晩餐会にて
これまで避けていた母との付き合いを徹底的にしておこう。そう決意するのは簡単だったが、実際に実行すると想像の遥か上を越える大変さだった。
母が主催した晩餐会に参加したり、屋敷に呼んだ商人との買い物に付き合ったり、音楽鑑賞に同行したり。
母は友人知人が多く、交流は大の得意。お出かけするのも大好きで、毎日のように誰かと会っているようだ。
今後、私が修道院へ身を寄せたら、母と過ごす時間など許されない。後悔のないように、と思って決めたことだったが、すでに早まった行動だったか、と悔やむ私がいた。
晩餐会にはイラーリオもいたので、嫌な予感がしていたのだ。
客は皆が皆、イラーリオを褒め、将来有望だと絶賛する。
彼は私のほうをちらちら見て、「ほらみろ!」と言わんばかりだった。
食後、男性は喫煙室に行き、女性は客間へ向かう。そんな中、イラーリオは私を引き留めた。
「おい、ジュリエッタ」
「お断りですわ」
「まだ何も言っていないだろうが」
「どうせ、あなたが参加する催しか何かに同行するよう、言いたかったのでしょう?」
同じ年頃の親戚がおらず、興味を持ってくる女性から身を守る盾にでもしたいのだろう。彼の魂胆はわかりきっていた。
「よくわかったな。明日、〝馬上槍試合〟があるだろう? 参加するから、見に来いよ」
馬上槍試合というのは、年に一度、円形競技場で行われる模擬戦争である。
なんでも三世紀以上も前、カプレーティ家とモンテッキ家が大きな内乱を起こした。首都が壊滅状態になるというとんでもない状況に追い込まれ、両家の相打ちで終結する。
二度とこのような騒ぎを起こさせないよう、皇帝が考えたのが、馬上槍試合である。
これ以外の、カプレーティ家とモンテッキ家の衝突は強く禁じられていた。
公式行事とあって、皆、本気で戦う。
始めの年は死傷者が五十名以上出たため、翌年からは槍を使わず、細長い棒のような棍という武器を使って行われるようになったらしい。
ルールは非常にシンプルだという。
手にしている棍を手から離すか、馬から落ちた者の負けである。
死人が出たら翌年は中止になるというので、毎年、手加減しつつ戦っているようだ。
そのため、一年目以降、死人は出ていない。
前世で一度だけ、元夫が出るからと誘われていったが、会場は異常と言えるほどの熱気に包まれ、長年の恨みが籠もった戦いは見ていて気持ちがいいものではなかった。
そのため今世でも、誘われたとしても行こうとは思わない。
「馬上槍試合なんて、野蛮な行事に行きませんわ」
「そんなこと言うなよ。いいから来い」
「嫌――」
イラーリオは私の肩に手を置き、ぐっと接近して耳元で囁く。
「前に、お前が修道服を着て、勝手に外出しようとしていたことを、両親に密告するぞ」
「なっ!?」
療養中に勝手に家を飛び出したことが父と母に知られてしまったら、悲しませてしまう。
それにもうすぐここを離れるのに、問題を起こしたくなかった。
「わかりましたわ。でも、二度とそのことで脅さないでくださいませ」
「脅しじゃない。お願いだ」
ジロリと睨んだのに、イラーリオは楽しげに笑いつつ踵を返す。
腹立たしい気持ちを抑えながら、客間へと向かった。
女性陣が集まり、会話に花を咲かせる。
話の中心になっていたのは、明日開催される馬上槍試合だった。
「明日はイラーリオ様が参加されるようで」
「ええ、そうですの」
自分の子ではないのに、母はイラーリオが立派に育ったと褒められ、嬉しそうだった。
「イラーリオ様は結婚の予定などないの?」
「ええ、ぜんぜん。ここ数年、教皇疔に籠もりっぱなしで、俗世に戻ってきたばかりだから、ゆっくり結婚相手を探したいのですって」
「もしも優勝したら、誰に金杯を捧げるのかしら」
「気になるわ」
金杯というのは、純金でできた小さな杯である。馬上槍試合の優勝者にのみ捧げられるのだ。この金杯は想いを寄せる女性に捧げると、幸せになるという謂われがある。
ここ数年は既婚者が金杯を得ていたので、捧げる様子は見られなかったようだ。
「恋心を寄せる女性に捧げるなんて、ロマンチックですわね」
「本当に。今年はその様子を見てみたいものですわ」
皆、頬を赤らめつつ、楽しそうに話している。
よくもまあ、品もあったものでない戦いを前に、うっとりできるものだ。
「ジュリエッタ様も、見に行きますよね?」
その発言に、母が「ジュリエッタは行きませんの」と答えたが、すぐに否定する。
「いいえ、わたくしも明日は参加します」
「ジュリエッタ、大丈夫なのですか?」
毎年、母が誘ってくれたのだが、会場の熱気にあてられ、具合が悪くなってしまうのだと主張し、断っていたのだ。
「おそらく見学できるのも最後でしょうから、一度見ておこうと思いまして」
イラーリオに脅されて、参加することになったとは、口が裂けても言えない。
「最後ってことは、もしかして、ジュリエッタ様は結婚をなさるの?」
皆のキラキラした視線が、一気に集まってくる。その一方で、母は表情を曇らせていた。
内心申し訳ない、と思いつつ、事情を軽く語っておく。
「わたくし、俗世から離れて、修道院に身を寄せる予定ですの」
明るく言ったのだが、場の空気を暗くしてしまった。
「それは、どうしてですか?」
勇気ある者がいたのだろう。突っ込んだ質問をされ、私は母の顔色を窺う。
「この子は、嵐のような結婚生活よりも、静かな神様との日々を望んでいるだけなのです。どうか、そっとしておいていただけると、非常に嬉しく思います」
母の言葉を聞き入れてくれたようで、それ以上話は広がらなかった。
「ジュリエッタがイラーリオと結婚してくれたら、よかったのですが」
「お母様、いったい何をおっしゃっていますの!?」
「だって、イラーリオもあなたのことを、幼少時から気に入っていたようですし」
どこが!? と叫ばなかった私を褒めてほしい。
まさか母がそんなことを思っていたなんて、初めて知った。
イラーリオと結婚するなんて、冗談でも止めてほしい。
「どうして? イラーリオはああ見えてあなたのことを大切にしてくれるだろうし、真面目になったのも、きっとあなたのためですよ」
「まさか! 彼の悪行が原因で、教皇疔に入れられたのですよね?」
「それは――」
嘘が吐けない母は言いよどんでしまう。それは認めたようなものだろう。
皆の視線が、私と母に集まっているのに気付いてハッとなる。ハラハラしたような目で見られていたようだ。
ここでするような話ではなかった。
「とにかく、イラーリオは引く手あまたなお方でしょうから、わたくしにはもったいないですわ」
その一言で、皆の緊張が解けたように見える。
ホッと胸をなで下ろしたのだった。




