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私の騎士様

作者: 大豆茶

「はい、おしまい!」


 パシーンッ!

 小気味のよい乾いた音が部屋に響く。


「った! 痛ってぇな、何すんだこのバカ! こっちは怪我人だぞ!?」


 私は施術完了の合図として、目の前にある大きな背中めがけて平手打ちをくれてやった。

 怪我の治療のため、服を脱いで上半身が裸になっていたこともあり、我ながら良い音を出せたと思う。


 しかし、そのお返しとばかりに言われた乱暴な言葉にムッときて眉をひそめた。


「バカとはなによ! 怪我したところは触ってないから別にいいじゃないの!」

「いや、なんでお前が怒るんだよ……」


 そう言うと私が背中を叩いた男、同い年の幼馴染みリック・ハウンドは、呆れた様子で座っていた椅子から立ち上がり、掛けられた服を手に取り着替え始める。


「……ったく、腕が良いのは認めるが乱暴な店員だな。こんなのがここの看板娘だなんて、俺はこの店の先行きが不安だぞ、アイリス」

「うっさいわね! バカリック!」

「痛っ! また叩きやがったな!? 何すんだこの暴力女!」


 相変わらず口が悪いこの幼馴染みが、またも私がイラッっとするような事をのたまったので、まだ着替え途中の背中に、もう一発平手打ちをお見舞してやった。

 しかし、今度は間に布切れ一枚の隔たりがあったからか、期待してたほど良い音は鳴らなかった。残念。


 私、アイリス・エルトナーはここ王都ローマリアの城下町で、両親が経営する薬屋で働いている。十二歳の頃から店に立っているので、働き始めてから大体四年経ったのかな。

 ま、実際店頭に立つようになったのが十二歳ってだけで、裏でお手伝いしてた頃を含めれば十年ぐらいはこの仕事をしているし、ベテランと言えるんじゃあなかろうか。

 そんなベテランの私が看板娘じゃ不服ですって? リックったら失礼しちゃうわね!


「まったく……アイリスがソフィおばさんみたいな人から産まれただなんて、とても信じられないな」


 着替えを終えたリックは、こちらを振り返りながらまたもや私を挑発するような台詞を言った。

 それと同時に切れ長で鋭い目付きをしたリックに、ギロリと睨まれる。夜のように真っ黒な目と、手入れしてるのかわからないぐらいツンツンと不規則に逆立った黒髪、そして高身長も相まって威圧感が凄い。その辺の初心(うぶ)な少年少女が対面したら怖がって泣き出してしまうのではなかろうか。

 私は幼馴染みだし慣れっこだけどね。というか本人としてはただ見てるだけで、別段睨んでるつもりはないみたい。まったく……見慣れた私ですらそう感じるなんて、どんだけ目付き悪いのよ。


「うるさいわね。私だって容姿のことは気にしてるのよ……」


 リックの言うことは……まあ不本意だけどすっごいわかる。私自身だってそう思ってるぐらいだもの。

 うちのお母さんは近所でも評判の美人だ。太陽の下で光を反射したサラサラの長い金髪は黄金なんか霞むぐらい綺麗だし、年齢を感じさせない透き通る白い肌。顔立ちも当然整ってるし、極めつけはそれらを引き立たせる宝石のように綺麗な青い瞳。

 我が母ながら、こんな美人が市井で普通に暮らしているだなんて驚きだ。それこそ、本当はどこかの王女様だったんだよと言われた方が納得できる。


 しかしその優秀な遺伝子は、残念ながら私には引き継がれなかった。

 ウェーブがかった髪は滅茶苦茶くせっ毛だから、整えやすいようになるべく髪は短くしてるし、髪色だって灰を被ったようにくすんだ灰色だ。とてもじゃないけど綺麗とは言えない。瞳の色だって地味~で目立たない茶色の瞳だ。

 お母さんとは似ても似つかない。目鼻立ちはお母さんに近いとは思うけど、似ている所はそれだけだ。


 これについては悩んだ時期もあり、結構劣等感を持っている。理想の女性を体現したような人が傍にいるのだ、どうしたって自分と比較してしまう。

 それに見た目以外にも気になるところがあったりもするし、年頃の乙女は大変なのだ。


 いやはや自分の事ながら改めて考えると違いすぎる。本当にお母さんの子か疑うレベル。一体誰に似たのだろうか……?

 あ、父親(おとん)か。各地を転々とする仕事で、たまにしか帰ってこないんで存在を忘れてた。


「いや、そういう意味じゃなくてな……」

「――はいはい! サービスはここまで、仕事の邪魔よ! さあ、帰った帰った!」


 うちは薬屋なので基本的には薬を出すだけなのだが、求められれば簡単な施術もする。お母さんはリックを息子同然に可愛がっている節があり、リックが怪我をしてくるとよく私に手当てをさせていた。

 しかも無料(タダ)でだ。いくら近所の仲良しさんだとはいえ、甘いにも程があるよお母さん。


 最初の頃は私の手当の技術を磨く練習台としての役割もあったので納得できるんだけど、あれからもう何年も経っている。私の技術も一人前と言っていいと思ってるし、そろそろお金取ってもいいんじゃないかと思う。

 っていうかリックは怪我をしすぎだ。やんちゃ盛りの子供の頃ならともかく、今はちゃんと仕事に就いているはずなのに。

 まあ、街の自警団に入っているので怪我は付き物だとは思うけど。それにしたって頻度が高い。三日に一回はどこかを怪我してうちに来る。この街ってそんなに治安悪かったっけ?


「――わかったわかった。今日はここらで帰るよ」

「まったく……今度はうちじゃなくて新しくできた治療院に行ってみたら? そっちの方がちゃんと治してくれるんじゃない?」


 王城近くに最近開院したらしく、どうやら評判がいいらしい。

 うちみたいな寂れたところ……いや、自分で言うのは悲しいからこれ以上はやめておこう。


「いや……ほら、ここの方が家から近いし、それに……な」


 はい嘘ー。

 幼馴染みを甘く見ないでいただきたい。リックは嘘をつくとき目を逸らして鼻の頭を掻く癖があるのだ。本人は気付いてないみたいだけど、長年の付き合いである私には全部お見通しだ。

 今回もその癖がバッチリ出ている。どうせ本音は「無料で治療を受けられてお金がかからないから」とかしょうもない理由に違いない。


「はいはい、そうよね。お金には変えられないものね! それじゃまたご贔屓にねー! お大事にー!」

「お、おい。ちょっ……!」


 何か言いたげなリックを無理矢理店の外に追い出して、一息つく。

 するとお母さんが満面の笑みでひょこっと店の奥から顔を出した。見た目は美人なのに行動がいちいち可愛い。天使かな?

 

「あれ? リッ君もう帰っちゃったのー? 一緒におやつでもどうかと思ったのだけど……」

「あー……うん。なんか用事があるみたいよ? っていうかお母さん。店番はいいの?」

「大丈夫よー。今日はまだリッ君しか来てないし、予約も入ってないからね」


 もうお昼過ぎだというのにお客さんは幼馴染みの男子一人。しかもお金は貰ってない。怪我人も病人もいないのは喜ぶべきことではあるが、こちらとしては商売あがったりである。


「アーちゃん、リッ君の手当てで疲れたでしょう? 店番はお母さんに任せて、おやつでも食べて少し休憩してきなさいな」

「うん、そうする。ありがとねお母さん」


 うちの店は、二階建ての家屋の一階部分を丸々改装して薬屋として運営している。二階は私たち家族の居住空間兼作業スペースになっているのだ。

 お母さんの言葉に甘えて、私は二階への階段を登りキッチンにあった焼き菓子が乗ったお皿を持って、自室へと足を運ぶ。


「ふぅ……あ、この焼き菓子美味しい。食べたことない味だけど新作かな?」


 部屋に入るなり、自分の机で焼き菓子を一口。

 んー、やっぱりお母さんの作ったお菓子は美味しいなあ。美人で料理上手だなんて、完璧にも程があるよママン。


「……さてと、久し振りに()()読もうかな」


 小腹が満たされて満足した私は、机の引き出しから一冊の本を取り出す。

 子供の頃に誕生日の贈り物として買ってもらった私の宝物だ。幼心にズバッと刺さって、今の歳まで何度も繰り返し読んだせいで、所々痛んでしまっている。

 なので最近は保存のために滅多に読まなくなったけど、目を閉じれば映像が浮かぶくらいに、その内容は全部頭の中に入っている。

 でも今日は、久々に本を開いて読みたい気分になったのだ。


「あぁ……やっぱりカッコイイ……!」


 パラパラとページをめくりながら、感慨に浸る。

 本の内容はよくあるもので、主人公の騎士様が悪いドラゴンに誘拐されたお姫様を救う物語。

 私は幼心に、物語の中の騎士様に一目惚れした。とても高貴で、優しくて、強くて、それでいてとびきりに見目麗しいときたものだ。そりゃあ憧れるでしょ。


 しかもこの物語は、昔実際にあった話を元に作られているらしい。ということは、この本の騎士様のような人は実在したってことになる。

 この本の騎士様はドラゴン退治の功績を認められ、お姫様と結ばれて幸せになった。だからこのお姫様みたいに私だけの騎士様が世界のどこかに必ず居る。そう信じてるの。

 いつか私もこんなカッコいい騎士様と出会って、恋をして幸せになりたい……なんて事を考えるのもごく自然なことだよね。


「ああ、私の騎士様……近くにいるのなら、早く私の前に現れて」


 なんて、この歳になって恥ずかしい独り言を口走ってしまうくらいにはお熱なのである。

 だってさ、私にとって騎士って結構身近な存在なんだよね。私が住んでいるのは王都ロマーリアの城下町。城下町だから当然街の中央には立派な王城がある。

 ってことは、王様はその権威を示すために当然のように騎士団を持っているわけですよ。


 この国の騎士は平民でもなれるんだけど、三年に一度行われる厳しい試験を突破するしか方法ない。筆記と実技の二つの試験があって、そのどちらも優れていないと合格はできないみたい。


 特に筆記試験は激ムズで、勉強するにも専門の家庭教師を雇うか、高いお金を払って養成学校に通わなければ合格点はまず取れないって話を聞いたことがある。

 つまりは大金持ちの家に生まれるか、よっぽどの才能がないとその門戸を叩くことすら出来ないってわけ。

 受験料だって馬鹿にならないしね。


 私のような一般市民からしたら雲の上の人に思えるんだけど、そんな騎士様と言えど何も城の中だけで生活しているわけじゃない。

 休暇があれば街に出ることもあるし、同じ国に暮らしてるんだから出会いの機会は無くはないんだよね。なんて思いながら早十余年。


「……はぁ。私ももう十六だし、そろそろ現実を見た方がいいのかなあ……」


 当然と言えば当然なのかもしれないけど、今までの人生で私の理想とするような人物との運命的な出会いはなかった。

 それでもまだ機会はあるのではと、諦めきれない自分がいる。


 なんて、色々考えちゃって……結局その日はちょっと気持ちが落ち込んだまま仕事をして、店を閉めた後も悶々としながら、ベッドで眠りについた。



 次の日、私は食料品の買い出しのためにいつもの市場に訪れていた。


「フンフフ~ン。今日のごっはんは~なんじゃらほーいっと」


 昨日の落ち込みなんてなかったかのように軽快な足取りで店を回る私。悩んでるだけじゃ何も解決しないものね。気分転換を兼ねて外へ買い出しに来た時ぐらい楽しまなくちゃ!


 美味しい晩御飯を想像しながらウキウキ気分で歩いていると、何もない所だというのに足がもつれてしまい、盛大にバランスを崩してしまう。あ、ヤバ……転んじゃう!?


「あっ!」


 こりゃ痛いぞと、転んだ後の痛みを覚悟して目をつぶっていたけど、不思議といつまで経っても痛みを感じなかった。

 それどころか、ふわりとした感触と共に体が宙に浮いているような感覚が……って浮いてる!?


「大丈夫ですか? お嬢さん」

「えっ!? えっ!? どうなってるのこれ!?」


 誰かに声を掛けられた気がするんだけど、自分の置かれた状況がわからず頭に入ってこなかった。


「おっと失礼」


 パチン、と指を鳴らす音がすると、自分の身長ぐらいの高さで宙に浮いてた私は、ゆっくりと地面へと降りていく。

 あ……これ魔法だ。こんな事が出来るのは魔法だけだよね。

 初めて体感する魔法の凄さに感動する私。だって、魔法が使える人なんて滅多にいないんだもの。

 いや、そんなことより一体誰が……?


「改めて、大丈夫でしたか? お嬢さん?」


 フワッと爽やかな風と共に私の前に現れたのは、超が付くほどの美男子だった。

 風になびくサラサラの金髪。声から男性だとわかるのだけど、髪の長さは背中あたりまで伸びていて、その美しい顔立ちも相まってどこか中性的な印象がある。

 服装もそれに合わせたようにスマートで、そして……その胸に輝くのはこの国のシンボルである太陽をモチーフとした『騎士団勲章』。この方が騎士団に所属しているという証である。


「きっ、ききききき……騎士様っ!?」


 え? そんなことってある? 偶然助けられた相手が騎士様で、しかも優しくて超絶美形……私の理想ピッタリだなんて!?

 あっ、そっか。そう、これは夢よね。夢に違いないわ。ちょっと確認してみよう。


「ちょっ、君! 何をしてるんだい!?」


 夢か現実か確認するために、自分の頬をつねっていると、騎士様は慌てて私の腕を掴んだ。

 あれ? 頬はただ痛いだけだし、腕を掴まれた感触もある。まさか、夢じゃないの?


「あ、いえ。夢かと思いまして……」

「――プッ、ハハハ! なんだい? 僕が幽霊か何かにでも見えたのかい?」

「その……こんなにカッコいい騎士様に出会えるだなんて、夢かなって思って……」


 あ、つい正直に言っちゃった。初対面の人に言うようなことじゃないのに。変な子だと思われないかな……?


「ふふ、お褒めいただき光栄だよ、お嬢さん。いやあ、久々に笑わせてもらったよ。僕はサイラス・クロフォード。君の見立て通り騎士団に所属しているよ」

「あっ、わた……私はアイリスでしゅ!」


 あーっ! 盛大に噛んだー! 恥ずかしー!

 でもサイラス様の笑った顔、癒されるぅー!


「アイリス。素敵な名前だね」

「あ、ありがとうございましゅ!」


 サイラス様はそう言いながら、私が自分でつねったせいでほんのりと赤くなった頬に触れる。

 何なのこの人!? いちいち所作が美しすぎるんだけど!? これが夢でなければ、私の理想が具現化した存在なの!? っていうかまた噛んだー!


「アイリス嬢。今後は気を付けるんだよ? あ、街中で魔法を使ったことは内緒にしておいてね。では、僕はこれで失礼するよ」


 ああっ、行ってしまう……! これは絶対運命的な出会いってやつよ! ここでそのまま別れたらもう二度と彼とは会えないかもしれない! 勇気を出すのよ、アイリス!


「あっ! あの……! サイラス様。今日のお礼をしたいので、後日またお会いできますか……?」


 言った……よく言ったわ私! ぐっじょぶ!


「……お礼? ああ、気にしないでいいよ。大したことはしていないんだから」


 あああー! 断られた泣きそう!

 謙虚! キングオブ謙虚! 謙虚なのは美点ではあるんだけど、ここは欲を出して欲しかった!


「でも……君に少し興味が湧いてきたよ。そうだな……お礼はいらないけど、今度少し話でもしようか。美味しいご飯でも食べながらね」


 ぱちりと片目を閉じながらそんなことを言うサイラス様。下げてから上げるやつーー! 効果は抜群だーー!


「はい! もちろんですっ!」


 当然、断る理由なんてない。私はその提案に二つ返事で承諾する。


「じゃあ、次の僕の休日……四日後のお昼に、僕たちが出会ったこの場所で待ち合わせしようか」

「は、はいっ! わかりました!」


 サイラス様は手を振りながら颯爽と立ち去ってしまった。ああ……後ろ姿も凛々しくていらっしゃる。

 その美しい後ろ姿を見送った後も、私はしばらくぼーっとその場に突っ立っていた。その間も胸の鼓動が鳴り止むことはなく、私にこの出会いが現実だったんだと教えてくれる。

 

「約束……しちゃった」


 まだ多少言葉を交わしただけなんだけど、長年追い求めてきた理想の騎士様と出会い、約束まで取りつけた。

 これって、奇跡みたい。夢を諦めかけてた時にこんな出会いを果たすだなんて、奇跡としか言えないよね。



「フンフフ~ン。ふふっ、リックったらまた怪我しちゃってぇ」


 そんなこんなでいつも通りの日常を送り、ついにサイラス様との約束の日の前日。今日も今日とてリックがまた治療を受けに来ていた。

 でも今の私は超幸せモード。無料の手当てだろうが笑顔でなんだってやってあげちゃう!


「はい、終ーわりっ! お疲れ様でーす!」

「……どうしたんだアイリス? いつにも増してだらしない顔して……変なものでも食ったか?」


 あれ、幸せオーラ出ちゃってたかな? さりげなく悪口言われた気がするけど、気分がいいので不問としてやろう。


「え、わかる? ちょっと良いことがあってね」

「……そうか。最近物騒な話を聞くから、あまり気を緩めるなよ」


 いや何があったか聞かんのかい!

 お母さんも私が浮かれているのに気付いてはいるみたいだけど、特に何も聞いてこないから誰かに喋りたかったんだけどな。

 ま、まだ一回会っただけだし、誰かに話すのはもっとサイラス様と仲良くなってからでいいか。というかリックにそんな話しても誰得って感じだしね。


「――――ふぁ……ふわーっくしょい!!」


 うぉい。急に近くで大きいくしゃみされたから、心臓止まるかと思ったよ。

 またいつものやつかな?


「もう……我慢するぐらいだったら、うち以外のとこで治療受けたらいいのに」

「あー……まあちょっと苦手なだけだから問題ない」


 ずびびと鼻をすすりながら、リックが何を苦手かと言っているかというと、(にお)いである。

 私は調薬のため、薬品に使う薬草をすり潰したり、時には(いぶ)したりと色々な手段で加工をしているのだ。

 調合する時なんかも色々な手順が必要となるので、その過程でどうしても薬草などの強い香りを放つ素材の臭いが服や髪、体などに染み着いてしまう。

 リックはこの臭いが苦手らしく、稀ではあるけど今のようにくしゃみをしてしまうようだった。

 扱う素材によって臭いも変わるので、どうにも苦手な臭いの種類があるのだと思う。


 しかしこれが年頃の乙女には結構きつい。家業のためとはいえ、臭いのせいで他人に嫌な顔をされることも一度や二度じゃなく、何度も挫けそうになったものだ。

 でも今は私が長年かけて開発した臭い消し効果のある香水があるので、出掛けるときなんかはそれを使っている。おかげで今は昔ほど気にする必要も無くなった。

 それでも今みたいに家の中では使ってないし、至近距離だと多少は臭うみたいなんだけどね。

 ちなみにお母さんは料理はできる割に、それ以外のことは不器用なので、この店に並ぶ薬の調薬はほぼほぼ私が担当している。


「はいはい、どうせ私は(くさ)い女ですよーだ! こんなのが幼馴染みで悪かったわね!」

「おい、そう怒るなよ。別に俺は――」


「アーちゃーん! ちょっと来てくれるー?」


 リックの言葉を遮るように、お母さんからお呼びがかかる。なんだろう、急病人でも来たのかな?


「はーい! ……ごめんねリック、私行かなきゃ」

「あ、ああ。邪魔したな。ソフィおばさんによろしく言っといてくれ」


 リックと別れ、お母さんの元へ行ったのだけど、急患とかではなかった。見るからにお金持ちそうなおじさんがたまたま立ち寄ったらしく、なんでも私の作った薬に興味を持ったらしい。

 その後しばらく作り方やらを色々聞かれて、私はそれに答えてただけだ。時々おじさんは驚いた様子で目を丸くしてたけど、私は何も特別なことはしてないし、大げさだと思うんだけどなあ。


 そんなこんなで夜になり、今日も平凡な一日が終わろうとしていた。

 早めの時間にベッドに入ったんだけど、明日のことを想うとドキドキして寝れそうにない。

 明日はお店のことはお母さんに頼んで一日お休みをもらったし、早起きして目一杯お洒落しなきゃいけないんだけどなあ。


 あ、そうだ。こんな時は何かを数えてると眠くなるって聞いたことあるわ。

 えーと何だったっけな……うーん。思い出せそうにない。

仕方なく一旦ベッドから出ると、あるものを準備し始める。


 眠れない時はこれ! パパラパーン! ハーブティー!

 もちろんただのハーブティーじゃございません。誘眠作用のある薬草を使ったハーブティーでござい。

 いやー、実家が薬屋でよかった。あ、もちろん効果は軽めのやつだから安心安全! 私のお墨付き!

 効きすぎて寝坊したら大変だもんね。


「ふぃー」


 ハーブティーを胃に流し込み一息。効き目が出るまで少し時間があるからあの本でも読んでようかな。

 パラリと表紙をめくりながら騎士様へと想いを馳せる。

 ずっと、ずーっと憧れてた騎士様。このままサイラス様と仲良くなっちゃって、ゆくゆくは結婚できちゃったり……?


「ムフフ!」


 あ、やっば。気持ちが昂りすぎてつい声が漏れちゃったけど、今のは気持ち悪いよね。サイラス様の前ではしっかりしないと……あれ、ちゃんとしなきゃって思うとワクワクより緊張の方が強くなってきた。

 どうしよう、急に不安になってきた。と言っても出来ることなんて明日への心構えぐらいしかないものね。

 私はできる子。私はできる子。私はで……あ――眠く……ムニャムニャ。



「ああああああああーーっ!」


 朝、目を覚ました私は絶叫する。

 何故かって? そう、寝坊である。それも盛大にだ。


「おかーさん! なんで起こしてくれなかったの!?」


 バタバタと準備をしながらも下で店番をしているお母さんに、大声で文句を垂れる。


「あらー? 今日はお休みでしょ? よく寝てたし、お休みの日に起こすのは悪いと思って……」


 そう言いながら、私の焦りっぷりを心配したお母さんは二階へと上がってきた。


「そうだったー! そりゃ起こさないよね! 文句言ってごめんねお母さん!」


 休みの日に我が子がすやすやと寝てればそりゃあそっとしておくよね。私が起こしてと頼んだわけでもないし、当然である。

 しかし現実は無情……! 日の登り具合から見てお昼までの残り時間は大体一時間……!

 具体的な待ち合わせ時間は話さなかったけど、サイラス様を待たせるわけにはいかないから、少し早めに到着していなければならないのよね。

 時間との勝負よ……! 頑張れ私!


「アーちゃんそんなに焦って、どこかへ出掛けるの?」

「うん。ちょっとご飯食べる約束があって」

「あらあら~。ついに少しは進展したのかしら」


 最後お母さんが小声で何か喋っていたけど、急いでてよく聞こえなかった。お母様、娘は今それどころではないのです。


「え? なに~!?」

「うふふ、何でもないわよ」


 お母さんが下へ戻りながら意味深な感じで微笑んでるけど、私には時間が残されていないのだ。そこで話を切り上げ、全身全霊を以て支度を進めることにした。

 まずは昨日のうちに決めておいた服に着替える。貴族様のパーティー会場にもギリ着ていけるぐらい気合いの入った私の一張羅だ。

 次に髪を櫛で()かす。これが最大の難関だ。髪質のせいか、朝起きると寝癖が尋常じゃない。

 しかもこいつときたらかなり頑固な寝癖で、これのせいで毎朝格闘している。私の一部なのだからもっと協力的になって欲しい。

 

「うおおおおっ! しゃらーぃ!」


 猛々しい雄叫びを上げながら、ようやく難敵を打ち倒す。よし、これで最低限身だしなみは整ったはず。最善を尽くせなかったのは悔やまれるけど、遅刻するよりはましよね。

 

「行ってきまーすっ!」


 急ぎのあまりお母さんとは顔も合わせずに、そのまま家の外へと飛び出す。

 おっと、焦ってはいけない。走ったりしたら汗をかいてしまうので、せっかく急いで支度したのが徒労に終わってしまう。

 すいすいー、とかつてない速さで歩き続けることしばし。私は約束の場所へと到着した。


「よーし、お昼ちょっと前ぐらいかな。ギリギリ間に合った……」


 幸い、まだ正午を知らせる鐘の音は鳴っていない。でもお昼時たからか、飲食店が多く立ち並ぶこの通りは人通りも多く賑わっていた。

 

「えーと、サイラス様と会ったのは確かこの辺だったよね」


 辺りを見回すけど、サイラス様の姿は見当たらない。よかった……私の方が早く到着できたみたい。

 サイラス様の貴重な時間を無駄にさせるわけにはいかないものね!


 ゴーン……ゴーン……


 鐘の音が響く。するとその音に驚いた鳥たちが一斉に羽ばたいた。

 その幻想的な光景に見とれて空を見上げる私の肩を、ちょんちょんと誰かにつつかれる。


「サッ、サイラス様!? こ、こんにちはっ!」


 振り向くとそこにはサイラス様の姿があった。ああ……今日も凛々しくていらっしゃる。


「……よかった。今日はこの間より綺麗になっていたから、別人かと思って焦っちゃったよ。遅くなってごめんね。待ったかい?」

「い、いえ! 今来たところです!」


 ひえー! お褒めの言葉頂きました! さらっと女性を立ててくださるだなんて、サイラス様ったらもー!

 

「それで、今日は何処へ連れていってくださるのですか?」


 そう言いながら私はサイラス様とお近づきになるべく、物理的にもぐいっと距離を詰めてみる。


「――――ああ、いい店を予約してあるんだ。まずはそこへ行こうか。案内するよ」


 あれ、ちょっと間があったけど……はっ! もしかして積極的すぎた? もしかしてお淑やかな方が好みなのかも……! 気を付けなくちゃ!

 いきなり馴れ馴れしかったことを反省し、すぐさま一歩引く私。

 そのまま私はサイラス様の三歩後ろへ付き、目的地へと歩きだしたのだった。

 

 三十分ぐらいは歩いたかな。結構歩いたけど、まだお店には着かないのかな?

 賑わいを見せる通りを過ぎて、私たちは気付けば閑静な住宅街……? っぽいところへと入っていった。

 昼間だというのに陽の光があまり当たらない場所。そして辺りには人っ子一人見当たらない。こんな静かな場所あったんだ。初めて来た……こんなところにお店なんてあるのかな?


「着いた。あそこだよ」


 サイラス様が指差した建物は、パッと見ではお店だとは気付かないだろう。それほどに外観が寂れていた。

 私はサイラス様に続いて恐る恐る建物の中へと入る。


「わぁ……!」


 いざ中へ入ってみると外観とは裏腹に、お店の内装は私みたいな庶民じゃ一生縁がないのではないかと思うぐらいに煌びやかだった。

 それはまるでお城の中の一室のようで、自分がお姫様になったような錯覚さえ覚えるほどだ。

 なるほど、知る人ぞ知る穴場ってやつね!


「素敵なお店ですね! サイラス様はここによく来られるのですか?」

「はは、穴場だろう? でもまあ、騎士と言えどそこまで頻繁には来れないよ。こういった特別な日だけさ」


 特別な日!? え、それって私と会うのをそれだけ楽しみにしてくれてたってこと!?

 ということはそれなりに期待しちゃっていいのかな!?

 

「さ、歩かせて悪かったね。疲れただろうから、好きな席に着いて。注文は僕に任せてもらっていいかな? もちろん、お金は心配しなくていいよ。今日は僕の奢りだ」

「本当ですか!? ……あ、いえ悪いですし自分の分は出しますよ?」

「気にしないでいいよ。僕が誘ったんだ、ここは僕の顔を立たせてくれないか? 君、いつものを頼むよ」

「は、はい……ありがとうございます!」


 サイラス様は近くの従業員に声を掛ける。注文を受けた男の人は、「かしこまりました」とお辞儀をして店の奥へと消えていった。

 サイラス様はあまり利用しないなんて謙遜してたけど、そうやって注文ができるってことはやっぱり常連なのよね。うーん、自慢せずに謙虚な感じがカッコいい!


 私たち以外にはお客さんもいなかったので、適当な空いている席に座る。料理を待っている間、私はサイラス様と他愛もない会話を楽しんでいた。

 と言っても、私がサイラス様のことをよく知りたくて、質問責めにしちゃってた気もするけど、大丈夫かな?


 ほどなくして料理がテーブルへと運ばれてきた。高級料理店のフルコースみたいに豪華な感じなのかと思ったけど、目の前に並べられたのは拍子抜けなことに、ごく一般的な料理店で出されるようなメニューだった。内装と料理とのギャップがすごい。

 と言っても、奢られる立場なので文句を言えるはずもなくに食事に手を付け始める。


「どうだい? なかなか美味しいだろう?」


 んー普通。正直に言えばお母さんの作ったご飯の方が美味しいまである。

 でもここはサイラス様の顔を立てねばと、思ってもないけど「はい、とっても満足です」と満面の笑みで返しておく。

 まあ、サイラス様と一緒の食事ってだけで私は十分に満足だから嘘はついていないよ。うん。


「ごちそうさまでした」


 私とサイラス様は食事を終え、一息つく。


「あー、いい香りですね」


 食後に運ばれたお茶の匂いを嗅ぐと、なんとも言えない甘い香りが鼻腔を蕩けさせる。

 あれ、甘い香りに混ざってどこかで嗅いだことあるような匂いが……まあ何でもいっか。


 ちびちびとお茶を(すす)りながら、サイラス様の顔をじっと見詰める。

 優雅な佇まい、そしてどことなく憂いを帯びた瞳が()えますわー。()えですわー。

 などと思いながらサイラス様を観察してたら、あることに気付いた。


「……あれ? サイラス様の分のお茶は無いのですか?」

「ん? ああ……僕は水で大丈夫だよ。それは君のために特別に用意したものだからね」

「そ、そうですか。……へへ、ありがとうございます」


 私のためにわざわざ用意してくださっただなんて、やっぱりお優しい方よね。

 私は照れを隠すように一口、二口とティーカップに口を付ける。なんだか顔が熱くなってきたけど、もしかしたら顔が赤くなっちゃってるかも。

 変に思われてなければいいな。


「さて、食事も終えたことだし、最後に良い場所へと案内するよ」


 お茶を飲み終えた頃、サイラス様がそんなことを言い出した。どうやらどこかへ連れていってくれるらしい。

 今日は食事だけて終わりかと思っていたけど、まだサイラス様と一緒に居られるとは想像してなかったので、嬉しい限りだ。


「本当ですか!? 嬉しいです!」

「すぐ近くだから気にしないで。さ、こっちだ」


 サイラス様は私の手を取り、ぐいぐいと引っ張っていく。あれ? お店の出口はこっちじゃないけど、何処へ行くんだろう?


「さ、サイラス様? 出口はこちらではないのですけど……」

「こっちに店の裏口があるんだ。そこから行けるんだよ」

 

 裏口の扉を開くと、そこは倉庫のような広く何もない場所だった。

 お店の外観と同様で、手入れが行き届いていないのが見て取れる。窓は少なく、手の届かないような高い位置に小窓が数個付いている程度だ。

 もともとこの辺りは日が当たらないのもあってか、室内には小窓から僅かな光が差し込んでいるだけで、まだ昼過ぎだというのに妙に薄暗かった。その暗さもあり、私の心に不安がよぎる。


「あの……サイラス様? ここは……?」

「ああ、良い場所だろう? ここなら誰にも邪魔されることはない。何をしても……ね」


 ぞくりと背筋が凍りつく。そう言って振り返ったサイラス様は、私が今までに見たことがない冷たい表情をしていたからだ。

 顔は笑っているのに目が笑ってない。そんな感じだ。


「サイラス様……? えと、これから綺麗な景色になったりするサプライズ的なやつ……とかですか?」

「フハッ! ハーッハッハッハ! こりゃ傑作だね! まだ何かを期待しているのかい? それじゃあ、これならわかるかな?」


 パチン、とサイラス様が指を鳴らす。すると、暗がりに人が居たらしく、影から複数の人影が姿を現した。それと同時に扉の閉まる音。次いで施錠の音。

 ん? 閉じ込められた……?


「さ、いくら頭が悪くてもここまでくれば、自分がどんな状況に置かれてるかわかるよな?」


 さっぱりわからん! わからんけど……とにかくヤバイ雰囲気なのはわかる。


「え、と……皆さんはサイラス様のお友達……とか?」

「ハッ、頭が弱そうだと思ってはいたけどここまでだとはね! いいよ、説明してあげるよ」


 あ、ご説明いただけるのですね。


「僕達は『宵闇の騎士団』。闇より生まれ、影の中で生きる者が集まる組織さ。ま、騎士団と言っても非正規の組織だから名前だけなんだけどね。活動資金を得るために色々と手広く活動させてもらってるよ。そう、例えば……その辺の頭の悪い女を捕まえて、国外の奴隷商人に売ったりとかね」

「宵闇の騎士団――奴隷!?」


 ここまで言われれば、私がどれだけ鈍感でも理解できた。ああ……そっか……私、騙されてたんだ。

 途端に頭が真っ白になる。暗闇から現れた人達の姿は『いかにも』って感じの男の人達ばかりで、今聞いた話が現実なんだと突きつけられる。

 

「そうそう、僕が正規の騎士団にも所属しているのは本当だよ。いやー、騎士ってのは便利な称号だよね。こうやって簡単に騙される女がいるんだから」

「――っ!」


 私は咄嗟にその場から立ち去ろうと、サイラス様……いえ、サイラスの傍らを離れる。

 薄暗い建物の中、必死で出口を探すもののどこにも出口は見当たらない。窓も私の届きそうな高さにはなかった。

 唯一の出口である扉は数人の男に守られているし、鍵を持っていない私には開けることはできない。

 ――万事休すってやつだ。


「おいおい、無駄な手間をかけさせるなよ。大人しくしてるんだな」


 コツコツと、足音が私へと近づいてくる。

 暗闇から近付くその姿が窓から差し込む僅かな光に照らされた時、私は息を飲んだ。


「ひっ……!」


 その容貌が私の憧れた騎士様とあまりにもかけ離れていたからだ。

 さっきまでの冷たい表情から一転して、醜悪と呼べるほどに歪みきっていたのだ。

 うっすらと歪な笑みを浮かべ、まるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。


「おいおい、そんな反応をするだなんてひどいなあ。君の大好きな騎士様だよ? さあ、大人しくこっちへ来るんだ、アーイーリースちゃん」

「やめて……私の騎士様はそんな顔はしないわ……! 私の騎士様を馬鹿にしないで!」


 すると、すっと無表情になったサイラスは早足に私の近くへと歩みよる。

 その急激な変化による恐怖のあまり、距離を取ろうとしたのだけど、急に足から力が抜けてしまったのだ。


「……あれ? キャッ!」


 足がもつれてそのまま床へと倒れ込んでしまう。予期せず倒れてしまったので、受け身も取れず体を強く床に打ち付けてしまった。

 立ち上がろうにも体にうまく力が入らない。私の体にいったい何が起こったのだろうか。


「ふん……やっと薬が効いてきたか。普通ならもう眠りこけていてもおかしくないんだが……最初から薬で眠っていれば痛い思いをしなくて済んだものを」


 薬……そうだ。さっき飲んだお茶に混ざってた香り……あれは私が昨日飲んだハーブティーと同じものだ。

 甘い匂いに紛れて気付きにくいのもあったけど、家で取り扱ってて何度も嗅いだことがある匂いなのに何で気付けなかったんだろう。

 強い匂いで隠しきれないほど強い濃度だったにも関わらずすぐに効き目が出なかったのは、多分だけど私にはある程度の耐性ができているのだと思う。……でも、眠っていた方がこんな現実を見ずにいられて幸せだったのかもしれない。


 思えば怪しいと思える点はいくらでもあったはず。なのに私はただ何も考えずに付いていくだけで、理想の騎士様を追いかけることに夢中になってた。気が緩みきっていたんだ。

 馬鹿だな、私……そりゃこんな目に遭ったって自業自得だよね。

 辺りに人気も無かったし、こんな場所じゃ誰も助けになんか来ない。体も力が入らない。……もう、どうしようもないんだ。


「しかし、素材は悪くないと思って誘ったのはいいが……こんな悪臭がする女だったとはな。これじゃあ商品価値はがた落ちだよ。それに近くにいたものだから食事を吐き戻しそうになってしまったよ。こんな奴だと知っていたらここへは連れてこなかった。なあそうだろう、お前たち!」

「――っ!」


 サイラスの言葉に、他の男たちも「違いない!」「こいつ下水道で暮らしてるのか!?」「いや、頭から灰をかぶってるから火葬場じゃないか?」などと言いながら腹を抱えて笑っていた。

 あっ……そうだ、今日は急いで支度したので、臭い消しの香水を使うのを完全に忘れていた。いつも出かける時は必ず使っていたのに。


 男たちのゲラゲラと笑う声を聞いて、この臭いのせいで心無い言葉を投げ掛けられた過去のトラウマが呼び起こされる。

 私は震える体を必死に抑えるけど、目から自然と涙が溢れる。怖い……嫌だ……なんでそんなひどいこと言うの……?


「――ゃ……嫌っ! いやーーっ!!」

「大人しくしてろって、言ってるだろ!」


 嗚咽する私へ向かって、サイラスは手を振り上げる。叩かれるのだと思って、私はぎゅっと目を閉じ身構えた。


 ――――その時。何かが割れるような大きな音がした。


「っ!? なんだ!? ぷべっ!」


 パラパラと石や硝子が崩れ落ちるる音、そして太陽の光を(まぶた)越しに感じた私は、ゆっくりと目を開ける。

 たくさんの光が入ってきたのは、建物の壁が壊されたからだった。小窓があった位置に大きな穴が空いている。

 そして、目の前にいたサイラスの姿は何処かへと消えており、その代わりに私の前に背を向けながら立っている人がいた。顔は見えなかったけど、私にはわかる。

 だってその後ろ姿は、何度も何度も見てきたものだったから。


「――――リック?」

「すまないアイリス。――遅くなった」


 息を切らした様子のリックは、横目で私の様子を確認すると、正面へ向き直る。


「――俺は自警団の者だ。これはお前らの仕業だな? 女性一人に寄ってたかって……暴行の現行犯だ、全員牢屋にぶち込んでやるから覚悟しろ」


 リックの派手な登場にざわつき始める男たち。

 逆に私はリックの姿を見て、安心したのか若干落ち着きを取り戻してきた。


「なんだお前は!? この時間、この場所には自警団の巡回は無いことは調査済みなのに!」

「自警団の一員、かつその人を殺してそうな鋭い目付き。……まさか、お前があの『狂犬』なのか!?」

「『狂犬』!? ってぇと物凄い暴れっぷりで、単独にも関わらずいくつもの組織を潰してきたっていう、あの『狂犬』か!? ……おい、本物だとしたらヤバいんじゃねぇか!?」


「――お喋りはそこまでだ。俺が誰であろうとお前らの罪は変わらねぇよ」


 リックってば有名人なの? 『きょうけん』ってなんだろう……? 強い剣?

 そんなことを考えていたら、遠くで物音がした。

 何だろうと不思議に思ってその方向を見ると、サイラスが瓦礫の中から立ち上がっていた。どうやらリックに吹っ飛ばされてたらしい。


「貴様……! よくも僕の美しい顔に傷を……! どうやってここを嗅ぎ付けたかは知らないが、僕ら宵闇の騎士団の邪魔をしたことを後悔させてやる……! おい、お前たち何をしている! 相手はたった一人だ、さっさと片付けてこい!」

「いや、サイラスさん……こいつは相手が悪いっすよ」

「黙れ! いいからさっさと行かないか!」


 飛ばされた衝撃で口の中を切ったのか、怒りに歯を食いしばったサイラスの口の端からは血が滴り落ちていた。頬も少し腫れている。結構吹っ飛ばされてたし、とても痛そうである。

 傷付けられたことに怒り心頭な彼に檄を飛ばされ、渋々ながらも取り巻きの男たちが命令に従い、リックと対峙する。


「リック! 私のことはいいから逃げて! このままじゃあなたまで……!」


 サイラスを除いても相手は七人いる。リックが助けに来てくれたのは嬉しかったけど、この状況じゃどう考えても勝ち目は無いと思う。

 一緒に逃げようにも、残念ながら私は立ち上がることすら満足に出来そうもない。

 私だけだったら奴隷商人に売られるみたいだし、死ぬことはないと思うけどリックは別だ。口封じに殺されるのが普通だろう。

 でも何故かリックは退く気はないようで、そのまま組織の連中と向かい合ったままでいた。

 

「こんな時でも他人の心配とは、お前らしいな。――でも心配するな、お前は必ず俺が守る」


 背を向けていたのでリックの顔は見えなかったけど、とても優しい声色だった。一体どんな顔をしていたのだろう。

 こんな状況なのに、変なことが気になってしまっていた。


「くっ、ええい! 一か八かだ! みんな、行くぞ!」

「おおっ!」


 男たちは一斉にリックへと襲いかかる。その手には刃物が握られていた。

 対するリックは腰に帯びていた木剣を手にする。ああ……やっぱり無謀だ。


 街中で武器を携帯するには国の許可が必要なんだけど、許可証の取得は一般市民にはまず無理だ。リックは自警団に所属しているので、殺傷能力の低い木剣のような武器の所持は許可されている。

 でも、相手は犯罪組織。許可なんて取らずに遠慮なく刃物を持ち歩いているのだろう。数でも有利、更には武器の優位性までもが完全に相手の方が上だった。

 

 その結果どうなるかは明白。私はリックが傷付く姿を見たくなくて、恐怖のあまり目をぎゅっと瞑っていた。


「ぐえっ!」「がはっ!」「ぐぁっ!」


 ……と身構えていたんだけど、蛙が踏み潰された時のような声がいくつも上がるのを不思議に思った私は、恐る恐る目を開いた。

 すると、倒れていたのはリックではなく、組織の男たちだった。泡を吹いて気絶している人もいれば、悶絶して(うずくま)ってる人もいた。

 ――え? 今の一瞬であの人数を……しかも刃物を持った人を倒したの……?


「くっ、役立たずの下っ端共が……! いいだろう、この僕が直々に相手をしてやるよ。覚悟しろ!」


 忌々しそうにそう言ってサイラスは剣を抜いた。その構えはさっきの男たちと違って様になっている。

 そう、犯罪組織に身を落としてるとはいえ、この人は正式な騎士なのだ。

 騎士であれば帯剣も許されているし、何より厳しい試験を突破するだけの実力があるはず。いくらリックが強いと言っても、さすがに騎士相手じゃ無謀だわ……!


「もういい……そんなドブ臭い女、こっちから願い下げだ! もう用はない! 後で口封じのため後で殺してやる……! その前に貴様だ! 貴様はただでは死なせないぞ! この僕を虚仮にしたことを後悔するまでじわじわとなぶり殺してやる!」

「――黙れよ。その口を二度と開くな。反吐が出る」

「ふん、この名剣デュランダルの錆となるがいい! くたばれっ!」


 ひゅん、という音と共に銀色の剣閃が煌めいた。

 サイラスの剣の一振りは、私なんかにはまったく見えないほど鋭かったけど、リックはそれを難なく躱した。

 当然、受けるという選択肢はないだろう。木剣で受けようものなら木剣ごと切り裂かれてしまう、私でもそう想像できるぐらいには様になった一撃だった。

 しかし二度、三度とサイラスは同じように鋭く剣を振るうも、どれもリックの体に掠りもしない。


「クソッ! この野郎ぉぉぉっ!」


 自信のあった攻撃が当たらないことに苛立ちを覚えたのか、私でもわかるぐらいに明らかに攻撃が大振りになっていた。


「はあっ!」

 

 その隙を逃すまいとリックの腕が消えたように見えるほど素早く振られた。

 そして甲高い音と共に、剣が宙を舞う。サイラスの手から剣が弾き飛ばされたのだ。やった! リックの勝ちだ……!


「――さあ、武器は奪った。大人しく降伏するんだな」

「くっ……」


 数歩後ろによろめきながらサイラスは悔しそうに俯くが、しゃがみこんでいた私にはその表情がうっすらと見えた。

 悔しがるどころか、にやりと笑っていたのだ。

 剣を失ったというのに余裕の表情をしているだなんて――まさか!?


「リック! 魔法を使うつもりよ、気を付けてっ!」

「――っ!」

「ハハハハハ! これで終わりだ! ――え?」


 私が叫んだのと同時に、リックはサイラスとの距離をあっという間に詰めていた。

 そしてサイラスが顔を上げた時には、リックの靴底が顔面へと迫っていたのだ。


「ぷげっ!」

 

 謎の奇声を上げ、きりもみ回転しながら吹っ飛ばされるサイラス。

 そのまま壁に激突し、その後彼がすぐに立ち上がることは無かった。多分気を失っているのだろう。


 その様子を見て、助かったんだなと思った瞬間、緊張が解けて体から急に力が抜けてきた。

 

「アイリス! 大丈夫か!?」


 リックは私の元へと駆け寄り、倒れそうな私を抱きとめてくれた。そして、私はというと完全に力が抜けてしまい、リックの腕に完全に体重を預けていた。


「リック……助けに来てくれてありがとう。でもどうしてここに?」


 こんな街外れの人気(ひとけ)の無い場所、そうそう訪れるものではない。

 それなのに、どういうわけかリックは来てくれた。純粋に気になったので直接聞いてみる。


「別に……巡回してた時に悲鳴が聞こえたから来ただけだ。仕事のうちだ」


 ――嘘だ。

 

 リックのいつもの癖が出ている。片手で私を支えて、もう片方の空いた方の手で鼻の頭をぽりぽりと掻く。目線も合わない。リックが嘘を吐く時の癖だ。

 ここへ来たばかりの時、リックは息を切らしていた。そこら中を駆け回って探してくれていたんだろうか?

 だとしたら、嘘を吐く必要があるんだろうか。

 私に言えないような理由なのだろうか。……そう思うと、なんだか少し悲しくなってきた。


「……それにしても、リックって凄い強かったんだね。私、知らなかった」


 悲しい気持ちを紛らわすために、話題を逸らす。


「まあ……仕事柄鍛えておくのは当然――いや、俺のことよりお前は大丈夫なのか? 怪我はないか? 何かされなかったか?」

「あ、うん……大したことじゃ……」


 鼻の頭を掻くのは変わらなかったけど、今度はちゃんと私の目を見ながらリックは答えてくれた。

 半分本当で半分嘘ってことなのかな……?


 リックに心配されたのがきっかけで、さっきの一味とのやり取りが鮮明に頭に浮かぶ。

 騙されたこと、暴力を振るわれそうになったこと、薬を盛られたこと。そして私の容姿や、体に染み付いた臭いについて酷いことも言われた。


 騙されたのは自分の浅慮さが原因でもある。体臭などに関しても、香水を使うのを忘れていたのが原因だと言えばそれまでなんだけど、私が今の生活を続ける限り切り離すことができない問題なのだ。


 とっくの昔にこのトラウマを克服したと思っていたんだけど……やっぱり面と向かって悪く言われると、心臓が締め付けれるように痛い。

 それも、見た目だけだったとはいえ、私が憧れていた騎士様の口から出た言葉だ。現実は非情だった。夢に裏切られたような気分だ。


 気付けば、目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。


「アイリス……?」

「ねえリック……私ってやっぱり魅力ないのかな?」


 元々自分に自信なんてなかったけど、今回の一件で自分という人間の価値の無さを突きつけられたような気がしてならない。

 リックに対して変なことを聞いちゃうくらいには、私の気持ちは落ち込んでいた。


 急に泣き出し、嗚咽を漏らす私に戸惑った様子のリックだったけど、私の真剣な声色を察してか、真っ直ぐに私の瞳を覗き込む。


「――あいつらに何を言われたかは知らない。でもな、俺はアイリスの寝起きだとぼさぼさになる髪も、いつも元気なお前らしく愛嬌があっていいと思うし、髪や瞳の色だって派手な色よりかは、お前みたいな落ち着いた色の方が、安らぎを感じられて俺は好きだ。

 ……つまり、その……だな。お前が理想とするような煌びやかさはないかもしれないが、お前にはお前の良さがあるんだ。だからもっと自分に自信を持てよ。な?」


 ――今度は、嘘じゃない。


 リックは普段言い慣れない歯の浮くような台詞が恥ずかしかったのか、頬を赤く染めながらも真っ直ぐに私の目を見つめながらそう言った。

 いつもの癖が出ていないことから、その言葉が本心からであるのが私にはわかった。


「でも……臭いのせいで私と一緒に食事をするのも嫌だって……!」

「何言ってるんだ。お前に薬草やらの臭いが染み付いてしまったのは、小さい頃から家業の手伝いをしているからだろう? 子供の頃からあんな難しい仕事をするなんて誰にも出来ることじゃない。もっと誇りを持て。

 それに、お前のことを知っていればそんな心の無い言葉を言う筈がない。そうだろう? 思い出してみろ。俺や、ソフィおばさん、常連の客、近所の住人たち……お前をよく知る人たちは毎日アイリスが頑張ってることを知ってるんだ。みんなお前に普通に接してるだろ?」

「あ……」


 リックは薬草の香りを苦手そうにしていたけど、『嫌い』だとか『臭い』みたいなことは一度たりとも言わなかった。

 リックや付き合いの長い人たちにとっては、私に染み付いた臭いなんて些細なことなんだろう。


 そう言えばあの人……サイラスとの食事の後の会話では、私ばっかりが話しかけていて、私がどんな仕事をしているだとか、どんな趣味があるかだとかは一切聞かれなかった。

 最初から私自身には全く興味が無かったんだろう。あくまで商品としてしか私を見てなかったんだ。

 

「それでも、お前のことを知っても蔑む奴らがいたら俺に言え。相手が誰であろうと俺がぶっ飛ばしてやるからよ。そのために俺は鍛えて……あ、いやなんでも――」

「うぁーん! リッグゥ~! ありがどねぇ~!」


 リックに言われたことが嬉しくて、悲しくて流れていた涙が、嬉し涙に変わった。

 その勢いでリックに抱きついてえんえんと子供みたいに泣いているうちに、薬が効いてきたのか急に眠気が襲ってきた。


「いつもの調子に戻ったな。それでこそアイリスだ」


 そう言ってリックは笑いながら私の頭を撫でる。

 リックのこんな優しい顔初めて見たかも……いつもこんな顔してれば怖がられることもないのに。

 ……あ、だめだ。頭撫でられたのが心地よすぎてもう起きてられない――――





「んぁ~……ん? 朝……?」


 ゆっくりと体を起こし、寝ぼけ眼を擦ると、見慣れた部屋が目に入る。カーテンの隙間から差し込む朝日と鳥のさえずりから、自分の部屋でいつも通りの朝を迎えたのだと理解する。


「あれ……? 夢、だったのかな?」


 いつも通りすぎる日常の風景のせいで、さっきまで見ていたのは夢じゃないかと思ってしまう。

 でも、僅かに感じる体の痛みが、あの出来事が現実だったのだと教えてくれる。


「夢……じゃない。て、ことは……」


 昨日の出来事を思い出して、私の顔は真っ赤に染まってしまった。

 いや、だってちょっと精神的に弱っていたとはいえですよ。

 あんなふうにリックに抱きついて泣きわめいて、色々慰めてもらって……次に会うときどんな顔して会えばいいの!?

 恥ずかしすぎるんですけど!


「もー、やだー! ……こうなったら神に祈るしかないわね! ああ、神様どうか時間を戻してください! できれば一週間ぐらい前に!」


 当然私の祈りは神様には届くはずもなく、無情にも時は過ぎていく。神様のケチ。

 

 などと私欲にまみれた祈りを捧げていたところ、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「アーちゃん、起きたの~? 開けるわよ~?」

「あ、はーい」


 お母さんの声だ。昨日からずっと眠ってたみたいだし、心配かけちゃったかな?

 がちゃりと扉が開かれ、お母さんが部屋の中に入ってくる。……と、そこまではよかったんだけど、予想外の人物が続けて部屋に入ってきた。


「リ……リック!? な、ななななんで!?」


 お母さんと一緒にリックも私の部屋に入ってきたのだ。ヤバいヤバい! 昨日はお風呂も入ってないし、寝癖もついてる。

 こんな姿見せられない――――あれ? なんで私リックに対して見映えを気にしてるんだろう。部屋に入れるのだって初めてじゃないし、朝起こしに来てくれたことだってあったのに。

 なんていうか、今までは家族に近い感覚で接してたんだけど……私どうちゃったんだろう。


「もう、アーちゃんたら。リッ君が昨日眠っちゃったアーちゃんを家へ運んでくれたのよ? 今日だって心配して朝早くから様子を見に来てくれたんだから」

「おう、アイリス。調子はどうだ?」


 リックの声を聞いた瞬間、顔が赤くなるのを自覚した。

 何度も顔を合わせているし、声だっていつも聞いてるのに……どうしてだろう。やっぱり昨日のことを思い出して恥ずかしくなっちゃってるのかな?


「あ、うん……大丈夫。心配してくれてありがとうね、リック」

「お、おう……」


 心なしかリックも少し頬を赤らめていた。あれ、私何か変なこと言ったかな……?

 

「あら? あらあら? お母さん、もしかしてお邪魔だったかしら? それじゃ、後はお二人でごゆっくり~」

「お母さん!? ちょ……!」


 お母さんは私とリックとの間に流れる微妙な空気を察してか、すたこらと下へと戻って行った。

 いや、できればここにいて欲しかった……! 私だってこんなの初めてだし、どうすればいいかわからないんだよ!?


「まあ……その、なんだ。朝早く押し掛けて悪かったな。とりあえず昨日の連中は、あの後駆けつけた本物の騎士団に引き渡した。相応の罰が下されるだろうぜ」

「そっか、それを言うために来てくれたの?」

「ああ、それとアイリスの様子を見にな。その様子ならもう大丈夫みたいだし、今日はもう帰るとするよ」

「あっ、ちょっと待って……!」


 寝起きの私に気を利かせてくれたのか、二人きりになるや否やリックは踵を返そうと後ろへ振り返るが、特に理由もなく咄嗟に呼び止めてしまった。

 恥ずかしさでいたたまれない雰囲気ではあったけど、別にリックに帰って欲しいわけじゃない。

 いや、むしろもう少し居て欲しいとすら思っていた。


「……? どうかしたのか?」

「あ、うん。えと……改めてお礼をしなきゃと思って。……ありがとね、リック」

「……バーカ。礼なんていらねぇよ。お前は昔から騎士様、騎士様って言って周りが見えなくなるとこがあるからな。危なっかしくて目が離せないんだよ。これに懲りたら少しは大人しくしてろよ?」

「……うん。心配かけてごめんね。今度からは気を付ける」

 

 相変わらず小馬鹿にしたような物言いなので、普段なら言い返してやるところだけど、今回は完全に私が悪かったので素直に謝っておく。

 すると、私の反応が意外だったのか、リックは少し戸惑った様子だった。


「お、おう。わかったならいいけどよ。……いや、なんか今日はやけにかわ…………素直だし、もしかしてあの時頭でも打ったのか?」

「――もう! 私だって反省してるんだから、茶化さないでよ!」

「ははは、それだけ元気だったら大丈夫そうだな。……でもまあ、今日ぐらいはゆっくりと休めよ? それじゃあまたな、アイリス」


 言うだけ言ってリックは部屋を去っていった。

 そんなリックの後ろ姿を見送った後、ぼーっとしている頭の中にふと本の騎士様の言葉が頭に浮かんだ。


 それは、騎士に憧れた少年への言葉だ。


『人は誰だって騎士たり得る。本物の騎士とは、身分や見た目で決まるものではない。大切な何かを守りたいと思う気持ち、高潔なるその心と行動が伴っていれば、いつかその者は騎士と呼ばれるだろう。そう、大切なのは心なのだ』


 ……本当にその通りだ。今回の件で痛感した。

 穴があくほど読み込んだ本なのに、本当に大切なことなのに、なんで忘れていたのだろう。

 今まで私は見た目や、騎士という称号に必要以上に囚われていたんだと思う。

 私の憧れた騎士様の本当の魅力は、端麗な容姿でも立派な称号でもない。その騎士道精神なのだ。


 なのに私ときたら、見た目に騙されて舞い上がって、たくさん迷惑をかけて……大事なことを見落としていた。そんな自分が恥ずかしい。


 でも、こんな目にあったからこそ気付いたこともある。

 ピンチに駆けつけてくれて、落ち込んだ時傍にいてくれて、沈んだ心を掬い上げてくれた人。私だけの騎士様。

 今までは傍にいてくれるのが当たり前のように思っていたけど、それはきっと特別で幸せな事だったんだなと、今ならわかる。


 そうとわかれば、これからはもっと彼のことをきちんと見て、聞いて、話して……もっともっと深く知っていきたい。


「覚悟しなさいよね。お節介な私の幼馴染み君(騎士様)……!」


 芽生えたばかりの、恋心と共に――――

ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めて書くジャンルだったのですがいかがでしたでしょうか?


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