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教会にて

 今日も今日とて、私はばあやと共にフェニーチェ修道院へ向かう。

 そこは帝都の郊外にひっそりと佇んでおり、両親を亡くした子ども達を育てる養育院を兼ねた場所なのだ。


 修道女見習いの制服に身を包み、顔はベールで隠す。これが、私の街歩きの恰好である。

 こうしていたら、誰も私をカプレーティ家の娘だと疑わない。

 両親や姉達のように、カプレーティ家を象徴する、〝青〟の装いなんて、しようとは思わなかった。


「ジュリエッタお嬢様、昨晩も旦那様や奥様と、言い合いをされたようですね」

「言い合いではなく、話し合いですわ」


 私も十八歳となり、成人を迎えた。

 結婚しない代わりに、正式な修道女となるべく、フェニーチェ修道院へ身を寄せたい。

 なんて相談をしたら、大反対されてしまったのだ。


「お父様ったら、涙を流しながら、結婚しなくても、修道女にもならなくてもいいから、親子三人で楽しく暮らそう、なんておっしゃいますのよ」

「まあ! それはそれは、たいそう愛されているのですね」

「愛が重たいくらいです」


 前世で私は両親からかわいがられていたものの、今世ではそれ以上である。

 ときおり、過保護すぎるのではないか、と感じるくらいだ。


「でもまあ、さすがにわたくしが三十歳とか、四十歳になったら、諦めますよね?」

「どうでしょう? 自分の子どもは、何歳になっても、かわいいものですから」


 早く子離れしてほしい、と祈るばかりである。

 そんな話をしているうちに、修道院に到着した。

 子ども達は秋晴れの中、元気いっぱい遊び回っている。私がやってきたことに気付くと、一目散に駆けてきた。


「ジュリエッタ様だ!」

「ジュリエッタ様、いらっしゃい!」


 持ってきた小リンゴを配ると、皆、嬉しそうに食べ始める。

 すべて配り終えたタイミングで、子ども達の世話をするシスター・ボーナがやってくる。


「ジュリエッタさん、いらっしゃい」

「ごきげんよう、シスター・ボーナ」


 シスター・ボーナはばあやと同じ六十代くらいの女性で、十八歳のころから修道女として奉仕活動をしている。

 心優しく、誰に対しても分け隔てなく応じる彼女は、私の憧れの女性だ。


「そういえば、先日は十八歳の誕生日だったのですね」

「ええ、そうなんです。両親に修道院へ身を寄せる件を改めて相談したのですが、却下されてしまって」

「そうでしたか。しかし、俗世を離れることはいつでもできますので、慌てることはありませんよ」

「ええ、それもそうなのですが」


 叶うのであれば、修道院へ入るのは早ければ早いほうがいい。

 なぜかと言えば、うっかりバルトロマイに会ってしまうから。


 こちらは徹底的に避けているというのに、彼は決まって私の近くに現れてくれるのだ。

 頻度は一ヶ月に一回くらいだろうか。

 財布を落とした老人と一緒に探しているところだったり、暴漢に囲まれた市民を救助したり、迷子の子どもを親のところまで案内したり。

 バルトロマイは生まれ変わっても正義感に溢れる人物らしく、見かける度に前世以上に好きになってしまう。


 もうこれ以上、愛してしまったら大変だ。

 一刻も早く、彼と出会わないような暮らしに努めなければならないだろう。


「ジュリエッタさん、今日は告解室に入っていただけますか?」

「わかりました」


 告解室というのは、信者が赦しを乞う秘跡ひせきの間だ。

 ひとつの部屋を壁一枚で隔て、小さな窓で繋がっている。窓は顔が見えないようになっており、胸元から下のみ見えるのだ。

 片方に信者が、片方に聖職関係者が入る。

 通常、告解室には教会の責任者が入るのだが、フェニーチェ修道院は人手不足。

 今日、結婚式が三件も入っているので、院長は大忙し。シスター・ボーナは子ども達の世話があるため、私に任されたわけだ。

 告解室で話を聞くのは、神に信者の声を届ける大切な仕事である。けれども、ここの院長先生はいい意味で大らかというか、適当というか、とにかく世渡り上手だ。

 誰が告解室に入ろうと、神様は平等に話を聞いてくださる、というのが院長の言い分であった。


 ばあやにはシスター・ボーナの手伝いをするように頼み、私はひとりで告解室の中へと入った。

 誰もいない間は、本を読んでいいと言われている。告解室のテーブルの下には本が置いており、そこには聖書ではなく、冒険ものや恋愛ものなど、多岐に亘った本が揃えられていた。これらも、院長の趣味だと言う。

 どうせ、礼拝の日以外は誰もやってこないだろう。

 そう思っていたのに、腰かけた瞬間、信者側の扉が開いた。


「――誰か、いるだろうか?」


 声を耳にした瞬間、跳び上がるほど驚いた。

 なぜかと言えば、声の主はバルトロマイだったから。

 低いけれど、聞きやすい品のある声と話し方。

 前世から変わらない彼の特徴を、聞き間違えるわけがない。


「いないのか?」

「お、おります」


 返事をしたのと同時に、バルトロマイは用意してあった椅子に座ったようだ。

 モンテッキ家の深紅の騎士服が、窓を通して見える。

 惚れ惚れするほどの立派な胸板だけが、私の目の前に飛び込んだ。


 ああ、神よ。なぜ、彼を私の前によこしてくれたのか――。

 至近距離にいるだけで、くらくらと目眩を覚えそうだ。


「相談事があるのだが」

「好き!!」

「ん? 今、なんと言った?」

「な、なんでしょうか、と言いました!!」


 危ない。声を聞いただけで、好意が爆発してしまった。

 落ち着け、落ち着けと心の中で繰り返す。

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