因縁の戦い
モンテッキ家の猛犬と、カプレーティ家の狂犬の戦いである。
ふたりとも勝ち進んできた騎士なので、皆の期待を一身に背負っているようだった。
「ジュリエッタお嬢様、イラーリオお坊ちゃんとバルトロマイが戦うのですって。どっちが勝つと思いますか?」
「それは――戦ってみないとわかりませんわ」
なんて答えたものの、十中八九、バルトロマイが勝つに決まっている。
たった三年だけ、教皇疔で修業を積んだ元チンピラのイラーリオに負けるはずがないのだ。
心の中でバルトロマイに、手加減なんてせずに早く終わらせてくれ、と見つめる。
そんな彼が、予想外の行動に出た。
拳を握った手を胸に当てて、槍を掲げる。
「あれは――愛の誓い!?」
ぎょっとして、思わず口にしてしまう。
彼はこの会場に、愛の告白をしたい相手がいるようだ。
胃の辺りがスーッと冷え込むような、不快とも不安とも言い難い複雑な感情に襲われる。
私の心模様を示すように、天気が悪くなってきた。
先ほどまで晴天だったが、いつの間にか曇天が広がっている。
この気持ちはいったい――? そんな心の声に応えたのは、額から角を生やした黒ウサギである。
『ふはははは! まるで茶番だなあ、ジュリエッタ』
私の膝の上に、カプレーティ家の悪魔、アヴァリツィアが現れる。すぐに手で払おうとしたが、回避されてしまった。
「ジュリエッタお嬢様、どうかなさいましたか?」
「あ――ゴミが、スカートに付いていたようで」
「まあ、そうでしたか。そういうときは、自分で払わず、このばあやに知らせてくださいな」
「あ、ありがとう。次からそうするわ」
アヴァリツィアは前の席に座る紳士の頭に座っていた。
私とばあやの会話をケタケタと嘲笑っているようだった。
ちなみに、悪魔の姿は私にしか見えない。そのため、言動には気を付けないといけない。
『お前、やっぱりあの男が〝欲しい〟んだな!?』
何を言っているのか。私は彼が幸せになることだけを望んでいる。前世のように、両想いになろうとは考えていなかった。
『だったら、どうして奴が愛の誓いをした瞬間、酷く傷ついた表情を浮かべたんだ? あの男にお前以外の想い人ができたというのは、幸せへの第一歩のはずだったのに』
そうだ。アヴァリツィアの言うとおりである。
私は彼の幸せを願っていながら、自分も彼と幸せになりたい、とどこかで願っていたのだろう。
だから、バルトロマイに想い人がいると知って、ショックを受けたのだ。
「なんて傲慢な――!!」
私のその一言は、歓声にかき消される。
何が起こったのかと顔をあげたら、イラーリオが胸に拳を当てて、槍を突き出す恰好を見せているところだった。
「イラーリオまで、愛の誓いを!?」
それはすなわち、互いに勝つと宣戦布告したようなものだ。
イラーリオのことだ。バルトロマイの行動を見て、逆上して行ったに違いない。
「いったい、なんてことをしてくれましたの?」
イラーリオに物申したくなった瞬間、彼は振り返る。
槍を私のほうへ向けて、口をパクパク動かす。
読唇術は心得ていないのだが、なぜか「待ってろ」と伝えたかったのがわかってしまった。
まさかイラーリオは、私に結婚を申し込むつもりなのか。
彼が勝つなんてありえないが、私に求婚しようと考えていること自体がありえない。
互いに兜を被り、戦闘開始の合図が告げられる。
戦い始めた瞬間、私はある違和感を覚えた。
黒い鎧をまとうイラーリオの姿が、ぶれて見えるときがあった。
目がおかしいのか、と擦ってみるも、状況は変わらない。
何かがおかしい。
バルトロマイの実力であれば、すでに勝っているはずだ。
それなのに、イラーリオ相手に少し苦戦しているように思える。
よくよく目を凝らしてみたら、イラーリオが黒い靄のようなものを従えているようにも見えた。
「あれはいったい――?」
『お前、アレが見えるのか?』
「え、ええ」
『これは傑作だな!』
何が面白いのか、まったく理解できない。それよりも、あの靄の正体を教えてほしかった。
『アレは、〝カプレーティ家の悪魔〟だ』
「なっ!?」
アヴァリツィアが耳元で囁いたので、慌てて身を引く。
幸い、ばあやは試合に夢中で私の反応に気付いていなかった。
イラーリオに、カプレーティ家の悪魔が取り憑いているだって!?
自覚したら、イラーリオの周囲にヘビのような黒い悪魔の姿が見えた。
アヴァリツィアと同じように、額から角を生やしている。
まさか、悪魔の力を使って、イラーリオはバルトロマイと互角に戦っているというのか?
「いいえ、互角ではない!?」
私の悲鳴のような声は、会場の盛り上がりにかき消される。
悪魔の目が赤く光った瞬間、イラーリオがバルトロマイを圧倒し始めたのだ。
こんなのありえない。
あの動きは悪魔のおかげで、イラーリオ自身の実力ではないだろう。
会場は異様な熱気に包まれている。
ゾッとしてしまうほど、皆が皆、我を忘れたように声をあげていた。
『ジュリエッタ、これが悪魔の能力なんだ。人々の負の感情を得て、契約した者に力を与える。それにより、悪魔は多くの力を得るんだ! だからお前も、俺に願え! 〝強欲〟の力をもって、バルトロマイ・モンテッキを勝たせたい、と』
このままでは、バルトロマイは倒されてしまう。
バルトロマイは幼少期より、厳しい訓練を受けて騎士になった。そんな彼が、イラーリオに負けてしまったら、彼の自尊心が傷ついてしまうだろう。
『ジュリエッタ、願え。欲望が赴くままに、強欲に――』
バルトロマイの馬が一歩後退したのを見た瞬間、私は叫んだ。
 




