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聖女と聖剣について

 魔王サタン――シャイターン、イブリース、さまざまな名で呼ばれる、悪魔の王。

 天使の長とも言われているルシフェルが神に逆らった結果、堕落したことにより、悪魔と化してしまったと言われているようだ。


「あの、なぜ、天使の長であったルシフェルが、悪魔となってしまったのですか?」

「諸説はさまざまあるようですが、一説によると、聖女を愛してしまったが故、と言われているそうです」


 ここで、聖女の名が登場した。司書より、詳しい話を尋ねる。


「そもそも、聖女というのはどういった存在だったのでしょうか?」

「人々の信仰に対する、祈りの象徴のように崇められていたそうです」


 禁書室では聖女が描かれたタペストリーがあるというので、見せてもらった。

 

「こちらです」


 普段から壁掛けされているものの、保管を優先するため、布が被せられていると言う。

 禁書室に立ち入ることができる者ならば、いつでも公開されているらしい。


 司書は布を取り、タペストリーを見せる。


「これは――!?」


 それは写実的な絵だった。

 グレージュの髪に、聡慧たる青い瞳を持つ聖女。

 驚いたことに、私とそっくりな姿で描かれている。


「聖女様が唯一鮮明に描かれたものだと言われている一枚です。見た目も中身も、とても美しいお方だったそうです。ルシフェルが恋をし、自らの立場をなげうってまで愛してしまうのも、無理がないのでしょうね」


 どくん、どくんと胸が脈打つ。なぜ、聖女が私とそっくりな姿なのか。


「あ、あの、聖女様のお名前は、記録に残っているのでしょうか?」

「いいえ、残念ながらどこのどなただったのか、という記録はありません。ただ――」

「ただ?」

「魔王サタンと敵対していた家の当主と、婚約関係だったという話は伝わっております」


 ということは、あの絵は聖女を巡る、モンテッキ家と魔王サタンとの戦いを描いたものになるというのか。


「その、敵対していた家、というのは?」

「その辺は伝わっておりません」


 魔王サタンと戦っていた一族がモンテッキ家だった、というのは、クレシェンテ大聖宮にある資料に書かれていなかったらしい。

 これまでも歴史の記録を改ざんしたり、隠したりしていたので、正しい情報が伝わっていない件に関してはなんら不思議ではない。


「魔王サタンは自分の力によほど自信があったのか、戦いを挑んできた当主に聖剣を与え、ハンデを付けたそうです」

「聖剣はもともと、ルシフェルが持っていた品、だったということですの?」

「そうですね。彼は傲慢を象徴とする悪魔ですから、そのような愚かな行動に出たのでしょう」


 人間なんかが悪魔に勝てるわけがないと思っていたのだろうか。だとしたら、傲慢でしかない。

 

「それで、魔王サタンと敵対していた家の当主の戦いはどうなったのですか?」

「その当主が聖剣で魔王サタンを追い詰めたのですが――聖剣で斬りかかった瞬間、魔王サタンを聖女が庇ったのです」


 聖剣で斬り裂かれた聖女は、虫の息となる。

 そんな彼女に、魔王サタンは誰もが想像しなかった呪術をかけた。


「魔王サタンは魔法を用いて、聖女の傷を治しました。ただ、彼は悪魔です。普通の回復魔法ではありません」


 回復魔法は神聖術、神様への信仰心と引き換えに起こる奇跡の力だ。魔王サタンが使えるわけがない。 


「魔王サタンが使ったのは、違背回復魔法アンチ・ヒール――自らの命を削って行われる、呪われし魔法です」


 聖女の傷を治す代わりに、魔王サタンは暴風となって脅威と化す。

 暴風は多くの命を巻き込み、帝都を更地にするほどの勢いだったと言う。


「そのときの暴風で皇族のほとんどが亡くなったのですが、傍系の者が奇跡的に生きていて、玉座に収まったと言われています。そして絶望の中、祈りで人々を救ったのが、聖女を取り巻いていた信者達でした。彼らがこの、クレシェンテ大聖宮を造り、信仰の礎を作ったと言われています。聖女の代わりに教皇を立て、混乱の世を救っていったそうです」


 ここで、今の王朝と教皇の歴史がほぼ同じところにあったことに気付く。

 暴風によって滅びかけた帝国を、皇帝と教皇が協力し、再建していったのだろう。


「それで、聖女はどうなりましたの?」


 魔王サタンの命と引き換えに、違背回復魔法で傷を回復させたと言うが……。


「聖女は生き長らえておりました。しかしながら、彼女の血は悪魔に呪われてしまったのです」

「なっ――!?」

「記憶を失っていた彼女は各地を放浪し、ひとりの男性と出会って結婚します。悪魔に呪われた血は、次代へ受け継がれてしまった、というわけです」


 血の気がサーーっと引いていくのがわかった。

 なぜ、カプレーティ家の者に悪魔が取り憑いているのか、という答えを、今、ここで知ってしまう。

 カプレーティ家の血は、魔王サタンによって呪われていたのだ。


「聖女の婚約者だった当主は、ずっと彼女を探していました。しかしながら、彼が見つけたときには、すでに他の男性の子を、聖女は抱いていたそうです。さらに、聖女は婚約者だった当主のことを覚えていなかったものですから、彼女を激しく憎悪するようになっていったのだとか」


 好意が大きければ大きいほど、その感情が反転したとき、憎しみは爆発してしまう。

 それらは悪魔がもっとも好む負の感情なのだろう。


「聖女が嫁いだ家と、聖剣を持つ一族の当主は、今でも憎しみ合い、対立を続けていると言われています。以上が聖女を巡る、我が国の歴史です」


 あまりの情報量に、くらくらと目眩を覚えそうだった。

 司書が聖女の歴史について、詳しく書かれた本を特別に貸してくれた。

 持ち出し厳禁の一冊だろうが、熱心に話を聞いてもらって嬉しかったのだろう。

 明日には返すと約束を交わし、図書室をあとにする。

 ふらふらと歩いていたようで、途中からバルトロマイが抱き上げてくれた。


 大丈夫、なんて言う余裕はなく、彼にそっと身を寄せる。

 部屋に戻ってくると、寝台に横たわらせてくれた。


「バルトロマイ様」

「起き上がるな。茶を淹れよう」


 心が落ち着くというカモミールティーに、蜂蜜を垂らしたものをバルトロマイは用意してくれた。

 寝台に腰かけ、いただく。


 一口飲むと、蜂蜜の優しい味わいが身に染みるようだった。


「おいしいです」

「そうか、よかった」


 暖炉の火がパチパチと燃える音だけが、部屋に鳴り響いていた。


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