聖物保管庫へ
「聖女と魔王サタン、そしてモンテッキ家の当主の争い――これが、わたくし達の一族の、争いの根源だったのですね」
「ああ」
なぜ、両家が長年にわたって憎み合い、闘争を続けていたのか、その理由が明らかになる。
「聖職叙任権を巡るだけの、単純な争いではなかったというわけだ。カプレーティ家、モンテッキ家の両家の血に、憎しみ合う感情が刻まれているのだろう」
ただ、それはすべての人がそうではない。
「わたくしは、バルトロマイ様を心からお慕い申しております」
そう口にすると、バルトロマイは想いに応えるように私の手を優しく握ってくれる。
「両家が抱える問題を解消したら、争いは収まる。そう思っていたのですが、単純な問題ではないようですね」
「そうだな。ただ、一点、気になることがあった」
「なんですの?」
「邪竜についてだ」
邪竜は地上で生まれ、暴れ回る悪意の象徴である。悪魔が従える生き物ではない。
「モンテッキ家にある絵画では、魔王サタンが邪竜に跨がっていた。どうしてなのか」
何か引っかかりを覚えるようだが、その原因についてはっきりと言葉にできないと言う。
「上層にある聖物保管庫に、もっと詳しい歴史が書かれた物があるかもしれない」
「調べにいったほうが、よさそうですね」
アヴァリツィアにも話を聞こうと呼びかけたが、やはり出てこなかった。
一度に得た情報量が多すぎて、上手く処理できない。
今日のところはゆっくり休もう。
眠れるか心配だったが、バルトロマイに抱かれ、優しく背中を撫でられているうちに眠ってしまった。
◇◇◇
朝、目覚めると、バルトロマイの姿はなかった。
彼が眠っていた場所に触れても、温もりすら残っていない。
まさか、悪魔に連れ去られてしまったのか。
慌てて起き上がったら、声がかかった。
「ジル、起きたか」
「あ――!」
すでにバルトロマイは修道服に身を包み、本を読んでいた。昨晩、司書から借りた聖女について書かれた本である。
「おはよう」
「おはようございます」
朝の挨拶を交わしたのは初めてだったような気がする。
ささいなことなのに、照れてしまった。
「昨晩はよく眠れたか?」
「ええ、バルトロマイ様が上手く寝かしつけてくれたおかげで、ぐっすりでした」
「なんだ、その、寝かしつけというのは」
そう口にするなり、バルトロマイは笑い始める。
貴重な微笑みを、太陽の光のように眩しく思った。
「昨日借りた本を読んでみたのだが、書かれているのは、司書から聞いた話ばかりだった」
「そう、だったのですね」
特に新しい情報はなかったようで、そのまま返していいか聞かれる。
「ええ、問題ありません。それよりもサタンが跨がっていた邪竜について、調べたほうがよいでしょう」
「では、ひとまずこれを返却し、上層の聖物保管庫に忍び込むか」
「ええ」
今日は大きなミサがあるらしく、調査にうってつけらしい。
そんなわけで、朝食を食べてから行動に移す。
修道女や修道士、儀仗騎士がぞろぞろと移動を始めていた。
皆、上層にある大聖堂を目指しているのだろう。
誰も私達の存在なんか気にも留めず、聖書を片手に目的の場所に向かって歩き続ける。
途中の分岐から、彼らと道を別れた。
儀仗騎士が立ちはだかる扉の前でも、院長の名を出したら通してくれた。
ここで私達が捕まるような失敗をしたら、院長にも迷惑をかけてしまうだろう。
なんとしても、怪しまれないように情報を持ち帰らないといけない。
ミサが始まるまで、誰もいない部屋に潜伏し、上位神官がいなくなるのを待つ。
がらんごろんと鐘が鳴り響いた。ミサが始まる合図である。
「そろそろだな」
「ええ」
人の気配がなくなったのを確認し、廊下に出る。
聖物保管庫に行き着いた。そこにも当然、儀仗騎士が守っている。
院長の名で、中に入ることができた。
そこには天使の名を冠した聖物が飾られていた。神が描かれた絵画も多く保管されている。
古い書物を手に取ってみたが、特に新しい情報はない。
「邪竜についての情報は、ここにはないようだな」
「ええ」
もしかしたら教皇が隠し持っている可能性があるが、これ以上の深入りした調査は危険だろう。
ひとまずクレシェンテ大聖宮から脱出したほうがいい。
ミサをしている今が最大のチャンスだろう。
足早に廊下を歩いていたら、背後より声がかかった。
「おい、お前ら、止まれ」
振り返った先にいたのは――イラーリオだった。