罪の告白
まず、気になったのは、皇帝派であるモンテッキ家のバルトロマイが、教皇の息がかかった教会になぜ足を運んできたのか、という点である。
「あの、あなた様はモンテッキ家の御方ですよね?」
「そうだが、もしや、立ち入りが禁止されていたのか?」
「いいえ、いいえ、どなたでも大歓迎です!」
「歓迎?」
罪を告白する部屋なので、歓迎という言い方はおかしかっただろう。
彼を前にして、私は酷く舞い上がっているのだ。少し落ち着かなければならない。
ごほんごほんと咳払いし、心を落ち着かせる。
開き直って、院長の言葉を借りてそのまま伝えた。
「神様は分け隔てなく、どんな方であろうと声を聞き入れてくださいます」
「そうか」
なんでもバルトロマイは、友人の結婚式に参加するために、ここへやってきたらしい。
皇帝派の者達は教会で結婚式をせず、街のいたる場所にある聖堂で結婚式をする。
どうやらバルトロマイは教皇派の友人がいるようだ。
前世では、私以外の教皇派を酷く嫌っていたのだが。彼自身も、すべてが前世と同じとは限らないのかもしれない。
結婚式は一時間半後である。早く来すぎたので、暇つぶしに告解室へやってきたのだろう。
せっかちなところは、相変わらずだ。
「それで、お話とは?」
「なんと説明していいのかわからないのだが――」
バルトロマイは落ち着いた声で話し始める。
「俺は生まれてから、必要な物はすべて両親からもたらされ、十分なくらいの教育を受けた。それなのに、心の奥底で、何かを熱望するような、〝渇き〟を覚える瞬間がある。その感情は抱いてはいけない罪のようで、感じるたびに罪悪感が沸き上がり、どうしたらいいのかわからなくなる」
ときおり、我慢できないほど欲するあまり、物に当たってしまうようだ。
「今日も、無意識のうちに扉を破壊してしまった」
「まあ!」
気性の荒さも、前世と変わらないようだ。
元夫は怪力の持ち主で、意識して動かないと、この世の物という物を壊してしまう。
うっかり馬車のステップを踏み壊したり、テーブルを叩いただけでヒビが入ったり、着替えのさいに上着を破ってしまったりと、そういうことは日常茶飯事だったのだ。
「何か思い通りにならず、悩んでいるのですか?」
「思い通りにならない? そんなことはないはずだが」
バルトロマイはモンテッキ家の嫡男として生まれ、何不自由なく育てられた。
実力を見込まれて、皇帝を守護する近衛騎士隊としても選ばれたと言う。
未来有望としか言いようがない彼が、手に入らないものなどないのだろう。
「最悪、何を欲しているのか、わからなくてもいい。それよりも、心を落ち着かせる方法を知りたい」
何かあるだろうか、と聞かれ、すぐにピンと思いつく。
「絵を描いてみるのはいかがでしょうか?」
前世で、夫は絵を描くことを趣味にしていた。
家族からは絵を描くなどくだらない、と言われて筆を折っていたのだが、画家顔負けの腕前だったのだ。
ふたりで密会しているとき、元夫は私の絵を描いてくれた。
絵を描いているときの彼は、気性の荒さは鳴りを潜め、とても静かだったのを思い出す。
きっと、絵を描くと彼の心に安寧が訪れていたのだろう。
今世でも、もしかしたらこっそり絵を描いていたのかもしれない。そう思って、提案してみたのだ。
「絵? この俺が?」
「は、はい」
「絵など、一度も描いたことがないのだが」
「な、なんですって!?」
上流階級に生まれた者ならば、芸術の一環として絵を習う。それなのに、バルトロマイは生まれてこの方、筆を握ったことがないらしい。
「家庭教師から習わなかったのですか?」
「ああ、まったく」
派遣される家庭教師が前世と別人であれば、授業内容も変わってしまうのかもしれない。
ここで私は気付いてしまう。
バルトロマイは前世の記憶などないようだ。
あったら、絵を描いたことがないなんて、言うはずがない。
それに、返された言葉のニュアンスから、絵を描いて心を落ち着かせるなんてありえない、という意味が含まれているような気がした。
「でしたら、騙されたと思って、一度、絵画に挑戦してみてくださいませ! きっと、心が落ち着くでしょうから」
「わかった」
意外や意外。バルトロマイは私の意見を静かに受け入れてくれた。
「その、絵というのは、いったいどんなものを描くんだ?」
「絵に決まりはございません。好きなものを、なんでも描けばいいのです」
「好きなもの、か……」
バルトロマイが今、何が好きなのか猛烈に気になる。
けれども、これ以上関わることは危険だろう。
そろそろお開きにしよう。そう思って、締めの言葉を口にする。
「あなたに、神からのご加護がありますように」
「感謝する」
バルトロマイは立ち上がると、颯爽と去って行った。
パタン、と扉が閉まる音が聞こえると、盛大なため息が零れる。
まさか、バルトロマイがやってくるなんて、誰が想像していたのだろうか。
心臓が口から飛び出てくるのかと思った。
はあ、はあと息を整えていたら、テーブルの上にぽた、ぽたと水滴が落ちる。
至近距離でバルトロマイに会った影響で、涙でも流してしまったのか。
そう思っていたのだが――違った。
真っ赤な水滴は、間違いなく鼻血だろう。
「わ、わたくしったら、なんてことを!!」
慌ててハンカチで拭き取り、止血して、事なきを得た。
バルトロマイの過剰摂取で、体が異常をきたしてしまったのだ。
十八年もの間、好きな人を絶っている状態だったので、無意識のうちにとてつもなく興奮していたのかもしれない。
知らぬ間に、私は恐ろしい体質になっていたようだ。