届いた手紙
医者の診断を受けたが、数日療養していれば心配いらないという。
置いていった大量の薬を見て、うんざりしてしまった。
横になったものの、眠れそうにない。はてさてどうしようか、と考えていたところに、寝室に両親が駆けつけてきた。
「ああ、ジュリエッタ、目覚めたのだな」
「よかった!」
なんでも私はあのあと高熱を出し、屋敷へ運ばれたらしい。
それから三日間、意識が朦朧とした状態で過ごしていたようだ。
この病弱な体が憎い……。
ここ最近、特に酷くなっているような気がする。私の体はいったいどうしてしまったのか。
母は健康な体に産んでやれず、申し訳がないと涙していたが、そんなことはない。
私の体調不良は、単なる不摂生が原因だろう。
父はイラーリオに対し、怒っていた。
「それにしても、イラーリオの奴、ジュリエッタにちょっかいを出すな、とあれほど言っていたのに」
「よほど、ジュリエッタのことが気になっていたのですね」
父は私が熱を出したのは、イラーリオに絡まれたせいだと決めつけていた。
本人に抗議の手紙を送り、今後この屋敷及び私への接近は禁じたと言う。
「ジュリエッタ、これからは安心するといい。もしもイラーリオが付きまとうようならば、騎士隊に突き出すつもりだ」
「お父様、ありがとう」
母はイラーリオのことを気に入っていたようだが、今回の件で評価を変えたという。
「教皇疔に入って、心を入れ替えたと思っていたのですが……。人間はそう簡単に変わらないものなのですね」
イラーリオに関しては、心配しなくてもいいと励ましてくれた。
「それはそうと、ジュリエッタを医務室まで運んでくれた、親切な紳士について、何か聞いているだろうか?」
「お名前くらい、伺っておりますよね?」
「……」
私を医務室まで運んでくれた親切な紳士とは、バルトロマイのことである。
モンテッキ家の嫡男で、次期当主である彼が助けたと知ったら、両親はどんな反応を示すのだろうか。
感情が高ぶっている両親に、打ち明けられるわけもなかった。
「あの、意識が朦朧としておりまして、お名前など、聞き出せませんでしたわ」
「おお、そうだったのか。可哀想に」
「名乗らずに去っていかれたのですね。なんて親切なお方なのでしょう」
父はにっこり微笑みながら、「恩人については、探しておくから安心してほしい」と言って去って行く。
母も「何も心配することはありませんからね」と言って頬を撫で、寝室から出て行った。
残ったばあやが、オートミール粥を食べさせてくれる。食後はリンゴを剥いてくれた。
「ばあや、ありがとう。もう下がってもよろしくってよ」
「今晩も、お傍にいようと思っていたのですが」
「先生のお薬を飲んだから大丈夫。ばあやはもう休んで」
「はあ」
去り際に、何か思いだしたのか、ポンと手を打つ。
「ああ、そうだ。今日、ジュリエッタお嬢様にお手紙が届いていたのです」
「わたくしに?」
ばあやが差し出してくれた手紙を受け取る。差出人には、見覚えのないご令嬢の名が書かれていた。
「彼女は――ああ!」
そういえば、バルトロマイが偽名で手紙を送ると宣言していた。彼は本当に行動に移したようだ。
「ジュリエッタお嬢様、初めて見るお名前のようですが」
「え、ええ、そうですの。ル・バル・デビュタントで知り合いになりまして」
「そうでしたか」
私があまり友達付き合いをしないからか、ばあやは嬉しそうに頷いている。
騙してごめんなさい、と心の中で謝りつつ、感謝の気持ちを伝えた。
「ジュリエッタお嬢様、何かありましたら、このばあやを呼ぶのですよ」
「ありがとう」
ばあやと別れたあと、手紙を開封する。
便箋に書かれていたのは、バルトロマイの文字だった。
丁寧に書き綴られた文字は、前世とまったく同じである。懐かしい文字を前に、涙が滲んでしまった。
手紙に書かれてあったのは、私の容態を気遣う内容と、元気になったら会って話をしたい、というものだった。
なぜ、彼は私に会いたいと思ったのか。
それは、直接彼から聞き出すしかないのだろう。
もうバルトロマイとは会うべきではないのかもしれない。
けれども、この前のお礼だけでもしなければならないだろう。
『なんだかんだと心の中で理由を付けて、あの男に会うつもりだな?』
耳元からアヴァリツィアの声が聞こえ、ぎょっとする。
いつの間にか私の肩に乗り、手紙を読んでいたようだ。
「あなたは、いつもそうやって突然現れて!! 心臓に悪いですわ!!」
『おお、おお、元気そうだな』
「おかげさまで!」
本当に嫌なタイミングで出てくるものだ。
肩から追い払うと、寝台の上にぴょこんと着地した。
『それで、どうするんだ?』
「会います」
だって、彼がそう望んでいるのだから。
きっと最初で最後だろう。その一回で、未練をきっちり断ち切るのだ。
『はてさて、上手くいくのかな?』
「わたくし、もう何年も彼との接触を避けていたんです。これでも、意志は強いほうですので!」
なんだか悔しいので、そう宣言しておく。




