
「どうかなさいました?」
「聖剣がない!?」
手に握っていたはずの聖剣が、なくなっていたと言う。
バルトロマイは角灯を掲げ、聖剣を探す。けれどもどこにもなかった。
「いったいどこにいったんだ」
バルトロマイは額に手を当てて、苦悶の表情を浮かべる。そんな彼の違和感に、私は気付いた。
「あの、バルトロマイ様。左の手の甲に、魔法陣のような紋章が刻まれているのですが」
そんなものなど今まであったのか。
バルトロマイ自身もそれを見て、目を見開いている。
「これはなんだ!?」
右手で手の甲にある魔法陣に触れた瞬間、バルトロマイの手に聖剣が握られていた。
思わず言葉をなくし、バルトロマイと見つめ合ってしまう。
「あ、あの――」
話しかけようとしたのと同時に、扉が開かれる。
「きゃあ!」
思わず悲鳴をあげてしまったが、やってきたのは院長だった。
「いやはや、驚きました。地下から妙な音が聞こえるような気がして覗きに来たらあなた方がいらっしゃったものですから」
私や院長以上に、バルトロマイが驚いているように見えた。
彼がこのような表情を浮かべるなんて珍しい。
「バルトロマイ様?」
「あ――いや、なんでもない」
ひとまず、院長に深々と頭を下げ、バルトロマイと共に謝罪した。
「申し訳ありません。少し、こちらの部屋をお借りしておりました」
「いったいいつ、いらっしゃったのですか? 地下の入り口は鍵がかかったままでしたが」
ルッスーリアの能力を用いて、転移してきたと院長に言えるわけがない。
「それよりもその剣――ついに見つかってしまいましたか」
「あの、この剣はモンテッキ家の……」
「ええ、そうです。いつからあるのかはわかりませんが、ずっとずっと昔、モンテッキ家の者がここまで運んで来て、保管を命じたんです」
「モンテッキ家の者が、ですか!?」
てっきり、カプレーティ家が盗んだものだと思っていたのに、モンテッキ家の者が運んできたなんて。
「なぜ、この剣はここにあった?」
「わかりません。ただ、皇帝陛下の命令で、ここに保管しておくように、と命令があったようで、私も長年、ここにあるとわかっていながらも、放置していました」
「皇帝陛下の勅命だと!?」
なぜ、皇帝が聖剣の保管を他でもない、フェニーチェ修道院に頼んだのか。
わからないことばかりである。
「しかしながら、そちらの剣――聖剣はあなた様を主として認めたみたいですね」
院長はバルトロマイの手の甲に刻まれた魔法陣を見つめながら、ぽつりと呟く。
「すまない。気付いたらこうなっていた」
「いいえ。聖剣はもともと、モンテッキ家の宝ですので、あなたが持っておくのがよいのでしょう」
皇帝には黙っておいてくれると言う。バルトロマイと共に、深々と頭を下げたのだった。
「それはそうと、おふたりの恰好から推測するに、クレシェンテ大聖宮からの帰りですね?」
「ええ、そうなんです。院長のおかげで、いろいろ助かりました」
「それはよかった」
これからどうするのか、と聞かれ、バルトロマイと目を合わせる。
「わたくしは一度、お父様にお話を聞きたいです」
バルトロマイの暗殺を計画していたのは、叔父だった。それについて、父は知っていたのか。今一度確認したい。
「バルトロマイ様も一度、ご実家へ帰られますか?」
「いいや。俺はジルと離れるべきではない、と考えている」
「えっと、つまり、わたくしの実家についてくる、ということですの?」
「ああ」
どうしてそういう思考になるのか、理解できずに頭を抱えてしまう。
「ジルの父親はカプレーティ家の中でも温厚的で、俺の顔を見るなり殺しにかかるようなことはしないだろう」
「しかし、もしも父が――」
悪魔を従えていたらどうするつもりなのか。という質問は、院長の前ではできなかった。
「院長、申し訳ない。世話になった。詳しい話は、何もかも解決してからするつもりだ」
バルトロマイはそう言って、お金が入っているらしい革袋を院長へ手渡した。
院長は目を細め、嬉しそうに頷く。
「ああそうだ。カプレーティ家に行くのであれば、モンテッキ卿は着替えたほうがいいでしょう。修道士が置いていった私服がありますので、どうぞお召しになっていってください」
院長の気遣いで、バルトロマイは儀仗騎士の恰好から着替えることとなった。
着替えてすぐ、フェニーチェ修道院をあとにする。
口止め料を受け取った院長は、これ以上追及せずに私達を見送ってくれた。
乗り合いの馬車に乗り、カプレーティ家の屋敷を目指す。
他に乗客もいないので、バルトロマイにヒソヒソと話しかけた。
「バルトロマイ様、お父様がもし、悪魔を従えていたら、どうするおつもりですの?」
「いや、カプレーティ家の当主殿は悪魔に取り憑かれていないだろう」
「どうしてわかりますの?」
「彼から靄が漂っている様子など、一度も見たことがないから」
しかしながら、父は屋敷の地下に悪魔についての本をたくさん持ち、悪魔が好む餌も用意していた。
「それに、カプレーティ家の当主ですから、悪魔に取り憑かれている可能性が高いです」
「心配するな。お前の父親を信じろ」
「しかし――」
そうこう話しているうちに、屋敷近くの馬車乗り場に到着してしまった。
バルトロマイは馬車から下りると、カプレーティ家の屋敷があるほうへ歩いて行く。
本気でカプレーティ家に乗りこむようだ。
「ああ、もう!」
何が起きても、知らない。そう思いつつ、彼のあとを追いかけたのだった。




