馬上槍試合の朝
馬上槍試合が開催される朝――侍女達がパウダーブルーのデイ・ドレスを運んで来た。いかにも、カプレーティ家の娘、といった雰囲気の一着である。
ドレスが原因で、もめ事に巻き込まれたら大変だ。
モンテッキ家のご令嬢方に絡まれたくもない。すぐに、別の色のドレスを持ってきてもらう。
代わりに選んだのは、キャロットオレンジの華やかな一着である。普段であれば遠慮したい色合いだが、カプレーティ家を連想させるようなドレスよりはマシだろう。
髪は丁寧に結い上げてもらい、髪飾りはせずにピンで留めるだけにしてもらう。
身支度を眺めていたばあやが、一言物申す。
「あの、ジュリエッタお嬢様、せめてリボンだけでも結んだらどうでしょうか?」
「帽子を被るから、邪魔になると思って」
帽子が入った箱の蓋を侍女が開き、ばあやに見せてくれる。
その帽子はつばが広く、顔が隠れる意匠だ。大きなリボンや花などの飾りがあしらわれていて、髪飾りなどなくとも十分美しく見えるだろう。
「ああ、なるほど。そういうわけだったのですね」
「ええ。すてきな帽子でしょう?」
「はい!」
今年の誕生日に母が贈ってくれた帽子で、貰った当初はかなり派手だな、としか思っていなかった。
おそらく、参加する女性陣は皆、南国の鳥みたいに豪勢な装いでやってくるだろう。
私の帽子なんて、霞んでしまうはずだ。
なるべく目立たないような装いで、静かに過ごしたい。それだけが目的であった。
カプレーティ家の色でないドレスを着ている私を見た母は、落胆していた。
「急遽、お揃いの色のドレスを用意したのに」
「申し訳ありません、そうとは知らず……。お母様からいただいた帽子の色に合わせたドレスを選んでしまいました」
「あら、そういえば、その帽子は誕生日に差し上げた品でしたね」
「ええ、そうなんです。かわいいと思いませんか?」
「世界一かわいいです!!」
なんとか誤魔化せたので、内心ホッとため息を吐く。
父と合流し、円形競技場がある首都の郊外に向かった。
馬車で走ること一時間ほど。
石造りの半円状の建物が見えてくる。あれが馬上槍試合の会場となる、円形競技場だ。
かつては剣闘士と肉食獣を戦わせ、賭け事をする場所だったらしい。
けれども三世紀前に教皇が野蛮な行為だと禁止して以降、ここは神聖なる戦いの場となった。
私から見たら、馬上槍試合も十分粗野で乱暴なのだが、闘技場で行われていたものに比べたら、まだ秩序が保たれているのだろう。
円形競技場の周囲には露店がたくさん並んでいて、料理や果物などの食べ物だけでなく、珈琲に紅茶、ワインなどの飲み物も売られているようだ。
馬車から下りると、席に案内される。
座席は一階から五階まであり、特別席は一階、一等席が二階、一般席が三階、四階、五階はもっとも安価な立ち見席らしい。
一階には日避けも立てられていて、寒くないよう薪暖房が設置されていた。
座席のほうはすでに熱気に包まれていて、ざわざわと騒がしい。
驚いたのは、向こう側の一階席が真っ赤な服を着た人々で埋め尽くされていたこと。モンテッキ家の人々がこぞって観にきているのだ。
そしてこちら側は青い服を着た人々で埋め尽くされていた。五十名以上はいるだろうか。全員が傍系などの親族なのだろう。
特別席でひとり、キャロットオレンジの服を着た私は、悪目立ちしているような気がしてならない。
大人しくパウダーブルーのドレスを着てきたらよかった、と後悔してしまった。
ばあやと一緒に、二階席に行こうか。そう思って立ち上がった瞬間、背後より声をかけられる。
「なんだお前、そんな色のドレスを着て。ひとりで目立とうと思っているのか?」
振り返った先にいたのは、白い板金鎧をまとう騎士。顔まで覆われているので誰かわからないが、声からして間違いなくイラーリオだろう。
「あなた、こんなところにいて、大丈夫ですの?」
「お前がきちんといるか、確認に来たんだ」
「約束は守ります」
脅しに屈する形になったのは気に食わないが、口止めするために仕方がないと思い込んでおく。
「なあ、ジュリエッタ」
イラーリオが話しかけた瞬間、モンテッキ家の席のほうから「きゃーー!」と黄色い声援が聞こえる。
闘技場に漆黒の鎧に身を包んだ騎士が、白馬に跨がって出てきたのだ。
いったい誰なのだろうか、と思った瞬間に気付いてしまう。
あれはバルトロマイだ。
元夫の鎧姿を舐めるように見ていた記憶があるので、間違うわけがない。
そうだ、彼は近衛騎士だった。
バルトロマイが参加することなど、まったく考えていなかったのだ。
悪目立ちするような恰好をしているので、もしかしたら彼にバレてしまう可能性がある。
それだけは避けたかった。
「ジュリエッタ、もしも今日、最後まで勝利できたら、結こ――」
「ちょっとごめんあそばせ!!」
両親に二階席にいるばあやと一緒に観てくると叫び、前に立ちはだかっていたイラーリオを押しのけると、一目散に走る。
イラーリオが私を追いかけてきていたようだが、従僕からもうすぐ出番だと引き留められていた。
二階席のばあやの元まで一気に駆け、隣の席に座っていた侍女に一階席へ行くよう命じた。
「ジュリエッタお嬢様、どうかなさったのですか!?」
「あ、あの、ばあやと、一緒に観たくなって」
「まあ! なんて愛らしいことをおっしゃるのでしょうか!」
ばあや、ごめんなさい。そう思いつつ。彼女の隣に腰かけたのだった。




