生まれ変わる前の私達
ヴィアラッテア帝国の首都〝ベルヴァ〟には、影響力のあるふたつの貴族が拠点を置いている。
ひとつは皇帝派であるモンテッキ家。
もうひとつは教皇派のカプレーティ家。
彼らは長きにわたり、聖職叙任権を巡り、闘争を続けている。
聖職叙任権というのは、各地にある教会で働く司教や修道院の院長を任命する権利のことで、これまでは皇帝が決定権を有していた。
それに反旗を翻したのは、教皇と密な関係にあるカプレーティ家の当主であった。
教会の人事を、皇帝が握っているのはおかしい。そう主張し、取り返そうとしたのだ。
そんなカプレーティ家から皇帝を守るのは、騎士の家門であるモンテッキ家だ。
彼らは皇帝に忠誠を誓っており、カプレーティ家を退けようとする。
双方の家の者達は互いに憎み合い、傷付け合っていた。
そんな家に生まれたにもかかわらず、前世の私と元夫は運命的な出会いを果たす。
出会いの場は、カプレーティ家が開催した園遊会だった。
そこに、元夫は友達に連れられて忍び込み、いたずらをしようと目論んでいたらしい。
そんな中で、私達は出会い、恋に落ちてしまう。
家門のパーティーだったので、私は彼のことを親戚の誰かだと思い込んでいたのもあった。
政敵の嫡男だとは思わず、心を許してしまったのだ。
彼も、私がベールを深く被っていたので、カプレーティ家の娘だと気付いていなかったのだと、あとから語っていた。
荒野を生きる狼のように、気性が荒い夫と恋仲になるのは大変だった。
猛犬を手懐けるようにアタックし続け、両想いとなったのだ。
しかしながら、あとから彼が政敵の子息だと知り、一度は恋を諦めようとする。
けれども、元夫が熱心に愛を囁くので、私は絆されてしまった。
ばあやと薬師の手引きでこっそり結婚式を挙げ、私達は正式な夫婦となった。
ベルヴァを出て、誰も知らないような小さな村でひっそり暮らそう。
そんなふうに話していたのに、準備を進める中で、元夫はモンテッキ家とカプレーティ家の闘争に巻き込まれてしまう。
私の従兄が彼の親友を殺してしまい、その復讐として、元夫は従兄を殺してしまったのだ。
元夫は追放を言い渡され、連れて行かれてしまった。
残された私は、会ったこともない伯爵と無理矢理結婚させられそうになる。
結婚式を挙げてしまったと訴えても、聞く耳なんて持たなかった。
もうどうしようもない、という状況の中、ばあやが薬師にある相談をしてくれた。
それは、私が仮死状態になる毒薬を飲み、死を偽装するというもの。
遺体は郊外にある修道院の石廟に運んでおくので、追放された元夫と落ち合い、逃げるように計画を立ててくれたのだ。
すでに早馬を打ち、元夫へは知らせてくれているという。
毒薬の効果は一晩。怖かったが、ばあやと薬師を信じて煽った。
目覚めたら、元夫と会えるだろう。そう思っていたのに、目覚めたときに傍にいたのは、元夫の遺体だった。口から血を流していて、苦しげな表情で息絶えていたのである。
傍にあった遺書には、〝私がいない世を生きても仕方がない〟、と書かれてあった。
どうやら手紙は、完全な形で届かなかったようだ。
私も彼と想いは一緒だ。愛する人がいない世など、生きる意味がない。
覚悟を決め、元夫が持っていたナイフで胸をひと突き。
その瞬間、悪魔の笑い声が聞こえたような気がする。
カプレーティ家の悪魔――それは当主が契約した、呪われし存在。
モンテッキ家を陥れるために、召喚したと囁かれている。
ばあやの手紙がうまく届かなかったのは、この悪魔のせいなのか。
薄れゆく意識の中、そんなことを考える。
どうか天国では幸せになれますように。
そう願ったのが、前世における最後の記憶だった。
◇◇◇
前世の記憶を取り戻したのは、五歳の春。
木に登って足を滑らせ、地面に全身をぶつけてしまったのだ。
何もかも思いだした私は、頭を抱え込む。
まさか、記憶を残したまま、新しい生を受けるなんて……。
それは私だけでなかった。両親やばあや、さらに意地悪な従兄イラーリオまでも生まれ変わっていたのだ。
イラーリオは私が落下した現場にいて、額から血を流す私を見て、笑っていた。
前世でも残酷な性格で、元夫の親友を殺してしまったのだ。
生まれ変わっても、性格は変わらないのだろう。
もしや元夫もどこかで生まれ変わっているのではないか。
これは神様が不幸な最期を遂げた私達に対する、人生のやりなおしの機会なのだろう。
期待に胸を膨らませる中、皇帝陛下の凱旋パレードで、元夫らしき子どもを見かけた。
信じがたいことに、元夫は皇帝派である、モンテッキ家の嫡男として生まれ変わっていたようだ。
ここで私は元夫と出会って人生をやりなおそう、だなんて考えを捨てる。
前世のように恋に落ち、愛を育んでしまったら、周囲の大反対を受ける。
どうせ、どうあがいても、結末は同じだろう。
それほどに、モンテッキ家とカプレーティ家の遺恨は根深いのだ。
人生の舵取りを間違えてはならない。
幸いにも、前世とは異なり、私には姉が七人もいたため、私は両親に将来は修道女になると訴えていたのだ。
修道女になれば、元夫と出会う機会なんて訪れないだろう。そういう目論見もあった。
両親や姉達は末っ子である私を溺愛していて、修道女になることを反対してくれる。まさかの事態であった。
修道女になる代わりに、教会での奉仕活動を勧めてきたのだ。
こうなったら、時間をかけて本気であることを示すしかない。
そうこうしているうちに、私は十八歳になってしまった。
前世で結婚した年齢になったものの、元夫とは一度も会っていない。
計画は順調なのだ。