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大好きだった前世の夫を発見したけれど、私といたら不幸になるので徹底的に避ける……つもりが、捕まってしまいました!  作者: 江本マシメサ
第一章 悲劇の結末から転生する

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お茶会へ

 私はばあやが「フェニーチェ修道院へ行かなくても大丈夫ですか?」と心配するレベルで、行かなくなった。

 ただ、お菓子を作ったり、屋敷で余った野菜や肉などをまとめて送ったりしている。

 シスター・ボーナからは、感謝の手紙が届いていた。

 彼女には、ル・バルの準備で忙しいと伝えていたのだ。

 そのうち院長から手紙が届くようになるのではないか、なんて心配していたが、想定外の事態となる。

 院長が直接うちを訪問してきたのだ。


「いやはや、モンテッキ卿が寄付を片手に、ジュリエッタさんの素性を教えるように迫られてしまいまして」

「ぜんぜん困っているように、見えませんが」

「そんなことないですよお」


 院長はヘラヘラ笑っているものの、さすがに寄付金は受け取っていないらしい。


「本当ですか?」

「嘘は言いませんよ。教会の修繕費が少し欲しかったので、寄付を当てにしていたんです。おかげさまで貯まりましたので、受け取る必要がなくなったのですよ」

「そうですか」


 院長は毅然とした態度で、個人的な情報はいくら寄付を積まれても伝えることはできない、と言ってくれたらしい。

 その成果があったのか、バルトロマイは姿を見せなくなったようだ。

 初めて、院長が頼もしく見えてしまう。


「私も、やるときには、やるのですよ」

「さすがですわ」


 今日はバルトロマイが私を探そうとしていることを伝えに来てくれたようだ。


「手紙でもよかったのですが」

「いえ、街の用事のついでです」


 ニコニコしていた院長だったが、急に真顔になる。


「して、ジュリエッタさんは本当に、うちの修道院へ身を寄せるつもりですか?」

「それは――」


 そのつもりだったが、バルトロマイに見つかってしまった。

 再び訪問するようになれば、彼に見つかってしまうかもしれない。

 頭が痛い問題である。


「彼、モンテッキ卿はそのうち諦めると思いますか?」

「さあ、わかりません。しかしながら、個人的な人生経験から言わせていただくと、ああいうタイプは一途で、こうと決めたことを曲げない者が多いように思います」


 つまり、バルトロマイは私の絵を描くことを諦めていない、と。

 勘弁してほしい、と頭を抱えてしまった。

 この世の中には、絵の題材となるすばらしいモデルがたくさんあるというのに、よりによってどうして私なのか。理解できないでいた。


「もしも本気で修道女になりたいと言うのであれば、隠れ里の教会をお教えできます」

「院長、ありがとうございます」


 個人的に、フェニーチェ修道院には思い入れがあった。

 それは前世で、元夫と結婚式を挙げた教会だから。

 できればそこで、生涯シスターとして奉仕活動に勤しみたいと思っていたのに、どうやら叶いそうにない。


「少し、考えさせてください」

「わかりました」


 長年、通ってくれた私と別れるのは、院長も寂しいと言ってくれる。


「それにしても、よく、わたくしみたいな小娘を、受け入れてくれましたね」

「フェニーチェ修道院は常に人手不足ですから。猫の手でも借りたい状況は、今もですよ。それに――」

「それに?」

「いえ、なんでもありません」

「気になるのですが」

「今度、お話ししましょう」


 けむに巻いて、言わないつもりなのだろう。院長のすることなんて、お見通しなのだ。

 まあ、いい。院長には本当にお世話になった。

 深々と頭を下げる。


「少し落ち着いたら、お菓子と料理を持って、フェニーチェ修道院に行きますわ」

「お酒もあると嬉しいのですが」

「神父様は禁酒なのでは?」

「では、神酒にしてください」

「神とついているからといって、神父様が飲めるものではありませんからね!」


 院長はやわらかな微笑みを浮かべたまま、帰っていく。

 彼がフェニーチェ修道院にいる限り、バルトロマイがしつこく言い募っても、大丈夫そうだと思ってしまった。


 ◇◇◇


 今日は久しぶりに、お茶会に参加した。

 両親と交流があるベルティ伯爵家の娘ソフィアが開催したもので、私以外に五名ほどのご令嬢が参加していた。


 長らく夜会にすら参加していなかった私がやってきたからか、他のご令嬢は驚いた表情を浮かべていた。


「まあ、ジュリエッタ様、お体は大丈夫ですの?」

「おかげさまで、最近は調子がよくて」


 これまで何度もお茶会の招待を受けていたのだが、すべて体調不良だと返信し、不参加だったのだ。


 歓迎されているようで、ホッと胸をなで下ろす。

 前世では社交を頑張っていたものの、今世ではまったくと言っていいほどやっていない。

 ル・バルに向けて、その辺の感覚を取り戻そうと思い、今日は参加したのだ。

 別に頑張らなくてもいいのだが、両親に恥をかかせたくない。そんな一心で、やってきたというわけである。


「ジュリエッタ様はル・バルに参加するのは、初めてですよね?」

「ええ、そうなんです。とても緊張していて」


 ル・バルに参加するのは、社交界デビューを果たす娘ばかりではない。

 皇帝に招待された国内有数の貴族達がこぞって参加するのだ。

 ここにいるご令嬢方も、招待を受けていると言う。


「今年はカプレーティ家のイラーリオ様も参加なさるのよね?」

「ええ、そうみたいですわね」


 いかにも興味ありません、という声色で返したのに、ご令嬢方は「きゃあ!」と声を上げて色めき立つ。


「彼がどうかなさったの?」

「いえ、先月行われた教皇のパレードで、儀仗騎士の中でひときわ輝く美貌の持ち主だったので、貴族令嬢のサロンで話題になっていたのです」

「とってもすてきでしたわ!」


 イラーリオは私の知らないところで、ファンを大勢作っていたらしい。

 黙っていたら、それなりの美形であることは認める。

 しかしながら、一言でも喋ったら、途端に残念な男になるのだ。


「でも、モンテッキ家のバルトロマイ様も負けておりませんわ」

「たしかに、彼もイラーリオ様に負けないくらい、かっこいいですわ」


 その話題には、確かに!! と頷きそうになる。

 けれども寸前でなんとか耐えた。


「ただ、バルトロマイ様は夜会に一度も参加なさらないそうよ」

「私も噂を聞きました。たしか、華やかな場が苦手だそうで」


 元夫もそうだった。彼は一度だって夜会に参加せず、皇帝の影に隠れて護衛任務に勤しんでいた。

 そのため園遊会で私を見たとき、カプレーティ家の娘だと気付いていなかったのだろう。


 もしかしたらル・バルでバルトロマイに会ってしまうのではないか、と戦々恐々としていたのだが、どうやら心配しなくてもよさそうだ。


 バルトロマイの話に花を咲かせていたが、途中でソフィアが「ちょっと!!」とご令嬢方を注意する。

 私がカプレーティ家の娘で、モンテッキ家の話題は厳禁だと伝えたのだろう。

 ご令嬢方はすぐに気付き、口元を扇で隠し、ぎこちなく微笑む。

 せっかくお茶会に参加したのだから、楽しい時間を過ごしたい。

 私は焼き菓子を手に取り、皆に話しかける。


「このバーチ・ディ・ダーマ、とってもおいしいですわ」


 アーモンドプードルを使ったクッキーに、濃厚なチョコレートクリームを挟んだお菓子である。

 それを口に含むと、自然と笑顔になる。

 ぎこちない雰囲気はどこかに消え、和やかな空気になったのだった。

本日より1日2回更新(0時、12時公開)になります。

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