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盛り上がる、馬上槍試合

 最後に会場入りしたのは、教皇と皇帝であった。

 当人同士は和やかな雰囲気だったものの、ふたりを取り巻く儀仗騎士と近衛騎士はバチバチと睨み合っているように見える。


 百年経っても、双方の関係に変化がないのは嘆かわしいものだった。

 私達の死も、さほど問題にならなかったのだろう。


「はあ」

「ジュリエッタお嬢様、大丈夫ですか? 具合が悪いようであれば、近くのお宿に部屋を用意しておりますので、休みに行くこともできますよ」

「ばあや、わたくしは平気ですわ」


 ここに来た以上は、イラーリオの戦いを見守らないといけない。でないと、観ていなかったから、と言って難癖を付けてきそうだから。


 第一試合が始まる前に、模擬戦が行われるようだ。

 なんでも皇太子殿下の二十五歳の誕生日を祝う式典として行われるものらしい。

 皇太子殿下が登場すると、会場か震えるほどの歓声が上がっていた。皇太子殿下は銀色の髪にアイスグリーンの瞳を持つ、精悍な青年である。

 相手役として選ばれたのはバルトロマイだった。

 審判の「開始!!」というかけ声と共に、馬の嘶きが響き渡る。

 こういうとき、臣下が遠慮し、王族に花を持たせるのが定番だ。

 それなのに、双方、猛烈な突き合いを繰り返していた。

 相手が皇太子殿下である以上、バルトロマイは本気を出せない。

 ただ、皇太子殿下もかなりの実力があるようで、手を抜いたらケガをしそうだ。

 大丈夫なのか、とハラハラ見守っていたが、ばあやが耳打ちしてくれる。


「ジュリエッタお嬢様、あれは槍を打つ角度や回数が決まっておりまして、最後は必ず引き分けで終わるものなのです」


 力比べの勝負と言うよりは、見世物に近い。そんな事情をばあやが教えてくれた。


「大昔、今の皇帝陛下が成人されたときに、同じような催しがあったのですよ」

「そうでしたのね。ハラハラして損をしました」


 ただ、会場内の大半は、そんな事情なんて知らない。バルトロマイと皇太子殿下の打ち合いに熱狂し、楽しんでいる様子だった。


「ばあや、わたくし、やはりこの催しは得意ではありません」

「まあ、そうですねえ。心から楽しめるものではないでしょう」


 皇太子殿下とバルトロマイの戦いは、ばあやが言っていたとおり引き分けで終わった。

 去り際、バルトロマイは誰かを探していたのか、客席のほうを見上げているようだった。

 カプレーティ家やモンテッキ家の者達というよりも、一般席のほうを気にしている。

 誰か、知り合いでも招待したのだろうか――なんて気にしかけて、首をぶんぶんと横に振る。

 まったく無関係の私が、バルトロマイの交友関係を気にするなんてありえない。

 彼については本当に忘れなければならないだろう。頭の隅にぐいぐいと追いやっておいた。

 模擬戦が大盛況だった中で、第一試合が始まる。

 カプレーティ家とモンテッキ家が許された、唯一の闘争の場とあって、異様な盛り上がりを見せていた。


 第五試合にイラーリオが登場すると、黄色い声援が響き渡った。

 皇太子殿下が登場したときは、男性の声援も多かった。イラーリオは女性のみの、熱い人気を集めているらしい。


「あらあら、イラーリオお坊ちゃんは女性に人気なんですねえ」

「見た目だけは貴公子のようですから」


 そんな会話をしていたら、すでに馬上の人となった彼が振り返る。驚いたのは私ではなく、ばあやのほうだった。


「まるで、私共の会話が聞こえたかのように、タイミングよく振り返りましたね」

「ばあや、偶然ですわ」


 そうこう話しているうちに、試合が開始となった。

 いったいどれほどの実力の持ち主なのか、お手並み拝見である。


 イラーリオは馬の尻を鞭で叩き、相手に突撃させる。


「競馬でないのだから、あのように馬を叩く必要なんてないのに」

「勝つために、手段を選ばないのでしょう」


 馬が勢いよく走ってくるものだから、相手はひるんでしまう。

 その隙に、イラーリオは槍を強くなぎ払って、相手を落馬させた。

 ワッと歓声が上がる。イラーリオの勝利のようだ。

 勝ったあとも、彼は私のほうを振り返った。

 まるで犬が、主人に褒めてほしくて、成果を主張する瞬間に見えてしまった。

 二階席に座っていた傍系のご令嬢方が、イラーリオが見たのは自分だ、と争い合っている。

 ばあやがボソリ、と耳打ちした。


「イラーリオお坊ちゃんが見ていたのは、ジュリエッタお嬢様ですよね?」

「さあ、どうでしょう?」


 彼が誰に視線を送っていたか、なんてまったく興味がなかった。

 次の試合では、一般参加の騎士が他の者達とは異なる動きを見せる。

 それは握った拳を胸に当て、槍を高く上げる姿勢であった。

 女性陣の色めき立つ声が、辺りから聞こえる。


「ばあや、あれはなんですの?」

「勝利を捧げる、〝愛の誓い〟ですよ」


 騎士が結婚を申し込むときや、妻や家族に愛する気持ちを伝えるときにするものだという。勝負に勝ったら、愛が本物だというわけだ。


 その騎士は見事に勝ち、想いを寄せる女性の名を叫んでいた。


「リア・マセッティ、どうか私と結婚してください」


 ばあやが耳打ちしてくれる。

 ここで立ち上がって手を振り返えしたら、晴れて両想いとなるわけだ。

 リア・マセッティと呼ばれた女性はすぐに立ち上がり、手を振っていた。

 会場内は暖かい拍手に包まれる。


「馬上槍試合はこういう場面もあるのですね」

「ええ、そうなんです。恋人や婚約者が参加する女性は、愛の告白があるのではないか、とドキドキしているそうですよ」


 ご令嬢方が馬上槍試合を楽しみにしていた理由を、今になって知ったわけだ。

 早く終わってくれ、と内心思っているところに、バルトロマイが登場した。

 相手は一度勝ち抜いた、彼よりも体が大きなモンテッキ家の騎士である。

 勝利を確信しているのか、彼も愛の誓いの恰好を取っていた。

 客席にいる派手な出で立ちの女性が立ち上がって、ぶんぶんと手を振っている。

 反応を返すのは早すぎるのではないか。なんて思っていたら、彼女の髪を引っ張るご令嬢が現れた。

 背後にいた女性陣の、呆れたような会話が聞こえる。


「あの男、愛人と婚約者、両方を誘っていたようですね」

「まあ、なんて最低なの」


 先に立ったほうが愛人だと言う。愛の誓いのルールをいまいち理解していなかったのだろう。


 モンテッキ家の騎士は試合開始が言い渡されるのと同時に、馬の腹を強く蹴る。

 驚いた馬は突進するようにバルトロマイのほうへ向かっていく。

 それに対し、バルトロマイは手綱を引いた。すると、馬は前足だけ跳び上がり、後ろ足だけで立つという恰好を見せる。

 興奮し、突撃していた馬はその様子に驚いて、足を止めた。

 バルトロマイは馬を走らせ、すれ違いざまに相手が握っていた槍を叩き落としていた。

 言わずもがな、バルトロマイの勝利である。

 愛の誓いは婚約者と愛人、どちらの女性にも捧げられることなどなかった。婚約者のほうは泣きだし、愛人のほうは白けた表情で煙草を吸い始めている。

 婚約者の父親らしき男性が、この結婚は破談だ! と叫んでいた。

 なんというか、身から出た錆、としか思わなかった。


 バルトロマイの巧みな馬術で、会場は大いに盛り上がっている。


「ジュリエッタお嬢様、モンテッキ家の嫡男の馬術、敵ながらすばらしいものでしたね。馬が跳び上がって後ろ足だけで立つ体勢なんて、初めて見ましたよお」

「ええ。あれは〝クールベット〟というポーズで、とても難易度が高いのですよ」

「やっぱり、そうなんですね~」


 その後もバルトロマイとイラーリオは順調に勝ち進み、想定もしていなかった状況となる。

 最終試合は、彼らふたりの戦いだったのだ。 

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