4 ボクはざまぁを決められる!
というわけで第4話です。
「殿下。私がテレーズ嬢を階段から突き飛ばしたという証言をとって来たのは誰ですか?」
「それは――」
ボクは言いかけて、踏みとどまった。
名前を言うわけにはいかない。
ボクはこれでも王子だ。高貴な王族なのだ。
腹心の友ギルデンスターンは、ボクとテレーズのために、あえて偽証をしてくれたにちがいない!
自分の身を危険にさらしてまで! なんというとうとみあふれた友情!
そんな友を売るようなことはできぬ! 断じて否!
ボクは懸命に脚の震えをおさえ、いい感じで前髪をかきあげて高貴さを示しつつ、
「……ボクが言い出したんだ。お前の罪を示す証拠をもってこいと! ボクが!」
「違います! わたしが! わたしがいやがらせをされてるのは、ゲルドリング伯爵令嬢の指図に違いないと言ったんです!」
「なにを言うんだ! 君はボクが婚約破棄をすると言い出したときにも必死に止めてくれたじゃないか!」
「いえ、わたしが身を引きさえすれば良かったんです! そうすればこんなことには――」
「テレーズ! それは違う!
君が身を引こうとした時に、必死に引き留めたのはボクだ!」
このままではテレーズまで巻き込んでしまうじゃないか!
「殿下とテレーズ嬢の意志でないのは判っております。
ギルデンスターンですね」
「ちが――」
「庇っても無駄です。調べはついておりますから。
ああそれから。
彼が殿下の弟君であるローゼンクランツ殿下とつながっていることはご存じでしたか?」
「なっっ!? 何を言うんだ! そんなはずはない!」
「ギルデンスターンは、ローゼンクランツ殿下の部屋に足繁く通っているところや、
離宮の庭の離れで、殿下とあなたの他のご友人達と何度も密談をしているのを目撃されているのですよ。
それからテレーズ嬢を脅したならずもの達も彼が雇った者たちでした」
「う、うそだ! なにかのまちがいでござるぅ!
ギルデンスターン! ギルデンスターン! こいつに何か言ってやれ!」
ボクは無二の親友、忠実な友、未来の宰相、ギルデンスターンを呼んだ。
だけど、なんの反応もない。
いない。ここにはいない。
なぜ君はいないのだっ!?
「彼はローゼンクランツ殿下と共におりますよ。確認済みです」
「そ、そんな……」
ガラガラどーん!
心の中で足元がくずれたような音がした。
彼のことを思い浮かべる。いつもボクをはげましてくれた彼を。
あの忠義、あの献身、あの励ましはなんだったのだ?
いい笑顔だったのに! ボクほどじゃないけどイケメンだったのに!
「殿下、少しだけでも考えてみて下さい。
彼は私が学園にいない事を知っていた。知っていたのに私がテレーズ嬢を突き飛ばしたという証言を作成した。
私を陥れる気なら、私の取り巻きとやらが全てをやったという筋書きにするはずです。ちがいますか?」
ちがってほしいが、ちがわない。
いくら考えるのが不得意なボクでもこれだけ説明されれば判りたくないけど判ってしまう。
ギルデンスターンは宰相の息子。宮中の事にも通じている。
このメガネがボクの代わりに書類を処理していたことも知っていたはず。
まさか、いや、そんな、でも、だって、うわぁぁぁぁぁ。
「そ、それはきっと勘違いです! ギルデンスターン様は、殿下とわたしをいつも励まして応援してくれて――」
「励ます、いい言葉ですね。ですが叱るべき時に叱らず、忠言するべき時に甘言を弄するのは正しくはありません。
殿下。彼は一度でも殿下をいさめるようなことを言いましたか?
婚約破棄にも真っ先に賛成したのではないですか?」
「それは……」
確かに、ギルデンスターンはいつも側にいて励まして賛成してくれた。
だけど一度としていさめてはくれなかった。
そりゃボクだってそんな言葉は不愉快なだけだったろうけど。
それでもいさめてくれたのは、テレーズと……ボクが追い出したグスタフだけだった。
「それにです。証言をした令嬢達も、私が滅多に学園に顔を出していないことを知っていたはずです。
なのになぜ、私が学園で命令したと言ったのでしょうね?」
テレーズが震える唇から声をしぼりだした。
「もしかして……言わされた……と言うことですか……?」
「その通りです。殿下とテレーズ嬢はローゼンクランツ殿下に陥れられたのです」
「ボクは……」
親友だと思っていた。
弟だって、仲はとりたててよくないけど、こんなことをする人間とは思っていなかった。
裏切られてたんだ。
ボクを裏切ったんだ……。
「こういう展開となれば、私としては自分の身を守るため反論せざるを得ません。
殿下を守るために身を引こうと考えるほど愛も情も感じてもおりませんから」
いつのまにか座り込んでしまったボクを、分厚いメガネの冷たい光が見下ろしている。
「仮に私が反論しなかったとしても、
殿下は、ギルデンスターンをはじめとする忠実な友らによって、
王太子の地位を暈に着て無理矢理偽証をするように脅されたと証言され、完膚なきまでに叩きのめされ。
全てを失う結果になったでしょう」
「テレーズはっ、テレーズはどうなるんだ!」
「王族をたぶらかした淫婦として、反逆罪で火あぶりか車裂き。
平民なので実家の爵位を返上して平民に落とすという罪は無理ですから、
実家は財産没収一族全員奴隷落ちといったところですか。
ただローゼンクランツ殿下は少々サディストですから、
一命を助ける代わりに娼館に売り飛ばすという展開もありかと」
「そんなっ、お父様とお母様お兄様までっ」
誰がテレーズをそんな目に!?
ボクか!! ボクのせいなのかっ!
テレーズはいきなりメガネ、いやマリアンヌの前に跪くと、
「わたしはそれでも構いません! 殿下をお止めできなかったのですから!
ですが、殿下はわたしにそそのかされただけで罪はありません!
それに家族は何も知らないんです!」
「テレーズ! 何を言うんだ! ボクが悪いんだ!
ボクがテレーズとグスタフの言うことを聞いていればこんなことには!」
「殿下は悪くないんですわたしが!」
「ボクが!」
ううっ。涙で前が見えない。
なんていい子を巻き込んでしまったんだっ。
王子の誇りにかけても、彼女だけは助けなければ。
だが、マリアンヌは冷たく光るメガネでボクらを見下ろすばかり、
「大法典に定めるところですから、如何ともしがたいですね。
殿下は廃嫡ののち反逆罪で公開斬首の確率が高いです。
ただし、ローゼンクランツ殿下はサディストなので、
北の鉱山で最下層の抗夫として働き、我が家への違約金を払わせるという選択もありうるでしょう。
ただ、その場合、早晩、事故で命をおとすというところでしょうか」
「ボクの、ボクの友らは……」
「謀議の一味であるギルデンスターンとその仲間は、
ローゼンクランツ殿下の側近にしてもらえるでしょう。
ただし、殿下は限定条件つきながら賢いので、重要な腹心にはしてもらえないでしょうね」
もしかしたらボクはバカなのか。
信じてはいけない相手を信じ。
ボクに嫌われるのを覚悟で忠告してくれた男を裏切り者扱いして追放。
しかも、テレーズみたいな心のきれいな人まで破滅させて。
どうしたらいいんだっ!?
「そして私は、王太子となったローゼンクランツ殿下に求婚され、
そのまま王太子妃になる予定らしいです。
少なくともローゼンクランツ殿下にとっては確定事項かと」
「なぜだ! なぜそんなことが確信できる!」
こんな灰色幽霊メガネなのに!? ボクが弟ならこんなの願い下げだぞ!
こういう趣味なのかっ。
「家柄能力からして、王太子妃にふさわしいのは私しかおりません」
「弟にだって真実の愛の相手がいるかもしれないじゃないか」
「それが私らしいですから。少なくともそういうフリをしていらっしゃいます」
「「え」」
びっくり。
「私は婚約前からローゼンクランツ殿下に言い寄られてましたから」
「なぬぅっっ!?」
「婚約が決まったあとも、たまに気色悪いねばつく視線で私の姿を見ていたこともありましたっけ」
あいつ、あんな美形なのに、趣味は悪いのか……。
なぜだ弟よ!
「愛情でもなんでもなく、目当ては私の家柄だけでしょうけどね。
あと、兄の不品行で傷を負った私を娶れば、評判もあがりますし。
仮に真実の愛とやらのお相手がいても、側室にすればいいだけですから」
いやそれ多分ちがうから!
あいつ、本当にお前のこと好きだから!
兄弟だから判るぞ! あいつがそんな目で見る相手いないから!
「お二方とも、事態の深刻さを判っていただけましたか?」
予告!
裏切りと陰謀にボクらは追い詰められる!
庶民が大好きな劇のように、ボクらは『ざまぁ』されてしまうのか!?
そして劇の展開通りだと、
ボクとテレーズは、罪を逃れたい一心で罵り合い裏切りあってしまうのか!?
やだー、そんなのやだよー。
第五話『ボクと彼女は土下座する!』
ど、土下座ぁ!? やっぱり『ざまあ』されてしまうんだぁ! イヤダイヤダイヤだー。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。