作戦開始!
モンテッキ家にて、泊まり込みで調査するにあたり、家を数日空けなければならない。
どうしようかと考えた結果、フェニーチェ修道院に数日滞在すると偽装工作を行うことにした。
もちろん院長公認で、誰かが私を訪ねてきても、適当に誤魔化してくれるという。
両親にこの作戦が通用するかドキドキだったが、一年に一度、フェニーチェ修道院に一週間ほど滞在し、奉仕を行う活動をしていたので、怪しまれずに済んだ。
所持しているドレスの中から派手なものを選び、鞄に詰めていく。
化粧品や靴、宝飾品など、必要だと思う品をどんどん入れていった。
四つの鞄が完成し、従僕に命じて運んでもらう。
その様子を見たばあやが、痛いところを突いてきた。
「ジュリエッタお嬢様、今年は荷物が多いですねえ。去年は鞄ひとつだったのでは?」
「そ、それは……不必要な品を、寄付しようと思いまして」
「ああ、そうだったのですね」
モンテッキ家に持っていくドレスや宝飾品は、派手でいつどこに使っていいのかわからない品ばかりだ。
調査が終わったら、換金してフェニーチェ修道院に寄付してもいい。
今回、当然ながらばあやはお留守番である。去年は一緒にいったのだが、今年は腰を悪くしていたので、ゆっくり過ごしてほしいと言ってあるのだ。
「ジュリエッタお嬢様をひとりにするなんて、傍付き失格です」
「ばあや、大丈夫ですわ。この先、わたくしはひとりで生きていかなければならないのですから、予行練習だと思うようにしておきます」
涙をぽろぽろ流すばあやに、絹のハンカチを握らせる。
「では、行ってまいります!」
「ええ、行ってらっしゃいませ」
中央街までカプレーティ家の馬車で行き、そこから先はバルトロマイが迎えに来てくれる予定である。
侍女をひとりも連れずに、私は街へ繰り出した。
バルトロマイはすぐに見つかる。全身黒尽くめで、頭巾を深く被っていたのだが、体が大きいので目立っていた。
鞄が四つもあるのでその場を離れるわけにもいかず、両手を振って名前を叫んだ。
「バルトロマイ様ーー!!」
私の呼びかけに対しバルトロマイはギョッとし、すぐにこちらへやってきた。
「ジュリエッタ嬢、思いのほか、声量があるのだな」
「ええ。子どもの頃、声楽の先生によく声が出ていると褒められたことがあるんです」
「そうか」
顔色が悪く見えるのは、街中で人の声をたくさん聞いていたからだろう。
「バルトロマイ様、早く行きましょう」
「そうだな」
バルトロマイが片手を挙げると、円形地帯に停車していた馬車がやってくる。
御者が私の鞄をテキパキと荷台に積んでくれた。
馬車が走り始めると、バルトロマイに一言断っておく。
「少し、身なりを整えたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
着込んでいた外套を脱ぐ。下にまとっていたのは深紅のドレスだ。それに毛皮の襟巻きを装着させた。
丁寧に編んでいた髪を解き、適当に解す。唇には真っ赤な口紅を塗っておいた。
色付き眼鏡をかけ、大きな羽根を刺した、つばが広い帽子で目元は隠しておく。
簡易的ではあるが、派手な佇まいの愛人風の装いの完成である。
「驚いた。服装や化粧で、印象が大きく変わるのだな」
「愛人に見える装いにしてみました。いかがでしょうか?」
「普通の愛人がどういう恰好をしているのかはわからないのだが、カプレーティ家のジュリエッタ嬢には見えない」
どうやら問題ないようだ。
名前や身分も決めておかなければならないだろう。
「名前はジルでよくないか?」
「そうですね。親しみのある名であれば、反応しやすいですし」
そう答えると、バルトロマイは眉間に皺を寄せる。
「ジルという名を、呼ぶ者がいたのか?」
「いいえ、おりませんが」
前世で元夫が呼んでいただけである。今世には、私をジルと呼ぶ者なんていない。
「ならばなぜ、親しみのある名だと言った?」
「えーっと、それは……バルトロマイ様が呼んでくださったから」
嘘は言っていない、嘘は。
こんな理由で納得してくれるのか、心配だったが――。
「そういうわけだったのか。追及してすまなかった」
あっさり引き下がる。単純なお方でよかった、と心から思った。
「名前はジルで、出会いは酒場、職業は給仕、でよろしいかしら?」
「まあ、問題ないだろう」
間違って〝ジュリエッタ嬢〟と呼ばないよう、今から〝ジル〟と呼ぶように徹底するよう頼んだ。
愛人の設定はこれくらいでいいだろう。
「心配なのは、バルトロマイ様の名誉ですわ」
「名誉?」
「結婚していないのに、愛人を迎えることになってしまって、申し訳ないと思ったわけです」
既婚者であれば、愛人を迎えることなど珍しくはない。けれども、独身男性が愛人を迎えると、たいそうな女好きだと揶揄されてしまうのだ。
「この年で結婚していないのだから、女性に興味がないのかと心配されていたくらいだ。周囲の者達は逆に安心するだろう」
「そ、そうなのですね。結婚は、考えていらっしゃらないの?」
口にしてから、なんて質問をしてしまったのかと後悔する。
バルトロマイの結婚話なんて、聞きたくないのに。
「これまで、そういった話は何度かあった。父が選んだ女性と結婚すべきだとわかっていたのだが、できなかった」
「できない、ですか?」
「ああ。どの女性を前にしても、〝彼女じゃない〟と強く感じてしまい――」
どくん、と胸が大きく鼓動する。
彼女、というのは、馬上槍試合で告白しようとしていた女性なのか。