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転生管理士  作者:
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1話-②

12時。約束の時間どおりに、予約していたお客さんがやってきた。


「こんにちは。12時に予約していたアスヤンですが…」


アスヤンというその女性は、少し戸惑った様子で僕たちに呼びかけた。他の次元に来るのは初めてなのだろう。


「お待ちしておりました。転生管理士の丸山です。本日はよろしくお願いいたします」


来客を打ち合わせ室に招き入れ、丸山さんが話をはじめる。


「さっそくですが、アスヤンさんはどのような世界を成立させたいとお考えですか」

「それが、まだ右も左も分からない状態でして… 皆とのんびり暮らせればいいと思っているんですけど、主人公の方が一般に何を望んでいるのかもいまいち分からないんです…」

「主人公は召喚しますか、それとも選定ですか」

「召喚にするつもりです」

「環境とか、慣習といった基本的な事項はもう決めていらっしゃいますか?」

「はい、考えてます」

「そうですかぁ。学校や会社といった要素は想定していますか」

「えーっと、たしか均質的な人間形成を志向しているやつですよね。ああいうのじゃなくてもう少しゆったりした世界にしたいです…」


ずいぶん大雑把なことしか考えていないんだな、と感じたが、丸山さんは特に気にせずに話を続ける。


「わかりました。では、主人公についてお話しします。召喚ということですので他の次元から、ということになりますが、基本的に主人公のいる社会は、学校の成績や身体測定、社会人であれば給料の多寡など、あらゆる場面で数値による評価を行っているんですね。数字が高かったり大きかったりする事がよいこととされ、人々も数値化されることを受け入れています。もはやそれ以外の評価に魅力を感じなくなっているともいえるでしょう。このような状況ですから、社会は数値の低いものは劣っているとみなすようになっています。つまり、数値と人間の価値が同一視されてしまっているわけです。これは社会を合理的に動かすことができる一方で、人々の精神に負担をかけることになります。主人公はゆえに、数値からもたらされる不安を脱却するため、反動として飛び抜けた値を求める傾向が見られるんです」

「認められたいという気持ちが自然な欲求として人々の中にあって、承認の達成手段として数値が使われている、という感じですか」

「そうですね。なので、主人公の安楽のためには定量的な高評価がとても重要になってきます」

「どんな手法がいいと思いますか?」

「やはり、ステータスやレベルといったものが無難ですね。極端な能力や値を設定しやすいですし、比較が容易になりますから」

「そうなんですねぇ。勉強になります」


続いて、話題はより具体的な世界像に移っていく。


「アスヤンさんや同次元の方々はのどかな暮らしを求めているんですよね」

「はい」

「となると、世界に「脅威」を設定すると良いかもしれません」

「どういうことですか?」

「数値による価値付けというのは、比較することがその前提になっていると思いませんか」

「あー… いわれてみればそんな気がしなくもないです」

「比較、ということは当然、比較対象が必要になってきます。数値を評価軸とする主人公の安楽には、直接的あるいは間接的にそれを比べる相手が求められるんです。ここで、その矛先があなた方に向いた場合、どのような事態の発生が予想されますか」

「そうですね… かなり競争に参加することが求められそうです」

「ええ、周囲がそれに無関心なのにもかかわらず主人公だけが地位を誇っている、というのはちょっと異常ですから、人々も数値に重きを置いておく必要があります。ですが競争に巻き込まれるというのは、おおよそのどかな暮らしとは程遠い状況ではないでしょうか。そういうわけで、外的な脅威にその役目を担ってもらおうというのがこの話の意図です」

「…確かにそうかもしれません。ただ、脅威の設定というのもまたのどかではなさそうですよ」

「脅威と人間社会の峻別を図ることができます。例えばダンジョンを作ってそれらを地下に配置する、とか」

「ああ、あとは主人公やその一行に脅威を解決してもらう、という構造の世界ですか」

「その通りです」


世界の方向性が決まってきたようだ。アスヤンさんは熱心にメモを取り続ける。


「話をまとめると、主人公を招くには能力を数値化する必要があって、さらにのんびりした世界にしたい場合は、「身代わりの競争相手」として外部の脅威を設定するのも一つの手だ、ということになります。その場合は危険を取り除く役割の人間を配備し、主人公はその中でもとりわけ力のある存在という地位につかせるのが定石です。あとは必要に応じて、主人公を賞賛したり、祝福するなどして適宜肯定すると良いでしょう」

「参考になります。外部の脅威というのは必ずしも異形の生物等にする要請があるわけではないんですね」

「はい。あなた方の次元において自由に想像すると良いかと思います。次元の誰かが裏で統制しておくということもいいかもしれません」

「わかりました。本日は色々とありがとうございました!」


雑談とお茶を少し楽しんだ後、アスヤンさんは事務所を後にした。細かい要素については同次元の方達ともう少し検討するそうだ。


「…お疲れ様です」

「お疲れ様。どうだった?」

「興味深かったです。結構ふんわりした状態で始める次元もあるんですね」

「そうなんだよー。私はあまり想像力がないから、似たような提案しかできなくて申し訳ないよ」

「まあ丸投げするなら、雛形ではじめることになってもしょうがないですね」

「でもこの間ね。皆が皆強者になりたいって次元の相談を受けたのさ。で、私は主人公を置いてけぼりにしないようにって話くらいしかできなかったの。そしたらその世界、始まったとたんに皆が強すぎてぶっ壊れちゃってね。1から全部作り直すことになってたよ」

「それは… 主人公の方はどうされたんですか」

「別の人に選び直されることになった」

「…そうですか」


すさまじい話に顔が引きつったが、こうした問題のある世界の現地調査も事務所では対応することになっている。一人前になれるように精進しなければ。

……


1時を少し過ぎていたので、昼食をとることになった。丸山さんは割とおしゃべりな方のようで、沈黙が部屋に横たわる時間が少ない。食後、丸山さんが少しお昼寝をするということなので、その間に業務内容に関する書類を読むことにした。20分ほどした後、彼女は仮眠室から戻ってきた。


「さて森嶋君。今度はさっきのお客さんのとは別の世界を始める手伝いをするんだけど、大丈夫そう?」


初日からいろいろ仕事を見ることができるのは大変ありがたい。二つ返事で了承した。


「大丈夫です。何かお手伝いしましょうか?見ていた方がよければそうしますが」

「それなら、車の運転をしてもらおうかな。必要になったら合図するよ」

「わかりました」


事務所を出てすぐの駐車場に停めてあった車に乗り、通りへ出て少し走らせる。丸山さんはしきりに辺りを見渡しながら何かを探していた。


「お、見つけた」


そう言って彼女が指差す方向の先には、少しやつれた顔をした黒髪の男が立っていた。

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