悪魔
視界の端に、アヴァリツィアがやってくるのを捉えた。
彼は私の肩に飛び乗り、耳元で囁く。
『我慢しないで、気になることは聞いておけよ。どうせ、あとからモヤモヤするんだろう?』
本当にそのとおりである。
アヴァリツィアの言いなりになるのは気に食わないが、質問するのならば、話の流れ的に今が聞きやすいだろう。
覚悟を決め、彼に尋ねる。
「そういえば、馬上槍試合の最終決戦で、〝愛の誓い〟をされていましたが、想い人がいましたの?」
「愛の誓い? ああ、あれは、ジルを探すために使おうと思っただけだ」
「わ、わたくしを!?」
バルトロマイはこくりと頷く。
「人探しに愛の誓いを使うなんて、信じられません」
「仕方がないだろう。ジルという名前しか知らなかったし、この機会を逃したら、どうやって会えばいいのかわからなかったから」
「でしたら、先ほどおっしゃっていた〝彼女〟というのは?」
「それは――わからない」
「わからない?」
「数年前、父に聞かれたときも、出会っていないのに、強く恋い焦がれている、と説明して呆れられた覚えがある」
肩にいるアヴァリツィアが、にんまりと笑いながら囁いた。
『あいつが言う〝彼女〟は、お前のことなんじゃないか?』
いいや、そんなわけはない。だって、バルトロマイには前世の記憶なんてないのだから。
先ほどから、好き勝手言ってくれるものだ。
アヴァリツィアを手で払おうとしたら、バルトロマイが不思議そうな表情で問いかけてくる。
「ジル、その黒いウサギは、どこに隠していたのだ?」
「え!?」
バルトロマイに、この子の姿が見えている!?
アヴァリツィアのほうを見ると、目を見開いて驚いているようだった。
どうやら、自分の姿が彼に見えているとは思っていなかったらしい。
「バルトロマイ様、この子が見えますの?」
「ああ。角が生えているなんて、変わったウサギだな」
アヴァリツィアは私にすがりつき、首をぶんぶん横に振っている。
自分のせいではない、と言いたいのか。
どうしようか一瞬迷った。けれども、彼と一緒にカプレーティ家とモンテッキ家の悪縁を絶つためには、こちらの腹の内を明かしておいたほうがいいだろう。
覚悟を決め、アヴァリツィアについて説明する。
「あの、バルトロマイ様、その、驚かないでくださいませ」
「なんだ、改まって」
「この子は――悪魔なのです!」
額に汗がぶわりと浮かぶ。
私の告白を聞いたバルトロマイは、無表情でこちらを見つめていた。
「なるほど。それは悪魔だったのか」
「え?」
特に驚いていない。それどころか、彼は悪魔を見たことがあるような口ぶりであった。
「もしかして、バルトロマイ様は悪魔も見えるのですか?」
「いや、これまではっきり姿を見たことはなかった。たまに、黒い靄のようなものが人の肩や腰にまとわりついているのを不思議に思っていたくらいで」
黒い靄よりも人の声が文字に見えるほうが厄介だったので、特に気にしていなかったようだ。
「それで、その悪魔はどうしてジルに付きまとっているんだ?」
「従属しているから、です」
「悪魔を従えているだと?」
「ええ、その、結果的にそうなってしまったと言うか、なんというか」
アヴァリツィアのことよりも、カプレーティ家と悪魔の関係について説明するのが先だろう。
「実は、カプレーティ家の者には、悪魔が取り憑いていて、その能力を用いて、長年教皇派の指導者となっていたようなのです」
「なんだと!?」
やっと、バルトロマイは驚きの表情を浮かべる。
「モンテッキ家に比べて、カプレーティ家は財も勢力もなかったものですから、悪魔に頼るしかなかったのでしょう」
「なるほど。そういうわけか」
思っていたよりも、バルトロマイは悪魔について理解を示してくれた。幼少期より、靄を目にしていて、身近な存在だったのもあるのだろう。
「悪魔は正体を見抜くと従属させることが可能なのですが、アヴァリツィアの正体に気付いたのは偶然でした。現在、従属関係にありますが、アヴァリツィアを使役して何かをしようとは考えておりません。その、信じていただくのは難しいかと思いますが」
「いや、信じよう」
バルトロマイの返答を聞いて、ホッと胸をなで下ろした。