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わからないこと

 バルトロマイと別れてからというもの、彼が毒殺されそうになったことについて考え込んでしまう。

 前世のようにカプレーティ家の悪魔が絡んでいる可能性がある。

 だとしたら、いったい誰が、どんな目的でモンテッキ家の嫡男をターゲットにしたのか。


 今現在、悪魔が取り憑いているのを確認できているのは、イラーリオのみである。

 カプレーティ家の当主である父は、間違いなく悪魔を従えているだろう。

 悪魔の姿が確認できるのは、感情を高ぶらせたときのみ。

 以前、父がイラーリオに対して怒っている姿を見た覚えがあったものの、悪魔どころか、靄すら見えていなかったような気がする。

 あれは言動ほど怒っていなかったのか。それとも、従属状態にあったので、悪魔を制御できていたのか。


「……ねえ、アヴァリツィア、近くにいる?」

『おう、なんだ?』

「お父様に取り憑いている悪魔について、調査することはできます?」


 街の愛玩動物店で購入した、餌用のトカゲをちらつかせながら取り引きを持ちかける。


『トカゲか。その程度だったら、質問に答えるくらいしかできないな』

「でしたら、何を差し出せば応じていただけますの?」

『お前の強欲と引き換えに、調べてやらないこともないぜ』

「その強欲とやらを差し出したら、わたくしはどうなりますの?」

『お前の中にある、強欲がなくなるだけだ』


 話を聞く限り、そこまでたいそうな対価でないように聞こえる。

 しかしながら、負の感情も人として在るべき大切な要素だ。ひとつ欠けると、精神の均衡が崩れるような気がしてならない。

 たとえば、バルトロマイへの恋心を抱くことを強欲だと仮定し、アヴァリツィアに捧げたとする。

 これまで彼の幸せを想ってきた私は、生きる意欲をごっそり持って行かれるだろう。

 必要がないように思える醜い感情も、その人々を構成する大切な欠片なのだ。


「強欲を捧げるのは拒否いたします」

『なんでだよ。お前、強欲さえなければ、周囲の人間から敬ってもらえるような存在になれるんだぞ』

「別に、他人の評価なんて、わたくしにとってはどうでもよいことです」


 もっとも大切なのは、バルトロマイが幸せに人生を送ることのみ。

 それを強く望んでしまうのは、私の中にある強欲が猛烈に欲しているからだろう。


「あなたには頼りません。ひとりでなんとかしますわ」


 まずは父の悪魔について、自力で探ってみる。

 父を怒らせたら、悪魔が出てくるだろう。

 そう考えていたのだが――父のお気に入りの服にワインを零したり、下手な似顔絵を描いたり、突然大規模なお茶会を開いて父を呼び出したりと、さまざまなことをしてみたものの、いっこうに怒らない。

 それどころか、幼い頃のおてんばな私が戻ってきた、と喜んでいた。

 どうしてこうなってしまったのか。

 そうこうしているうちに、バルトロマイとフェニーチェ修道院で落ち合う日を迎えた。

 院長には先触れを出しているので、きっと待っていることだろう。


 久しぶりに修道服に袖を通し、ばあやと共に屋敷を出る。

 

「いやはや、こうしてジュリエッタお嬢様とお出かけするのは久しぶりですねえ」

「腰の具合がよくなって、本当によかったですわ」


 バルトロマイは告解室で待っているというので、ばあやと鉢合わせはしないだろう。

 ふたりで焼いたビスコットを、子ども達に配るようばあやに託しておいた。


 院長が待ち構えており、すでにバルトロマイが来ていることを小声で教えてくれる。


「ではばあや、子ども達のこと、お願いしますね」

「ええ、お任せください」


 バルトロマイはパンや本、文房具などを大量に寄付してくれたようで、今日も院長は嬉しそうだった。


「いやはや、モンテッキ卿は皇帝派ですが、すばらしいお方です」

「おそらく、本日の相談料も含まれているのかと」

「話したいこととは、なんでしょうねえ」


 カプレーティ家とモンテッキ家の因縁を断ち切りたい、と話したら、院長はどんな反応を示すのか。まったく想像がつかなかった。


 聖職者側に院長が入り、私は信者側のほうに向かった。中ではすでにバルトロマイがいて、私に気付くと立ち上がる。

 

「ジュリエッタ嬢、よく来てくれた」

「約束しておりましたから」


 院長がやってきたので、向かい合って腰かける。


「二対一で話すのは初めてですので、緊張しますね」

「肩の力を抜いて、聞いてほしい」

 

 リラックスしながら聞く話ではないだろうが、バルトロマイに指摘するような余裕は私にもなかった。


「長年騎士を務めていた頭を悩ませるのは、カプレーティ家の者と、モンテッキ家の者が起こす諍いについてだ」


 顔を合わせただけで決闘になり、両家に肩入れする他家の者まで巻き込んで、大きな騒動になることも珍しくないらしい。

 被害が大きくならないよう、騎士が仲裁するのだが――。


「皇帝の騎士と教皇の騎士、両方が派遣されるのだが、その騎士達も対立の熱に煽られて、場を治めるどころではなくなってしまうのだ」


 結局、闘争は収まらず、被害は拡大する。

 終始冷静に対処できる騎士は、ひと握りなのだとか。


「なるほど。それは頭が痛くなるような問題ですねえ」


 教皇派を支持するのは、帝都を拠点とする都市の人々や、各地を行き来する商人である。

 彼らは帝国の平和を望み、特権階級の者達が優遇される世の中を恨んでいる。

 皇帝派を支持するのは、封建領主や貴族だ。

 さまざまな民族が集まった帝国の統一を望んでおり、紛争の調停や人権問題に介入できる権利を持つ教皇の存在を邪魔に思っている。

 双方の望むことはバラバラで、意見を合わせることなど至難の業であった。


「何百年と続く愚かな争いを、いい加減止めさせたい。それを叶えるには、どうすればいいのだろうか?」

「……はい?」

「もう、両家の争いの仲裁などしたくない。何かいい解決法を教えてほしい」

「あの、ご相談というのは、カプレーティ家とモンテッキ家の闘争を止めさせたい、ということなのですか?」

「そうだが?」


 さすがの院長も驚いたのだろう。言葉を失っている。


「え~~、え~~、え~~~~っと、はい。話はわかりました。そうですね、ええ、非常に難しい問題です。ちなみに、モンテッキ卿は解決のために、何か考えましたか?」

「彼女、カプレーティ家のジュリエッタ嬢との婚約を提案したが、彼女から即座に却下された」

「それはそれは、ええ、賢明です」

「なぜ、そう思う?」

「結婚は両家の関係を強固にするものですが、いがみ合っている家同士で結婚しても、互いに反感を買うだけですので。もしも私があなた方の両親だったら、二度と会えないように関係を引き裂いていたでしょう」


 前世で私と元夫は、何があっても結婚する、の一点張りで、ばあやや薬師の助言など聞き入れなかった。最終的に、ふたりが折れて、協力してくれた形になる。

 私と元夫が心中しても、カプレーティ家とモンテッキ家は何も変わっていなかった。結婚や死は、両家にとってささいな問題だったのだろう。

 今世では絶対に同じ轍など踏まない。そう心の中で強く誓っている。


「私は、両家の闘争は単純な問題ではないと思っています」

「対立の根っこに、何かがある、というわけなのか?」

「はい。それを解決させれば、どうにかなると思うんです」


 根本の問題とやらは、院長にもわからないと言う。どうやら私達で調査するしかないようだ。


「親身に相談に乗ってくれて、感謝する」

「いえいえ、たくさんの心付けをいただいたので、これくらいであれば、いつでもお話しさせていただきますよ」


 これからミサだと言うので、院長は告解室から出て行った。

 バルトロマイは眉間に深い皺を作り、深刻そうな横顔を見せている。

 顔色が悪く、目の下には濃い隈が浮かんでいた。

 おそらく、ゆっくり眠れていないのだろう。


「あの、大丈夫ですの?」

「何がだ?」

「顔色がとても悪いように見えますので」

「ああ……言われてみれば、調子はよくないな」


 きっと今回の問題について、悩んでいたのだろう。

 何か気分転換でもすればいいのに、と思った瞬間、パッと閃く。


「こういうときこそ、絵画ですわ!」

「いや、そういう気分ではないのだが」

「わたくしを思う存分描いてもよいので」


 そう提案すると、バルトロマイがキョトンとした表情でこちらを見つめる。


「いいのか?」

「あなたがそれで元気になるのならば、致し方ありません」


 何かあったときのためにと持ち歩いていた羊皮紙を、バルトロマイに進呈する。

 ペンとインクは告解室にあったので、彼の前に持っていった。

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