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バルトロマイとの邂逅

 なぜ、彼がここに!? そして、どうして私を助けてくれたのか。

 至近距離にいるからだろうか。私をじっと見つめられ、吸い込まれそうになる。 

 長年避け続けてきたバルトロマイを前に、逃げなければならない、とわかっていても足がすくんで動かなかった。

 彼の赤い瞳に、囚われてしまう。

 いばらつるに抱かれるような、強い視線だった。

 

「おい、お前、ジュリエッタを離せ!! 何をそんなに見つめ合っているんだ!!」


 イラーリオの声で、ハッと我に返る。

 おそらく数秒、視線が交わっていただけだが、それがイラーリオにとって気に食わなかったのだろう。

 ものすごい剣幕でこちらに迫ってくる。


「ジュリエッタ、こっちに来い!!」


 イラーリオが腕を伸ばしたが、バルトロマイは私の手を優しく握って引き寄せ、庇うように背後に回してくれた。

 なぜか手を繋いだまま、バルトロマイは話を続ける。


「お前、なぜ邪魔をする!?」

「彼女が嫌がっていた。そうだろう?」


 バルトロマイが私を振り返り、落ち着いた声で問いかけてくる。

 彼の背中から僅かに顔を覗かせ、イラーリオに聞こえるように答えた。


「ええ、嫌です」

「嫌って――いいや、ジュリエッタ、その男がどこのどいつか、わかっているのか?」


 再度、バルトロマイが振り返る。

 眉尻を下げ、少し困った表情を浮かべていた。

 イラーリオ相手には毅然としていて、堂々とした態度だったのに、私を見る目は雨の日に捨てられた子犬のようだった。

 思わず笑ってしまいそうになるのを堪えつつ、私は言葉を返す。


「困っているところを助けていただいたお方です。恩人ですわ」

「お前、そいつは、その男は、バルトロマイ・モンテッキだぞ?」

「ええ。馬上槍試合で拝見しましたから、存じていますわ」

「お前達、やっぱり繋がっていたのか!?」

「何をおっしゃっていますの?」


 そう問いかけた瞬間、体がふわりと浮く。バルトロマイが私を抱き上げたのだ。


「なっ――え!?」

「顔色が悪い。医務室に行ったほうがいいだろう。カプレーティ卿、失礼する」


 バルトロマイはそう宣言し、人込みを避けてずんずん歩いて行く。


「おい、待て! お前、こら!」


 イラーリオは人の波に呑まれたようで、どんどん声が遠ざかっていく。

 会場から出ると、ホッと安堵の息が零れた。


「すまない。迷惑だったな」

「迷惑だなんて、とんでもないです。その、とても助かりました」


 思いのほか、バルトロマイの顔との距離が近かったので、今になって照れてしまう。


「余計なお節介だと思っていたのだが、よかった」

「ありがとうございます」


 顔色が悪く見えたのは本当だったようで、医務室まで運んでくれた。

 寝台の上に下ろしてもらったので、改めて感謝の言葉を伝える。


「本当に、感謝しております。なんとお礼をしていいものか」

「だったら、また後日、会ってほしい」

「え!?」


 まさかの申し出に、跳び上がりそうになるほど驚いてしまう。

 もしや、バルトロマイは私が誰だかわからずに、そんなことを言っているのだろうか。

 家名を聞いたら、そんな考えも吹き飛ぶに違いない。


「あの、申し遅れました。わたくしは、ジュリエッタ・カプレーティと申しまして、その……」

「知ってる。瞳に持つ聡慧の青は、カプレーティ家の証だから」


 どうやらバルトロマイは、私がカプレーティ家の娘だと知っていて助けてくれたようだ。

 親族同士の面倒な問題だと思わなかったのだろうか。いまいち、彼の考えていることがわからない。


「俺の名は、知っているようだな」

「ええ、まあ……」

「改めて名乗ろう。バルトロマイ・モンテッキだ」


 バルトロマイはまっすぐな瞳で私を見つめている。

 何かを探っているようにも思えたが、気のせいだろう。


「ジュリエッタ嬢」

「――っ!!」


 名前を呼ばれただけなのに、心臓をぎゅっと鷲づかみされたように胸が跳ねる。

 落ち着け、落ち着けと心の中で唱えても、早鐘を打っていて、まったく収まりそうにない。

 そんな私の気持ちなんて知る由もなく、バルトロマイは話を続ける。


「三日後に、偽名で手紙を送るから、受け取ってほしい」

「あの、しかし」

「では、また今度会おう」


 バルトロマイは一方的に宣言して、医務室から去ってしまった。

 入れ替わるように看護師がやってきて、コルセットを緩めてくれる。


「しばらく休んだら、具合がよくなりますからね」

「ええ、ありがとうございます」


 横になった途端、体が疲労感に襲われる。

 これまで気を張っていたので、気付いていなかったのだろう。

 瞼を閉じたら、あっという間に意識が遠のいていく。

 目覚めたら、今日起きたことが夢でありますように、と願ってしまった。


 ◇◇◇


 目を覚ますと、寝室の天幕が見えた。

 ル・バル・デビュタントに参加し、初拝謁を終えたあと、イラーリオに捕まりそうになった挙げ句、バルトロマイに助けてもらった――というのは夢だったようだ。


 もう何日もバルトロマイに会って話をしていないので、心の奥底で彼を欲していたのかもしれない。

 このような夢をみてしまうなんて、私はなんて愚かなのか。

 バルトロマイは夜会に参加しないので、ル・バル・デビュタントの会場にいるわけがないのに。


 ふと、傍で人の気配を感じた。枕元でまどろんでいるようなので、そっと触れてみる。


「ジュリエッタお嬢様!?」

「ばあや?」

「お、お加減は、いかがですか!?」

「平気よ。よく眠れたからか、気持ちがいいくらい」

「よ、よかった!!」


 何がよかったのか、と首を傾げていたら、ばあやが廊下に向かって叫んでいた。


「ジュリエッタお嬢様がお目覚めになりました! お医者様を呼んでくださいませ!」

「お医者様?」


 ゆっくり起き上がろうとしたら、腕がズキッと痛む。包帯が巻かれていたので、不思議に思った。


「これは――?」


 私の疑問に、ばあやが答えた。


「イラーリオお坊ちゃんが、強く握ってしまわれたので、痣が残っていたようです。ジュリエッタお嬢様の玉のような肌をこのような状態にするなんて、絶対に許せません!」

「イラーリオに、強く、握られた?」

「ええ。せっかくのル・バル・デビュタントでしたのに、酷い目に遭いましたね」


 ばあやの言葉を聞いて、頭を抱える。


「ル・バル・デビュタントでイラーリオとケンカしたのは、夢ではありませんの!?」

「ジュリエッタお嬢様、三日も寝込んでいて、混乱しているのかもしれませんね」

「三日も寝込んでいたですって!?」


 どうやら、夢だと思っていたことはすべて現実だったらしい。

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