モンテッキ家の宝
「家族のことは気にしないでくれ。たぶん、会いたいと望んでくるのは母だけだろうから」
愛人という立場上、バルトロマイの父親であるモンテッキ公爵は会わないだろう、とのこと。それを聞いて安心する。
「母についても、すまなかった。病弱であるはずなのに、昔から元気で」
「明るく朗らかなのは、すばらしいことです。バルトロマイ様との仲を反対するものだと思っていたので、その、優しくしていただいて驚きましたが」
モンテッキ夫人や使用人達の様子はバルトロマイも想定外だったらしい。眉間に皺を寄せ、「愛人を歓迎するほど心配かけていたとは」と呟いていた。
何はともあれ、無事にモンテッキ家に潜入できた。あとは調査をするばかりである。
「ジル、何か気になったことはあるか?」
「先ほどお聞かせいただいた、聖剣について気になりますわね。何か資料はございますの?」
「ここには何も――いや、ある」
それは本ではなく、絵画らしい。
「父の執務室に飾ってある絵に、聖剣が描かれていたはずだ」
モンテッキ公爵はめったに家に戻らないため、いつでも見ることができるようだ。
「お見せいただけますか?」
「わかった」
バルトロマイの誘導で、モンテッキ公爵の執務室を目指す。
とてつもなく広い家なので、部屋から部屋への移動距離も長い。歩くこと五分、やっとのことで到着する。
モンテッキ公爵の執務室は一面に本が収められており、執務室の背面となる壁に聖剣が描かれた絵画が飾られていた。
見上げるほどに大きく、圧倒される。
「こちらが聖剣の――」
板金鎧の騎士が発光する剣を握り、黒く塗りつぶされた竜と、それに跨がる六枚の黒い翼を生やした美貌の青年と対峙する絵だった。
「黒い竜は、邪竜、なのでしょうか?」
「おそらく、そうなのだろう」
黒い翼を生やした美貌の青年が、悪魔なのだろうか。よくわからない。
「あれは神の使いである、天使の羽によく似ているような気がします」
「言われてみればそうだな」
モンテッキ家が聖剣を持って敵対していたのは、カプレーティ家の悪魔であるはずである。それなのに、邪竜まで描かれていた。
これが意味することはいったい――?
「あ、邪竜と青年の背後に、女性の姿が描かれていますね」
「あれはおそらく、〝聖女〟だろう」
「聖女、ですか」
なんでもその昔、クレシェンテ大聖宮には聖なる象徴として、聖女と呼ばれる存在がいたらしい。
聖女は神に愛された存在で、奇跡の力が使えたという。
しかしながら、聖女は突然失脚し、代わりに教皇が現れた。
「それ以降、聖女が表舞台に上がることはなくなったと言う」
聖女は教皇疔にとって、隠したい存在らしい。そのため、現代には伝わっていないようだ。
かつて、モンテッキ家は悪魔が恐れる聖剣を手にしていた。けれども、その聖剣は何者かに盗まれ、モンテッキ家はカプレーティ家に勝つ術を失ってしまう。
聖剣は何百年と行方不明のまま。今では実在していたのかも、怪しいと囁かれているようだ。
「考えれば考えるほど、カプレーティ家が聖剣を盗み出したとしか思えませんね」
ただ、どこを探しても、カプレーティ家に聖剣はなかった。
疑われた当時の当主は激しく憤り、長期にわたる戦いを仕掛けるほどだったという記録が残っているらしい。
「カプレーティ家以外の者が盗んで、どこかに保管していたとしたら、その目的はなんなのでしょうか?」
バルトロマイは腕を組み、眉間に皺を寄せる。
「もう少し、いろいろと調べたほうがよさそうだ」
「そうですわね」
執務室から出て行こうとしたら、扉が開かれる。そこから入ってきたのは、騎士隊の制服に身を包んだ、四十代くらいの男性であった。
「バルトロマイ、帰ってきていたのか?」
「父上」
めったに家に帰らないはずのモンテッキ公爵が、よりによって今日、現れるなんて。運が悪いとしか言いようがない。
私は即座にバルトロマイの背後に隠れる。
「ここで何をしていたんだい?」
「モンテッキ家に伝わる宝を、彼女に紹介して回っていました」
「おお、そうか」
モンテッキ公爵が近付き、隠れていた私を覗き込んでくる。
「なんとも美しいお嬢さんだ。バルトロマイ、紹介してくれないか?」
「彼女は――親しい関係にある、ジルです」
「なるほど! バルトロマイ、お前が女性を家に連れ込むとは、奇跡のようだな」
モンテッキ公爵はにこやかに挨拶してくれる。
愛人である以上、接触してこないだろう、とバルトロマイは言っていたのだが……。
よほど、女性の影がなかったことを、心配していたに違いない。
モンテッキ家の嫡男である彼は、結婚して跡取りを産む女性を迎えないといけない。そのため、周囲の人達はやきもきしていたのだろう。
「はて、どこかで会ったことがあるような」
もしかしたら夜会で私を見かけた記憶でも残っているのかもしれない。
ここで、私がカプレーティ家の娘だとバレるわけにはいかなかった。
顔を覗き込んできたので、バルトロマイの上着をぎゅっと握る。すると、バルトロマイが話を逸らすように、モンテッキ公爵へ話しかけてくれる。
「父上、この絵画について、何かご存じですか?」
「〝神聖戦争〟についてかい?」
この絵は、神聖戦争というタイトルが付いているらしい。いつ、どこで描かれたというのはわかっていないようだが、モンテッキ家にある絵画の中でもっとも古いもののようだ。
「これはたしか――痴情のもつれ、だったような?」
「はい?」
「ひとりの女性を、たくさんの者達が争っているんだよ」
バルトロマイはポカンと口を開け、信じがたいという視線でモンテッキ公爵を見つめていた。
「ほら、奥に女性が描かれているだろう? 彼女がとんでもない美人で、みんな好きになってしまうんだ。かつての当主も、きっと惚れていたんだろうね」
カプレーティ家とモンテッキ家の戦いのきっかけは、痴情のもつれだった?
そんなばかばかしいことがきっかけで、前世の私達は心中しなければならなかったのか。それを思うと、呆れたような、くだらないような、残念な気持ちになる。
バルトロマイは額に手を当てて、深いため息を吐いていた。きっと、今の話は聞かなかったことにしたいのだろう。
「父上、ここに描かれた聖剣について聞きたいのですが。聖剣は本当に実在すると思いますか?」
「うーーーーん、どうだろう。なんか、聖剣を巡ってカプレーティ家と三百年ほど前に、盗んだ、盗んでいなかったって揉める話を聞いたことがあるけれど、どうなんだろうね」
「どう、というのは?」
「もともと聖剣なんて存在しなくて、うちが盗んだって勝手に主張した、なんてことも考えられるよね」
そもそも聖剣が実在しないのであれば、どこを探しても見つからないはずだ。
争いの種を作るために、言いがかりだった可能性もあるというのだ。
「あんまり詳しくなくて、申し訳ない」
「いえ」
この絵画には深い意味がありそうだ。
じっと見上げていたら、モンテッキ公爵が話しかけてくる。
「ジルさん、ここへは好きなだけいてもいいから」
「は、はい。ありがとうございます」
モンテッキ公爵は執務机に置かれていた書類の束を掴むと、手をひらひらと振りながら出て行った。
残された私達は、無言で神聖戦争の絵画を見上げる。
「バルトロマイ様、この絵画は、問題を解決する大きな鍵になりそうですね」
「ああ、そうだな」
思いがけず、大きなヒントを得てしまった。




