モンテッキ家にて
バルトロマイは何やら考える素振りを見せていた。
「どうかなさったの?」
「いや、モンテッキ家には〝聖剣〟と呼ばれる家宝があったのだが、もしかしたら、カプレーティ家の悪魔と対峙するためにあったのだな、と思って」
「モンテッキ家の聖剣ですか。初めて聞きます」
「大昔に盗まれていたので、すでに手元にはないのだが」
「まあ、そうでしたのね」
聖剣が盗まれたあと、モンテッキ家はカプレーティ家の仕業だと訴えていたらしい。
皇帝の命令でカプレーティ家を調査するも、聖剣は見当たらなかった。
それに納得いかなかったモンテッキ家の者達は、カプレーティ家を襲撃する。
二百年ほど前に起きた、〝聖剣内戦〟と呼ばれるものらしい。
「では、二百年もの間、聖剣は行方不明なのですね」
「みたいだな」
その内戦は多くの死者や損害を出したため、両家の黒歴史扱いされているらしい。
証拠隠滅が図られていたため、後世に伝わっていないのだとか。
「バルトロマイ様はどうしてご存じでしたの?」
「皇帝陛下の禁書室で読んだことがあったから」
「そうでしたのね」
近衛騎士は禁書室を自由に出入りする権利が与えられるという。
発する言葉が目に見えるという不思議な能力を持つ者が過去にいなかったか、調べていたときに、両家の黒歴史を見つけたようだ。
聖剣の話をし始めた途端に、アヴァリツィアはガタガタと震え始め、最終的に姿を消す。
どうやら悪魔にとって、聖剣は脅威のようだ。
◇◇◇
百年の時を経て、私はモンテッキ家の屋敷にやってくる。
豪壮な邸宅は、いつ見ても圧倒される。これで街屋敷だと言うのだから、領地の所領本邸はいったいどれくらいの規模なのか。想像できない。
バルトロマイは愛人を連れて帰る話を、家令にのみしていたらしい。
「おそらく、部屋くらいは用意してくれるだろう」
「心遣いに感謝します」
裏門から入らず、堂々と正門から入り、玄関に案内される。
前世では外観を眺めるだけで、このようにモンテッキ家へ入ることはなかった。
まさか生まれ変わった挙げ句、愛人として訪問することになるなんて、夢にも思っていなかった。
ただ、モンテッキ家の者達から嫌われる、というのは前世と変わらないだろう。
調査のためだ。仕方がないと思いながら、バルトロマイのあとに続く。
「おかえりなさいませ、若様!!」
家令らしい初老の男性を先頭に、従僕や侍女、メイドなどの使用人がずらりと並んで出迎える。
「なんだ、この大げさな出迎えは」
「愛人様を迎える善き日に、皆、いてもたってもいられなかったようで」
愛人様、と呼ばれただけでも驚きなのに、歓迎されているような雰囲気に戸惑ってしまう。それは私だけでなく、バルトロマイも同様だった。
「若様、愛人様をご紹介いただけますか?」
「彼女はジルだ。中央街にある酒場で給仕をしていた」
「さようでございましたか」
銀縁眼鏡をかけた家令は、恭しく頭を下げる。
「ジル様、わたくしめはモンテッキ家の家令、オレステ・レオパルディと申します。以後、お見知りおきくださいませ!」
「え、ええ……」
それから、私専属の侍女を三名紹介される。まさか、侍女までつけてくれるなんて。
前世の父は愛人を家に囲っていたものの、侍女どころかメイドすら付けていなかった。
それを考えると、破格の扱いだろう。
「若様、奥様がジル様に挨拶したい、とおっしゃっております」
「母上が? 冗談だろう?」
「いいえ、本気です」
バルトロマイは返事の代わりに盛大なため息を零す。
前世で彼の母親は、病弱で社交場に姿を現さなかった。前世を含めても、会うのは今日が初めてである。
バルトロマイは私を振り返り、申し訳なさそうに言った。
「ジル、すまない。母上が挨拶をしたいらしい」
「わかりました」
ここで拒否しても礼儀知らずの愛人だと思われるだけで、さほど問題ないだろう。
応じたのは、バルトロマイの母親に会ってみたい、という好奇心である。
おそらく、厳格な女性なのだろう。
もしかしたら、出ていってほしいとお願いしてくるのかもしれない。そのときは、反抗するつもりだが。芝居ができるか心配になったが、上手くやるしかない。
ドキドキしながら、バルトロマイのあとを歩いて行く。
「ジル、ここだ」
「ええ」
ついに、ご対面となる。扉が開かれ、中へと誘われた。
ブロンドの髪に白髪が少し交ざった、凜とした印象の女性と対面することとなる。
彼女がバルトロマイの母親――モンテッキ夫人なのだろう。
「あなたが、バルトロマイの愛人なのね。初めまして。私はあの子の母親よ」
「お初にお目にかかります。ジルと申します」
モンテッキ夫人から探るような目で見つめられ、居心地が悪くなる。
厳しい視線を向けるのも、無理はないのだろう。大切な息子を毒牙にかけたような存在なのだから。
モンテッキ夫人は私のもとへ一歩、一歩と近付いてくる。
バルトロマイが接近を制そうとしたものの、肘で強く遠ざけていた。
「ジル、下がれ!」
バルトロマイがそう叫んだのと、モンテッキ夫人が大きく動いたのはほぼ同時だった。
私は反応できず、その場に硬直してしまった。
モンテッキ夫人は思いがけない行動に出る。私を力いっぱい抱擁したのだ。
「あなた、ありがとう!!」
「え?」
「ずっとずっと、うちの子は女性に興味がなかったから、もうダメかと思っていたわ!!」
「は、はあ」
想定外の行動に、どういう反応を返していいものかわからなくなる。
バルトロマイのほうを横目で見たら、手で顔を覆っていた。
「ジルさん、なんて物腰がやわらかくて、かわいらしいお方なのでしょう。うちの子は、見る目があります!」
まるで婚約者を迎え入れるような態度に、戸惑ってしまう。
念のため、主張してみた。
「あ、あの、わたくしは、愛人、なのですが」
「存じていてよ。私はあの子が異性に興味を持ったことが嬉しいの」
バルトロマイは仕事一筋。恋人のひとりやふたりいないどころか、夜遊びすらしなかったらしい。
「まさかバルトロマイが夜遊びをした挙げ句、お店のかわいらしい女性を気に入り、家に連れてくるまでに至ったなんて、奇跡としか言いようがないわ!」
「母上、少し黙っていてください!」
厳格なモンテッキ夫人のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
私はモンテッキ夫人を前にしても帽子や眼鏡を外さず、頭すら下げなかった。
いい愛人ですらないのに、大歓迎されるなんて。
「ジルさん、あなたはバルトロマイの隣の部屋を用意したわ。自由に使ってね」
それから、必要なドレスや宝飾品などがあれば、いつでも相談してほしい、と優しく声をかけてくれた。
バルトロマイは一刻も早くここから出て行きたいようで、私の手を握って部屋から撤退する。
手を繋いだまま、私のために用意されていた部屋に誘われた。
「ここがジルの部屋だ」
「わっ――!」
白で統一された美しい部屋で、うっとりと見入ってしまう。
「あそこにある扉は、俺の部屋と続いている。好きなときに出入りしてくれ」
「まあ……わかりました」
部屋にはリボンが結ばれた箱がいくつも積み上がっていた。
「あの、バルトロマイ様、こちらは?」
「おそらく、母からの贈り物だろう」
カードが挟まっていて、〝バルトロマイの愛人さんへ〟と書かれてあった。どうやら私のために用意された品々で間違いないらしい。
「えーっと、えーーっと、わたくし、もしかして大歓迎されています?」
「みたいだな」
どうしてこうなったのか、と心の中で頭を抱えてしまった。