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えがく

 バルトロマイは巻き癖が付いた羊皮紙を左手で押さえつつ、ペンを走らせる。

 顔を覆うレースのベールを脱いだほうがいいのか、なんて考えていたが、お構いなしに描き始めた。

 私をじっと見つめる瞳は、真剣そのもの。

 けてしまうのではないか、と思うくらいの熱視線である。

 ベールがあってよかった、と内心思ってしまった。

 あっという間に全身をざっくり描き、指先から細部を描きこんでいる。

 修道服のスカートの皺や、硬い革靴の質感なども、ペン一本で丁寧に再現していた。

 最後に顔回りを描くようだ。

 首辺りまで順調に進んでいたのに、バルトロマイはペンを留め、首を傾げる。


「どうかなさったの?」

「いや、ベール越しの顔を、どう描こうか悩んでしまって……」

「えーっと、では、脱ぎましょうか?」


 本当は嫌なのだが、サクサク描いてもらわないと、ばあやを待たせてしまう。

 覚悟を決めて言ったのに、バルトロマイから「いや、いい」と断られてしまった。


「代わりに、顔に触れてもいいだろうか?」

「ふ、触れる、のですか?」

「ああ。レース越しで構わないから」


 理由を聞いた途端、羞恥心に襲われる。

 彼は画師として、レースに隠れた顔の構造が気になるだけなのだろう。意識してしまった自分自身を恥ずかしく思う。


「お役に立てるのでしたら、その、どうぞ」

「感謝する」


 バルトロマイは立ち上がり、ずんずんと目の前にやってくる。

 大きな体をかがめ、輪郭にそっと触れた。

 ベール越しだというのに、直に接しているように思えてしまう。

 熱のこもった目で見つめてくるので、まるで愛を訴えているようだと、勘違いしそうだった。

 バルトロマイは私の唇を指先でなぞり、耳は親指と人差し指で掴むように優しく触れていく。頬は手の甲で撫で、瞼と目の下の膨らみにも触れる。


 バルトロマイは顔を近付け、熱心な様子で観察していた。

 吐息がかかるくらいの距離感に、内心どぎまぎしてしまう。

 前世で想い合っていたときは、こんなにじっくり触れられた覚えなどない。なぜ、彼と赤の他人の状態で、このような絡みをしなければならないのか。


「も、もう、よろしいでしょうか?」

「ああ、感謝する」


 一連の行動で、すっかり脱力してしまう。

 ベールを被っていたせいで、とんでもない目に遭ってしまった。

 こんなことをされるのであれば、顔を晒して熱心に見つめられるほうがマシだった。

 内心頭を抱えている間に、バルトロマイは着席してペンを握る。

 それから一時間ほど、手の動きを止めずに描き切ったようだ。


「……こんなものか」


 完成した絵を、バルトロマイは見せてくれた。


「まあ、きれい!」


 宗教画のような、美しいシスターの姿が描かれている。

 特にレースの質感がすばらしい。絵なのに、レースのやわらかさや精緻な雰囲気が伝わってくるのだ。その下にある顔立ちも、端正に描かれている。

 やはり彼は天才だ。画師として、とてつもない才能を持っている。

 ただ、私を見る目はどうなのか、と疑ってしまう。

 描いた絵のほうが、明らかに美しいから。

 モデルよりもかなり美化されているので、この絵を見て私だと気付く者はいないだろう。

 一枚の絵を完成させたバルトロマイは、少しぼんやりしていた。逆に疲れさせてしまったのか。心配になる。


「あの、大丈夫ですの?」

「え?」

「酷く、疲れているようにお見受けします」

「疲れ……? いや、ぜんぜん感じていない。逆に、活力を貰えたような気がする」


 これまでモヤモヤした感情を抱えていたようだが、絵を仕上げることにより、それが薄くなっていったようだ。それに驚き、呆然としていたのだと言う。


 バルトロマイは私の前に片膝を突き、手をぎゅっと握る。


「こんなに清々しい気持ちは生まれて初めてだ。すべて、ジュリエッタ嬢のおかげだ。心から感謝する」

「ええ、その、よかったですわ」


 このような状況となれば、彼は私しか描けないお方なのだと認めざるをえない。

 どうしてそういう仕様となっているのか。理解しがたい問題であった。 


「ジュリエッタ嬢、お願いがあるのだが」


 聞きたくない。聞かないほうがいい。

 なんて思いは、私の我が儘なのだろう。

 彼の幸せを第一に思うのであれば、耳を傾けないといけない。


「なんですの?」

「先ほどみたいに、絵のモデルを務めてほしい」


 それを聞いた瞬間、心をぎゅっと鷲づかみにされた感覚に陥ってしまう。

 まるで愛を囁くような、熱い言葉のように錯覚してしまいそうだった。

 しかしながら、その行為はバルトロマイの心の安寧を得ることが目的である。

 別に私自身を強く求めているわけではないのだ。

 バルトロマイのためを思うのならば、私の中にある感情を押し殺してでも、引き受けるべきだろう。


「わかりました。わたくしでよいのならば、どうぞお描きくださいませ」

「ジュリエッタ嬢、ありがとう」


 バルトロマイは喜ぶあまり、とんでもない行動に出る。

 突然私を抱きしめただけでなく、頬にキスをしたのだ。

 ベール越しだったとはいえ、驚いてしまった。

 それらの行動はロマンチックの欠片もなく、言葉で表すとしたら、大型犬がじゃれてきた、とでも言えばいいのか。


「あの、あの、バルトロマイ様、落ち着いてくださいませ!!」


 そう訴えると、バルトロマイの動きがピタリと止まる。

 ゆっくりとした動作で、私から離れた。


「すまない。はしゃぎすぎた」

「今後はこのようなことがないように、お願いいたします」


 私よりもはるかに体が大きなバルトロマイが、しょんぼりとうな垂れ、反省した素振りを見せている。

 その様子があまりにも愛らしくて、一連の行動をあっさり許してしまった。 

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