社交界デビュー
ついに、ル・バル・デビュタント当日を迎えてしまった。
今回は純白のドレスなので、私がひと目でカプレーティ家の娘だとわからない。
それに壁のほうで大人しくしていたら、モンテッキ家のご令嬢方にケンカを売られることもないだろう。
総レースの美しいドレスに、ダイヤモンドのティアラ、季節外れの薔薇の花束に、真珠がちりばめられた靴――全身で総額いくらなのか、考えたくもない。
カプレーティ家はそこまで裕福ではないのに、父が奮発したのだろう。
両親は私を見るなり、瞳を潤ませながら喜んでいた。
「ああ、ジュリエッタ、なんてきれいなんだ!」
「まるで社交界に舞い降りた、白薔薇の妖精のようです」
「あ、ありがとうございます」
今日という日が憂鬱でしかなかったが、両親の喜ぶ表情を見ることができただけでもよしとしよう。
馬車に乗りこみ、ル・バル・デビュタントの会場である皇帝の宮殿へ向かった。
まず行うのは、皇帝への初拝謁である。
母と共に、皇帝の応接間へ向かった。
そこは螺旋階段を上がった先にあるようで、ズラリと長蛇の列ができていた。
社交界デビューを果たす娘達は、緊張の面持ちを見せていた。
そこまで緊張していない私を、母は励ましてくれる。
「ジュリエッタ、心配はいらないですよ。カプレーティ家の娘だろうが、ル・バル・デビュタントの場で軽んじられるようなことはありませんから」
「お母様、ありがとうございます」
待つこと一時間ほど。やっとのことで、出番が回ってくる。
母が王室長官に書類を提出すると、応接間が騎士の手によって扉が開かれた。
皇帝は白髪交じりの初老の男性で、威厳たっぷりの目で私を見つめている。
深々と頭を下げ、ドレスを摘まんで膝を曲げる。深く頭を垂れ、平伏の恰好を取るのだ。
その間に、王室長官より紹介があった。
「こちらはカプレーティ公爵の娘、ジュリエッタでございます」
背後にいる母も、同じように頭を下げていることだろう。
「頭を上げよ」
その言葉で、皇帝と目と目を合わせることを許される。
手にしていた皇笏で肩をぽんぽんと叩かれた。令嬢として認められたようで、ホッと胸をなで下ろす。
その後、下がるように言われる。じりじりと後退し、応接間から去るのがお決まりだ。
出口から出て、扉がぱたんと閉められると、大きなため息が零れる。
緊張していないつもりだったが、皇帝を前にした途端、冷や汗が止まらなかった。
さすが、帝国の主と言うべきなのか。前世で経験していたからといって、慣れるものでもないのだろう。
「ジュリエッタ、よくやりました。あなたは母の誇りです」
「お母様、これまで育ててくださって、ありがとうございます」
母と抱き合い、初拝謁を無事に終えた喜びを分かち合った。
◇◇◇
父と合流し、ル・バル・デビュタントの舞踏会へと参加する。
「カプレーティ公爵及び公爵夫人、公爵令嬢ジュリエッタ様のご入場です」
父の腕を借り、入場する。人々の注目を一身に浴びて、居心地が悪かった。
あっという間に周囲を囲まれてしまい、矢継ぎ早に挨拶を受けていく。
父や母は慣れているようで、にこやかに応じていた。私は顔が引きつっていなければいいな、と思いつつ言葉を返す。
人が途切れたタイミングで、両親に物申した。
「あの、少し疲れてしまったので、休憩したいのですが」
「だったら、カプレーティ家のために用意された部屋で休んでくるといい」
母が案内すると言ったものの、メイドに聞けばわかるという話なので断った。
時間が経つにつれて、会場内は社交界デビューの娘達で溢れかえる。
皆、希望を胸に瞳を輝かせていた。
どこかで見初められるかも、という期待もあるのかもしれない。
そんな中で、私はひとり死んだ魚のような瞳でいることだろう。
今はひたすら、イラーリオに見つからないよう、足早に会場をあとにしようとしていた。
誰も引き留めないでほしい。そう願っていたのに、私の名を口にしつつ腕を強く掴む者が現れた。
「ジュリエッタ!!」
ぐっと強く腕を握った者を振り返る。
儀仗騎士の青い正装に身を包んだ、イラーリオだった。
「……なんですの?」
「伯父上と伯母上と別れるのを、待っていた」
「どうして?」
「ここ最近、ジュリエッタに近付かないよう言われていたから」
彼は私に会うため、何度も訪問していた。けれどもさまざまな理由を付けて断っていたため、父が何かを察し「もう来ないでくれ」と言っていたようだ。
「どこか別の部屋で、ゆっくり話そう」
「いいえ、お話しすることなど、ありませんわ」
「いいから来いよ」
「い、嫌です! 離してください!」
強引に腕を引くので、裾を踏みつけて転びそうになる。ぐらり、と体が大きく傾いた。
「きゃっ!」
こうなったらイラーリオの髪でも掴んで、派手に転倒してやろう。なんて考えていたのに、私の腰を抱いて受け止めてくれる人がいた。
「!?」
さらに、イラーリオが掴んでいた手も払ってくれる。
いったい誰が、と思って見上げたら、真っ赤な瞳と目が合ってしまった。
「あ、あなたは――」
バルトロマイ・モンテッキ。
夜会に一度も顔を出したことがないという噂の彼だった。