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モンテッキ夫人からの呼び出し

 食事は侍女が部屋に運んできて、ひとりで食べる。

 やっと愛人らしい扱いを受けてきたな、なんて思っていたら、バルトロマイもひとりで食べていることを知った。

 なんでも毒の混入を警戒し、誰かと食べないようにしているらしい。

 食後、バルトロマイと揃ってモンテッキ夫人から呼び出しを受ける。

 何かと思いきや、一緒にお喋りしたかったらしい。

 紅茶やお菓子、お酒やつまみなどが用意されていて、遠慮なく食べるようにと言われる。


「あの、母上、ひとつよろしいでしょうか?」

「あら、何かしら?」

「普通、愛人として連れてきた女性を、ここまで歓迎しないものなんです。いったい何をお考えなのでしょうか?」

「世間様は厳しいことをなさるのね。かわいそうに。別に、深い意味はないわ」


 想定外の答えに、バルトロマイは険しい表情を浮かべている。


「母上は、父上が愛人を連れてきた場合も、このようにもてなすのですか?」

「どうかしら? それはそういう状況にならないと、わからないものだわ。今回の場合は、あなたがジルさんを連れてきてくれて、とても嬉しかったから、みんなで仲良くなりたいと思ったの」


 バルトロマイは付き合っていられない、と思ったのか。栓が閉まっているワインを開封し、デキャンタージュをせずに飲み始めた。暗殺を警戒しているので、執事に任せないのだろう。


「ジルさん、甘い物はお好き?」

「え、ええ」

「このチョコレート、とってもおいしいの。たくさん召し上がってね」

「ありがとうございます」


 これが前世だったら、私は涙を流して喜んでいただろう。

 私達は容姿や生まれる家などに変わりはなかったが、周囲の人々の考えや状況などは変わっているのかもしれない。

 ただ、ここまでモンテッキ夫人が友好的な態度なのは、私がカプレーティ家の娘とは知らないからだろう。

 それを思うと、胸がちくりと痛んだ。


「ジルさんにひとつお願いがあって、叶えていただけるかしら?」

「わたくしにできることであれば、なんでもおっしゃってください」


 いったい何を頼むというのか。微笑みを浮かべているつもりだが、心の中では最大限の警戒をしてしまう。

 バルトロマイは先ほどから、ワインをひとりで一本空けてしまうのではないか、という勢いでごくごく飲んでいた。


「ジルさんには、バルトロマイの子を産んでいただきたいのです」


 モンテッキ夫人がお願いを口にした瞬間、バルトロマイは飲んでいたワインを気管に引っかけたようだ。

 

「げほっ、げほっ、げほっ!!!!」

「まあ、バルトロマイ様、大丈夫ですの?」


 背中を摩ってあげたが、ふと視線を感じてモンテッキ夫人のほうを見る。

 無表情でこちらを見ていた。先ほどの発言は冗談ではなく、本気なのだろう。


「ジルさん、いかがですか?」

「母上、何を言っているのですか!」

「バルトロマイ、あなたは黙っていなさい!!」


 ぴしゃりと注意され、バルトロマイは叱られた仔犬のような表情を浮かべる。


「もちろん、無償とは言いません。もしも子どもを産んでくれるのであれば、生まれた子が男女問わず、暮らしに困らないほどの報酬を与えましょう。もちろん、この子の妻になりたい、と望むのであれば、こちらは喜んで応じます」


 破格の待遇に、言葉を失ってしまう。


「あの、どこの誰かもわからないわたくしを、バルトロマイ様の妻として、認めるというわけですか?」

「ええ。あなたはバルトロマイが選んだ娘だから、間違いないのでしょう」


 それを耳にした瞬間、涙が溢れてしまう。

 前世で言われていたらどんなに嬉しかった言葉だったか。


「あらあら、どうしましょう」

「母上、彼女にそのような提案をするなんて、あんまりです。跡取りについては、傍系の子を養子に迎えればいいと話し、父も納得していたでしょう」

「そうだけれど、私はあなたの孫をこの胸に抱きたいのよ!!」


 ここで、男女問わずと言っていた意味を理解する。

 モンテッキ夫人は跡取りが欲しいのではなく、孫を迎えたいだけなのだ。

 それならば、重たく考えなくてもいいのかもしれない。


「あの、モンテッキ夫人、そういうのは、相性もありますので、なんとも言えないのですが――神様が子を授けてくれたのであれば、わたくしは産みたいと思っています」

「まあ!」


 ガチャン! とガラスの割れる音が響き渡る。

 バルトロマイが手にしていたグラスを、大理石の床に落としてしまったようだ。


「本当に? ジルさん、いいの?」

「バルトロマイ様次第ですが、わたくしは問題ありません」


 子どもを産むことは、前世で叶えられなかった。

 もしもバルトロマイが望むのならば、叶えてあげてもいい。

 私がしてあげられる、唯一のことだろう。


 モンテッキ夫人は私のほうへやってきて、手を握って喜んでくれる。


「ジルさん、ありがとう! 本当に嬉しいわ!」

「まだ何もしていないのに、そのように喜んでいただけるなんて……」


 その日の晩はモンテッキ夫人と楽しくお酒を飲み、泥のように眠る。

 ワイングラスを割ってしまったバルトロマイがどうなったかは、記憶に残っていなかった。

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