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30歳の歳の差婚  作者: 山下 忍
1/3

愛は年齢を飛び越える

 1:二人の出会い


  心は大学四年生。今日からは教育実習だ。大学の附属中学で理科を教えることになっている。朝早いのは苦手だから、友達にアパートの呼び鈴を押してもらうように頼んであった。


 教育実習はこれで二回目だった。一回目は母校でやった。関東にある母校の中学生は附属中学の生徒と違って扱いやすかった。教える内容もそこまで難しくはない。でも、附属中学の場合、かなりレベルが高い。心は友達からそう聞いていたのでやりにくさを感じていた。


「朝は電車とバスを乗り継いで行ってください。JRの駅から歩くと30分以上かかります。決して車では行かないでください」事前の説明会で大学からそう言われていた。この時期は駅から歩く教育実習生がたくさんいるから、みんなで歩けばいいかな、と思っていた。


 実習の前の晩にバイトが入った。次の日から教育実習だから止めておこうかと迷ったが少しでもお金があったほうがいいと思って遅くまで働いた。


 それが失敗だった。気がついたらもう始発の時間になっていた。間に合わない。慌てて着替えて車に乗った。多分、附属中学近くに駐車場があるだろう。初日から遅刻じゃ大変と思って附属中学へ向かった。


 朝は渋滞がひどくなかなか前へ進まない。ナビで裏道を探し五分前にやっと附属中学へ着いた。でも、駐車場が見つからない。どうしようもなくて心は近くのマンションの駐車場へ車を停めて附属中学へ走った。


 初日から遅刻ギリギリで教育実習生のいる控え室へ入るともうみんなしっかり準備をして待っていた。すぐに全体指導があり、朝の打ち合わせで職員室で挨拶をすることになっていた。幸い、心は代表挨拶には選ばれておらずみんなに合わせてお辞儀をするだけで良かった。


 初日は授業参観。心と同じ理科の実習生はいなかった。だから、音楽の実習生といっしょに行動した。思ったより附属中学の生徒は素直に見えた。英語が得意な心は英語の実習生の授業も参観した。オーラルコミュニケーションの授業の時は心も参加し生徒たちと楽しく会話した。


 夕方になり、実習日誌を担当教諭に提出し校門を出るとダッシュで車のある駐車場へ向かった。着いてみるとやっぱり「無断駐車禁止」と貼り紙がされていて、警察が来ていた。


 マンションの駐車場に勝手に停めてはだめだろうと言われて心はひたすら謝り、事情を説明した。駐車場の持ち主は真っ赤な顔で怒っていた。警察官もなだめるがなかなか許してくれない。そこへ、50過ぎの男性がやって来た。それが優だった。


 優は心が無断駐車したスペースの隣に自分の車を停めていた。優しく穏やかな優に許してやってくださいと言われて駐車場の持ち主も仕方なく心を許した。


「それにしても随分ムチャだね」

「すみません。本当に急いでいて。

 あの、ありがとうございました 」

「まあ、気持ちはわかるから」

「明日はもうしません」

「そうだね、そのほうがいいね」

 これが二人の初めての出会いだった。


  2:引き寄せ合う二人


 優は公立学校に勤める教師だった。間もなく勤続30年になる。最近、教師を辞めようかと悩んでいた。何か不満があるわけではない。ただ、自分の人生がこのまま終わっていいのかという疑問を常に抱いていた。二人の子供は既に成人して就職している。別れた妻とは別れる前より仲良くやっている。


 高校教師をやって来ていろんな子達を見てきた。優がいつも思うことはこの子達が幸せであって欲しい、それだけだ。経済的に恵まれなくて進学を断念したり、望まない就職をしたりという話を聞くたびに胸が締め付けられる想いだった。


 彼には夢がある。大学生を始め、若い世代を経済的に支援する奨学金を集め、多くの学生をサポートして行くことだ。学費や生活費に困らずバイト漬けにならず、本来の目標を達成できる若者を育てたい。


 今の若者たちは仕事に対する意欲も少なく多くを望まなくなっている。都会では若い世代が車に乗らない。人付き合いもあまりしない。そういう現状だそうだ。


 一介の高校教師ではその大きな夢を叶えられない。東京へ出て、会社を作ろうかどうしようか迷っていた。


 あの心という子は教師を目指しているのだろう。教育実習に来ても最近は教師にならない、いや、なれない学生が多くなった。少子化の影響で子供がどんどん減っており、教師も採用されないのだ。


 高校生や中学生を相手にするなら若い世代は絶対有利だ。体力もあり、年齢的にも近いほうが親しみやすい。学校というところはバランスが大事。若い教師だけだったり、年配の教師だけだったりでは学校はうまく機能しないのだ。


 ああいう子が教師を目指してくれたらどんなにいいか、優は心の明るい笑顔を思い出していた。


 今日はいつもと違う道を帰ろうと思ってハンドルを切った。左手にバス停が見えた。白いコートを着た若い子が目に入った。


 あっと思って良く見ると、心だった。バス停の側に車を停めて声をかけた。心もすぐに気づいて近寄ってきた。

「こんにちは」

「どうも」

「どうしたんですか?」

「いや、たまたま帰るとこで。偶然

 だね」

「本当に!」

「どこか行くの?」

「ちょうど帰るところです」

「そうなんだ!良かったら乗って行

 かない?送るよ」

「え、いいんですか?」

「もちろん」

 心は明るく笑って車に乗り込んだ。細くてキレイな脚が目に入った。

「今日は大学じゃなかったの?」

「ちょっと県庁に教員免許のことを

 聞きに来たんです」

「ふうん」

「そういえばお名前聞いてませんで

 したね。あの時はありがとうござ

 いました」

「優です。本条優」

「本条さん」

「はい」

「お仕事はなんですか?」

「高校の教員です」

「え、そうなんだ!」

「実はそうなんです。ハハハ」

「教員免許のこと聞いていいです

 か?」

「え?いいけど。もし時間あったら

 どこかでゆっくり話しましょう

  か?」

「え?いいんですか?」

 心のお腹がクゥと鳴った。

「あっ」

「私もお腹空いてて何か食べません

 か?もちろんおごりますよ」

「やった!」

「ハハハ」

 優は近くのファミレスに車を停めた。

「ゆっくり話ができるのはここか

 な」

「そうですね、私もここ好きです」


 それから三時間くらい二人は楽しく話をした。心はなかなかの苦学生で一週間のうちバイトのない日はないくらいだそうで優はちょっと同情した。


「あの、心さん、良かったらまたお

 話しませんか?私みたいなおじさ

 んで良かったら」

「喜んで。私、ちょっと前に彼氏と

 別れたんです。年上の人っていい

 なあって思ってて」

「ハハハ。まさか。私はバツイチお

 じさんですよ」

「あははは」

「良かったらLINE教えてください」

「あ、はい」


 優は久しぶりに楽しい時間を過ごした。心は何でも屈託なくよくしゃべる。たまに暗い表情になるがすぐに元気に話し出す。優にとっては娘みたいな感じがとても心地好かった。


  3:心の旅立ち


  心と知り合ってから半年が過ぎた。いよいよ彼女がここを離れる日が近づいてきた。

「心、やっぱり名古屋に行くの?」

「うん。あなたに会う前から決めていたことだから」

「そうか。寂しいなあ」

「うん。でも、月に一度くらいは会えると思うし」

「やっぱり、むこうでモデルやるんだね?」

「夢なんだ。だから、やれるとこまでやって、ダメだったらあきらめる」

「そうか。応援してるよ」

「ありがとう」

 この半年間で二人の距離は急速に近づいていた。優にとって心はもはや娘以上の存在になっていた。

「あのさ、向こうの部屋を探してるんだけどさ。保証人とか必要なときはなってくれる?」

「保証人?いいけど、うちの人は?」

「うちの親って別居してるじゃない?だから、頼みにくい。っていうか、お願い」

「まあ、全然いいよ」

「今、探してる不動産屋から確認の電話が行くと思うから」

「父ですって言えばいいかな」

「うん」


 まあ、それくらいならお安いご用だと思った。彼女が大学時代からずっと東京のモデル事務所に所属して活動していたのは聞いていたし、歌のレッスンや演技のレッスンなんかにも通っていたのも聞いていた。まだ22歳なんだし夢を追うのは当然だろう。優に彼女の人生を変える権利はない。まして、まだ優は教師を辞める決断すらできていない状態だし、自分も第二の人生を本気で考えよう。優は心に出会ってからたくさん刺激をもらっている。彼女に頼まれて一眼レフカメラを買って群馬のロックハート城で彼女の写真も撮った。だから、彼女がどれほどモデルをやりたがっているのか、そしてどれくらいモデルとしてふさわしいかわかっているつもりだった。ただ、芸能界となると心配なこともある。モデルだけではなく演技もしたいというのが彼女の目標なので優は本当はここに残ってほしい。

「東京じゃなくて名古屋に行くのはなぜ?」

「東京は都会過ぎて苦手。ちょうどいい感じの都会がいいの」

「東京の事務所に籍があるんじゃなかったっけ?」

「知り合いのマネージャーさんがいるからそこに頼んで名古屋の事務所を紹介してもらおうと思って」

「そうか、ここじゃ無理だもんな」

「ごめんね。私、もう田舎は無理かな」

 この言葉は優にはショックだった。でも、彼女の気持ちはよくわかった。いつか自分ももう一度東京に出てみたい。一から人生を再スタートしてみたい。心のように自由に自分の夢を追いかけてみたい。

「向こうに行っても連絡はするし、今までと何も変わらないから」

「そうか。すぐには会えない距離だな」

「東京で会いましょう。東京なら名古屋から1時間だし」

「ここからもそんなもんかな、東京がちょうど中間って感じか」


 彼女が去って優はどことなく落ち着かなくなった。連絡は来るが以前ほど近くにいる感じがない。まあ、それは当然のことだ。受け入れるしかない。それより自分のことを考えなきゃいけない。具体的にどうすればいいのか。この日から優は第二の人生を剣に考えるようになっていった。


「森野心さんのお父さんですか?」

 心の言っていた不動産屋から電話がかかってきた。

「はい、そうです」

「こちらは名古屋のA不動産と申しますが」

「話は聞いてます。よろしくお願いします」

 父親の役はちょっとむずがゆい。心に言われたとおりに話を合わせて無事に保証人のつとめを果たせた。心ががんばって家賃を払えば再び父親の出番はない。

「ありがとう」

「いや、たいしたことはなかった。ちょっとむずがゆかったけど」

「ハハハ。おかげで無事に契約できました」

 今は母親のいる実家にいて名古屋へは来週くらい引っ越しするという。

「でもさ、お母さんにどう説明したの?」

「うちの母はそういうとこ気にしないの」

「保証人とか家賃とかも?」

「今度遊びに行くところができて良かったって言ってる」

 ずいぶんおおらかな母親だなと思う。

「心、これからは遠くに離れるけど何かあればすぐに連絡して」

「わかった。大丈夫。こっちに元カレや大学の友達がけっこう就職してるし、引っ越しも手伝ってくれるって言ってて」

 心の交友関係は幅広い。優には彼女の同級生はわからないが心の明るい性格は誰からも好かれている。特に心配はいらないだろう。

「わかった。いよいよ新しい生活の始まりだな」

「うん、がんばる」

 自分もこれから心に負けないで前を向いて歩こうと思う。明るく楽しい未来に向かって。


  4:アイドルは年齢が大事


  心が名古屋のモデル事務所に移籍したのは引っ越した一月後だった。東京の事務所にいたときにお世話になったマネージャーさんの紹介だと言っていた。


 最初の仕事は結婚式場のパンフレットのモデルで新婦の友達役だった。優は写真を見たが国際結婚という想定で新婦のお母さんはアメリカ人のようだった。とりあえず、心がモデルの仕事をしてるようなので安心した。でも、心は満足はしていないようで、自分をどうやって売り込んだらいいのかと悩んでいた。

「歌がうまいんだから、そこをアピールしたら?」

「歌かあ…」

 電話の声は沈んでいる。

「芸能人のプロデュースしている教え子さんがいたんじゃなかった?」

「ああ、いるにはいる」

「もし、できたら芸能界のことを聞いてもらえないかな」

「彼は東京だよ。心は名古屋じゃないか」

「新幹線ですぐだから東京で仕事でもかまわないの」

 優はちょっと考えてみると伝えて電話を切った。芸能界ってそんなに簡単に入れるだろうか。心は今年23になる。アイドルなら十代じゃないのかなと思ったが彼女の頼みだからとアイドルの音楽をプロデュースしたている教え子に電話をかけてみた。

「久しぶり。ちょっと頼みがあるんだけど」

「何でしょう?お力になれればいいんですけど」

「芸能界に入りたいっていう子がいるんだ」

「いくつですか?」

「今年23歳になる」

「アイドル希望ですか?」

「いや、モデルを大学からやってる子なんだけどさ。歌もうまいんだよ」

「芸能事務所に入りたいなら知り合いに聞いてみますか?」

「え?いいの?」

「聞くだけならできますよ。入れるかどうかは分かりませんが」

「ありがとう」

 正直な所、優は心の年齢や容姿だと平均的なアイドルにはなれると思っていた。ただ、売れるかどうかとなると微妙だ。本人にはもちろん言えないが芸能界ってそんなに甘くないだろう。


 心には教え子が芸能事務所の知り合いに聞いてくれるそうだとLINEを送った。それにしても優に頼むくらいだから相当焦っているんだなとも思った。心は自分が芸能界に入るにはタイムリミットが近いと言っている。力になってあげたいが優にできるのは教え子に頼ることだけだった。


 二日後、優に電話が来た。

「芸能事務所の知り合いに聞いてみましたがやはり年齢的に厳しいそうです」

「やっぱりなあ」

「先生のお知り合いですから変なとこは紹介できないので大手のしっかりした事務所に聞いたんですがみんな同じ返事でした」

「そうか。お手数をかけました。本当にありがとう」

「芸能界ってウラもオモテもありますから気をつけないと」

「やっぱり?なかなか厳しい世界だよな」

「自分は今、10代前半の若い子たちのグループを見ていますが東北から来た子もいたんです」

 その子はどうやら優のよく知っているこちらの学校を中退して芸能事務所に入ったようだ。

「結局、その子一人が高校生で他の子達が中学生とかなんでグループに馴染めず途中でいなくなったんです」

 彼は言葉を濁したが その後、彼女は新宿のキャバクラに入ったらしい。

「その子はどうしても芸能界に入りたいんですか?」

「モデルをやりたいんだと思うけど

 わからない」

「もしかするとまだモデルのほうが可能性あるのかも知れません」

 優は礼を言って電話を切った。さあ困ったぞ、何て伝えようか?甘くないってさ、で納得するのだろうか…LINEに今、聞いた話を短く書いておいた。


5:八重洲南口に集合


名古屋のモデル事務所は大手の事務所だったが、心の思うような仕事はなかなか来ない。最近はビラ配りなどもあった。たまに地元の企業のCMの仕事も来たが、単発ばかり。だから、優に芸能界に知り合いを探してと言って来たんだろう。昨日、心にはやっぱり無理みたいだと伝えた。心はしょうがないよねと言って笑っていた。切り替えが早いのも心のいい所だと優は思った。


 このままでは芽が出ないまま23歳になってしまう。心は次第に焦って来た。彼女がやりたいのは演技。単なるモデルでは自分より身長が高いモデルにはかなわない。演技が出来る、そこをセールスポイントにして、何とか波に乗りたかった。


 ある時、心のプロフィール写真を見た女性シンガーにアルバムジャケットに使いたいと言われて東京まで撮影に行った。交通費を負担してくれるというし、自分としてはこれがきっかけになればありがたいと思った。


 優に話すと喜んでくれた。プロカメラマンに事務所のホームページに掲載する心のプロフィール写真を撮ってもらえたのが良かったのか?と言われた。業界でも有名なそのカメラマンは深田恭子の写真も撮るらしい。一度、心は深田恭子の撮影している場面にも立ち会い、自分もこんな風になれたらと思ったことがあった。


 次の仕事を待っていたが期待度通りにはなかなかうまく行かない。生活するためにはバイトをしなければならないと思って心は派遣の仕事などをしてお金を稼がなければならなかった。


 心と東京で会う約束をした。優は久しぶりに東京へ行く。浪人と大学時代を含め五年間を東京で過ごした。あれから三十年が過ぎた。東京というところは目まぐるしく変化するから以前の面影が残っている所は少ないだろう。待ち合わせ場所は東京駅八重洲南口の改札前。早めに行って心の来るのを待とうと決めた。久しぶりの東京、久しぶりの心。年甲斐もなくウキウキしていた。


 改札前は日曜日ということもあり、混雑していた。

「着いたよ、今から向かうね!」

 とメールが来た。

「改札前にいるよ」

 と返事をして、優は心の姿を探した。なかなか見つからなくてキョロキョロしていると、後ろから

「久しぶりっ!」

 と言って心が肩を叩いた。

「わっ、びっくりした」

 と驚く優を見て、心は笑いながら

「やった!おどかそうと思ったの」

 と言った。

「心臓止まるかと思った」

「止まったら死んじゃうじゃん!元気で良かった」

「心も元気そうだな」

 二人は東京駅から歩いて銀座へ行く予定だった。なかなか彼女の仕事が波に乗らないことは話題にしないでおこうと思い、楽しい話題を選んで会話した。


「クリスマスプレゼントは何が欲しい?」

「そうだなあ、時計がほしいかなあ」

「腕時計か。ブランドは?」

「モデル仲間はみんなグッチをしてるの。でも、高いから」

「見てみようか?」

「え?ホント?」

「あんまり高い時は買えないけどな」

 と優は笑った。

 日曜日の銀座は歩行者天国になっていて、多くの外国人で賑わっていた。人波をかき分けてお店に着く。グッチの三階に行くとショーケースのなかに時計が並んでいた。

「これ!これ、可愛い」

「あ、確かに」

 文字盤にパールが使われている。彼女の時計はすぐに決まった。当初、予定していた金額より高いプレゼントになったけどこんなに心が喜ぶんなら全然いいやと優は思った。


「ありがとう」という言葉を何度言われただろう。心は優に肩を寄せて上目遣いで

「今日、帰りたくないなあ」

 と言った。

「え?ちょっと…」

「ウソ。私も明日、仕事だし」

「なんだ…」

「びっくりした?」

「そりゃ…」

「ウフフ」

 心は小悪魔っぽく笑いながら優の手を取って歩いた。このまま、この時間がずっと続いたらと優は思った。


6:東京大神宮


心がなかなかモデルとして芽が出ないから芸能の神様にお参りしたほうがいいいと言われたと電話が来た。芸能人がお参りする神様はすぐにネットで見つけることができたから心に教えてあげた。

「え?それどこ?私、東京大神宮なら知ってるけど」

「あそこって縁結びの神様だよ!」

「東京大神宮でいいよ~」

「だから、縁結びの神様」

「一緒に行こうよ~」

「芸能の神様でしょ?行きたいのは?」

「なんかさあ、インスタ見たらめっちゃご利益あるって」


 東京大神宮のメインの神様は天照大神だ。インスタにもたくさん投稿されている。「#東京大神宮」を検索すると若い子達がたくさんお参りしていて、猪目の写真も一緒に上げている。

「猪目って、ハートみたいだね」

「待ち受けにしとけばご利益あるってさ」

「へ~」

「おれはアメノミナカヌシという神様が好きなんだ」

「ふうん。どんな神様?」

「閃きや悟り、創造力を高めてくれる神様さ」

「へ~」

「東京大神宮にもお祭りされているんだ」

「アマテラスオオミカミと一緒に?」

「そういうこと」

 心は神社にお参りするのは好きだけど、神様のことは知らないんだなあと優は笑った。今度会う時は東京大神宮に行こうと約束して電話を切った。

 一月に一度会う仲ってどんな関係なんだろうとは思うけど、楽しいからいいかと思った。


 二人はいつものように八重洲南口で待ち合わせて、東京大神宮へ向かった。二人が会う日はいつも快晴だった。飯田橋の駅から15分ぐらい歩かなければならない。駅を出たが方向が分からない。グーグルマップを頼りに歩いて行くことにした。

 思ったより遠い。若い女性がたくさん同じ方角へ歩いて行く。もしかしたらみんな東京大神宮へ行くのかも知れない。

「みんな東京大神宮へ行くのかな?」

「そうかもね」

「女の子ばっかりだね」

「そうだね」

「みんな縁結びのお願いかもよ」

「アハハ」

 二人は爽やかな風を感じながら明るく笑った。

「なんかさ、幸せだなあ」

「わたしも」

 優はこの時間が永遠に続かないかなあと思う。心と会うまでの時間はとにかく長い。でも、会って別れるまでがすごく早い。

 ゆるやかな坂を上がり、角を曲がるとビルの谷間に門が見えた。たくさんの若い女性が集まっている。

「あそこだ。人がいっぱいいる」

「本当」

 二人が門に近づくとスマホで写真を撮ってる女の子がいた。

「あ!猪目だ」

「へ~こんなとこにあるんだ!」

「門の金具かあ」

「確かにハートね。いっぱいある」

 優もスマホを取り出して猪目を撮ると私にも送ってと心が言う。優が軽く頷き微笑むと嬉しそうに笑った。

 ニ礼ニ拍手一礼して、二人は手をあわせてお祈りした。

「何をお祈りしたの?」

「神様にお祈りしたことは人には話さないほうがいいんだよ」

「え~」

「いつか夢が叶ったら話してあげるから」


 帰りはスムーズに飯田橋駅に着いた。来るときはグーグルマップを見たが意外とあちこちうろうろしてしまった。東京は人の流れに乗ればだいたい何とかなる。けっこう歩いたから二人はどこかで休みたかった。

「疲れた~、お腹すいた~」

「確かになあ」

「どこかで休みたい」

「じゃ、ご飯食べよう」

「あそこのカフェは?」

「ん~、混んでそう」

 もうお昼だ。どこも混んでいる。休みたかったから空いていればどこでも良かった。

「東京ドーム行けばなにかしらあるよ」

「え~?」

「そう言わない。水道橋はすぐだから」

「仕方ないなあ」


 混雑を避けて東京ドームシティへ着いた二人はとりあえず、フードコートへ行き注文した。優はハンバーグを心はパスタ。思ったよりずっと美味しかった。

「二人だとこういうとこで食べるのもいいもんだな」

「うん」


 この日も楽しい時間が過ぎるのはあっという間だった。

「私、もうすぐオーディションなんだ」

「そうか、頑張って」

「神様にお参りしたから大丈夫だよね?」

「もちろん」

「頑張る」

「あと二分だよ!」

「あ、本当だ。またね。連絡する」

「着いたら教えて」

「分かった」

「体に気をつけて」

「あなたもね」

 心を見送って優もホームへ急いだ。最終の出発まであと三分、優は今日の楽しい時間を思い出すと自然と笑みがこぼれた。


7:オーディション


心のオーディションが三日後に迫っていた。心はウォーキングのレッスンやボイストレーニングを受けていた。オーディションに合格するためにずっと努力を続けている。

 昨晩、電話したら心は意外にさばさばしていた。

「受かるようにお祈りするよ」

「ありがとう。ダメならしょうがないよね」

「そんなこと言わないで受かると思ってがんばれば?」

「う~ん、やれるだけやってダメなら次を探すよ」

「そっか」

「この前、プロのカメラマンに写真撮ってもらって」

「あ、深キョンのカメラマン?」

「そうそう」

「そうか、その写真を使って応募したのかな」

「ううん、結局、自撮りした写真で応募したの」

「ん?どうして?」

「なんか自分じゃないみたいな感じがして」

 優は写真をLINEに送ってもらった。プロのカメラマンが撮った心の写真はグラビアアイドルのような写真でバックが白く霞んだ柔らかな印象の写真に仕上がっていた。

「凄いね、これ」

「応募の時に使ったのがこれ」

 優は次に送られてきた写真を見た瞬間、驚いた。普通の自撮り写真、しかも普通のビキニを着ている。

「どうしてこれにしたの?」

「やっぱり、自分らしいのがいいと思って」

「そんなものなのかな」

 もし、書類選考で落ちていたらこの写真が原因だったかも知れない。書類選考は無事に通ったから何も言わないでおこうと思った。


 オーディションの当日は朝早くからしっかりメイクしてオーディション会場へ向かった。心は第一次面接で演技を試されるはずだった。

 面接担当は地味なおじさんだった。心は一つ二つ質問をされた後、なぜ今回のオーディションに応募したのかと聞かれた。演技の話が出ない。

「演技がしたいからです」

「そうですか。今回、私たちが探しているモデルは身長が高くて手足の長い方なんです」

 心は言葉に詰まった。心は156cmとプロフィールには書いているが実際はもう少し低い。

「165cm以上あるといいんですが」

「それは審査基準に書いてありましたか?」

「特に記載はしていませんが」

「だったら…」

「残念ですが、そういうことですので今回はお引き取りください」

 オーディションはあっさりと終わった。演技のレッスンはなんだったんだろう。納得行かないまま落とされたという気持ちしか残ってない。


「どうだった?」

 夜になっても連絡がないから優はLINEしてみた。

「ダメ。身長が足りなかった」

「そうか。お疲れ様。また頑張るしかないな」

「ありがとう」

 そんなやり取りも今日の心には重かった。

 次はどこを受けようかな、と思ってスマホを見た。待ち受けにしている実家のチワワが笑っている。13歳になる老犬だけどまだまだ元気だった。心は動物が大好きで時々ペットショップまで見に行っていた。

 再び優にLINEした。

「私のチワワが欲しいなあ」

「え?」

「なんかさ、やっぱりチワワが欲しいなあって思うの」

「チワワ?」

「そう」

「チワワって高いんじゃない?」

「ブリーダーさんから直接買えば安いって聞いたけど」

「見るだけならペットショップで見てみようか?」

「あのね、自分のチワワが欲しいの」


 心はオーディションのことがかなりショックだったのかなと思った。いつものような元気がない。

「ブリーダーさん、知ってる?」

「ううん、知らない」

「ネットで探せば出てくるかな?」

「たぶん」

 心のためにちょっと頑張ってみるか、優はそう思った。

「チワワって分からないから、こんなのがいいっていうの後で送って」

「え?本当にいいの?」

「探してみて気に入ったのが見つかったら考えよう」

「うん」

 少し元気を取り戻した感じの心の声を聞いて優は安心した。高い買い物になるけど、側にいて心を慰められるのはチワワだけならそれは仕方がない。

 さて、どうやって探そう、優のチワワ探しが始まった。


8:あなたが好きなの


チワワと一口に言っても様々なカラーのチワワがいる。チワワを検索して、優は初めて知った。チョコタンというのは顔が黒くて目が丸い。

 チョコタンは、正式にはチョコレート&タンという2色のパーティーカラーをした毛色のことで見慣れて来るとハマる。

 優も犬が好きだ。ただ、今までチワワのような小型犬は飼ったことがない。みんな中型犬だ。チワワは猫より小さいのもいるし頼りない。さらに病気にもなりやすいそうだ。だから、チワワみたいな小型犬には興味がなかった。

 心はフォーンかレッドが欲しいという。昨日、LINEに送られてきた写真はチョコタンと比べるとチワワっぽくないなと思った。


 夕方、心に電話する。

「レッドがいいの」

「おれはチョコタンがかわいいと思うけど」

「実家のチワワもレッドなの」

「あ、なるほど」

 それなら納得だ。

「インスタで検索したらチワワには、#極小チワワっていうタグがあるよ」

「めっちゃ小さい子かな」

「たぶん」

「ちょっと検索してみるね」

 電話の声は明るく弾んでいた。

「うわ~、ちっちゃい」

「手のひらに乗るよ」

「成犬でも?」

「それはわからないけど」

「え~とCielo さん?」

「インスタのブリーダーさんの中でもダントツにかわいいチワワを育ててる」

「本当だね」

「譲ってもらえますか?ってコメントしてみる」

「この子、かわいい」

 心が指差したチワワは極小の中でもさらに小さい。しかも、レッド。

「お問い合わせがたくさん来ていますって書いてある」

「間に合うかな…」

 優の書き込んだコメントにすぐ返事が来た。人気だから、もし予約入れてもらえたらお取り置きしますよと書かれていた。

「どう?」

「この子がいいなあ」

「いくらかな」

「わからないけど高いかも」

「チワワ知らないオレでもかわいいって思うもんなあ」

「めっちゃ高かったら?」

「いくらなのか聞いてみないとわからないじゃん」

 優はインスタのDMでいくら予約金が必要か、総額はどれくらいか聞いてみた。返事はすぐに来た。

「ほら、見て」

 LINEにDMをスクショして送った。

「え、こんなにするんだ」

「ペットパラダイスと同じくらい」

「やっぱりかわいい子は高いんだね」

「予約金十万か」

「どう?無理なら…」

 ここまで来たら止めますって言えないよな、貯金を切り崩すか。優は決めた。

「買おう。ただし、ちゃんと育てて」

「本当?嬉しい!」

「犬が大好きですって書いておこう」

「私は…あなたが好きなの」

 電話だし、小さな声だったから、心が何を言ったかうまく聞き取れなかった。

「ん?何だって?」

「ううん、なんでもない」

 誰かが好きって言ったか?オレが好きって?まさかな…。この前も歳の差がありすぎるのは恋愛にならないって言ってたし。若い子に夢中になると、うまく行かなかった時に後悔するから期待はしない。30歳も離れているんだぞ。優はそう思ってインスタのDMに「予約をお願いします」と書き込んだ。


 次の日、予約金を振り込んでブリーダーさんの携帯番号を聞いてチワワを引き取る日や場所の打ち合わせをした。心にそれを伝え、受け取ったら東京で待ち合わせしたいと伝えた。

「その日、お母さんが来るの」

「じゃ、来れない?」

「2時くらいにはお母さん帰るから」

「3時半に新横浜駅で待ち合わせよう」

「うん、お願いします」


 二週間後、優はチワワをブリーダーさんから受け取りまっすぐ新横浜へ向かって車を走らせた。暑い日だった。エアコンをガンガン効かせて国道22号線を抜け51号線から16号線、126号線をドライブする。ナビの画面にはディズニーランドが表示されている。JRでしか来たことがない。

 後部シートにはチワワがケースに入って寝ている。ブリーダーさんから受け取った時、怖くて触れなかったが本当に極小だ。

 スムーズに都内を抜け、新横浜駅まで二時間のドライブだった。もう、心は駅で待っていた。駐車場に車を入れて場所をLINEで送ると心が急いでやって来た。

「ありがとう!」

「うん、後ろにいるよ」

「わあ、ちっちゃい!」

「だよな」

「さっきもらった写メ見てちっちゃいって思ったけどもっとちっちゃい」

「かっわいいよな!」

「うん、本当にありがとう」

「喜んでもらえて良かった」

「名前、コハクにする」

「考えて来たんだ!」

「うん」

「カタカナ?漢字?」

「どんな漢字があるかな…」

「琥珀色の琥珀は?」

「あ、いいね!」


 今日から琥珀は新しい飼い主と新しい生活を始める。「幸せになるってわかってるから子犬をお譲りする時に後悔しないんです」とブリーダーさんが話していた。きっと名古屋で元気で幸せになるんだぞ、琥珀。


 優は心と琥珀を駅でおろし、高速に乗る。帰ろう。これから四時間のロングドライブだ。優はオートクルーズをセットしてステアリングを握る。都会のナイトクルーズは気持ちいい。今日は琥珀を心に渡せたから、さらに気分が良かった。


9:名古屋へ行く



子犬は生後45日までは販売できない。でも、あまり大きくなると懐かなくなるかも知れない。そんなことを考えて優は琥珀を60日で譲ってもらった。あの日はあわただしく大変だったが心の笑顔が見たいから頑張った。琥珀の様子は心から送られて来る動画でチェックできた。名古屋へ連れ帰った翌日、琥珀がふらふらして倒れた。あわててブリーダーさんに連絡すると低血糖の恐れがあるので砂糖水を急いで与えるように言われて心に連絡を入れた。優は琥珀が心配で慌てたが、心は冷静だった。実家にいるチワワは自分が育てたから、大丈夫って話していたようにこんな時のために高タンパクミルクとか用意していて琥珀に与えていた。琥珀はすぐに元気になってゲージの中を駆け回っていた。


「画面で見ると元気になったみたいだね」

「もう大丈夫だと思う」

「さすが、チワワに慣れてる」

「まあね」

「ちょっと心配したよ」

「チワワは弱いから、病気にも気をつけないと」

 あと二回、ワクチンを打たなければならない。一回目はブリーダーさんが既に済ませてくれた。あと二回は心が連れて行かないといけない。

「意外とワクチンって高いの」

「ブリーダーさんが八千円くらいって言ってたな」

「もっとするかも」

「近くに動物病院あるの?」

「あるよ!」

「じゃ、そこに行く?」

「うん」

「主治医は作っておかないとな」

「本当にね。評判いいお医者さんいるといいなあ」

「今度、名古屋行こうか?」

「来てくれるの?」

「さすがに日帰りっていうわけにはいかないけどね」

 日帰りでも大丈夫だったが、せっかく名古屋まで行くなら観光したい。名古屋で降りたことがないから全く知らない土地だ。河村市長くらいしか思いだせない。優は名古屋に行くと決めたらウキウキして来た。


「ホテルと新幹線押さえたから」

「あ、本当に?」

「楽しみだなあ」

「私、案内するね」

「熱田神宮行きたいなあ」

「神社好きだもんね」

「朝早くお参りするのが一番」

「どうして?」

「人がいないでしょ」

「東京大神宮めっちゃ混んでたもんね」

「そうそう」

「ところでさ、ちょっと相談あるの」

「琥珀?」

「そうなの。最近、夜すごく吠えるの」

「なんでかな?」

「遠吠えするみたいに」

「寂しいんだろうな、ぎっと」

「う~ん、このままだと大家さんに出ていってくださいって言われそう」

「ペット不可なんだっけ?」

「そうなの。隠れて飼ってるのばれちゃう」

「どうする?」

「ペット可の部屋探して引っ越ししないと」

「引っ越し?」

「名古屋来るとき一緒に部屋見て欲しいの」

「まあ、いいけどね」


 名古屋へ行くのは二週間後だった。それまでにネットで部屋探しすることになった。心からは候補の部屋がLINEで送られてきた。優も仕事の合間にそれらを比較してみた。駅から近い便利な所、新しいマンションは月二十万。分譲マンションみたいな部屋が賃貸で出ている。ペット可はプラス一万。

「どうするの?」

「二つに絞ったから今度一緒に見て」

「どっちも高いね」

「そうなの。ペット可だし」

「今のとこって駅から遠いんだったね?」

「だから、出来るだけ駅近くにしたくて」

 実際に見てみないとどうも分からないから、あとは見て決めようということにした。


 優は連日遅くまで仕事をしていた。高校教師って出勤時間も退勤時間もあってないようなものだ。特に残業しても手当てはつかない。公務員はつらい。でも、たまってる仕事をこなせば名古屋に行けるから優はバリバリ働いた。


 名古屋へ行く日が来た。朝早く新幹線に乗り、東京駅で乗り換える。トータル三時間、やっと名古屋に着いた。


「遠くまでありがとう!」

「久しぶり!琥珀、元気かな?」

「うん。でも、今日は置いてきた」

「残念だけどしょうがないね」

「マンション見るからね、連れて行けないと思って」

「そうだね」

 二人は不動産屋に行き、選んでおいたマンションまで車で案内してもらった。

「こちらはペット可で17万ほどになります」

「最寄り駅からどれくらいですか?」

「徒歩五分です」

 新築ではないが、コンシェルジュもいてセキュリティは万全だ。バスタブを眺めた時、優は心がここに住むんだなあと直感的に思った。


 部屋をもう1つ見たあとに心は

「どっちかな?」

 と聞いた。

「最初の部屋じゃない?」

「私もそう思う」

 優は微笑んだ。


10:大須観音で待ち合わせ


安いビジネスホテルにチェックインした時、心から写メが届いた。琥珀を抱いて微笑んでる。

「今日はありがとう。お疲れ様。明日、10時に大須観音で待ってます」

 心のLINEにはいつもの絵文字が付いている。これを見るとつい笑顔になる。

 優は10時まで待っていられるかなと思って名古屋の路線図を開いてみた。熱田神宮は名古屋駅から名鉄で三つ先の神宮前で降りればいい。朝早く起きて熱田神宮にお参りしよう。心は大須商店街に連れて行ってくれることになっていた。それまでに十分な時間がある。

 次の朝、7時にチェックアウトして通りに出てみると優が泊まったホテルの隣にあるホテルの一階のフードコートに見覚えがある。

「あれ?ここって、昨日、心のマンションを見に来た時に通ったよな」

 独り言をいいながら、名古屋駅を目指して歩く。やっぱり、そうだ。あの角を曲がれば心が気に入ったピストールっていうマンションがあるはず。不思議なこともあるんだなと思ったが、これも神様のお導きかも知れないと思った。


 名古屋駅までは30分ほどかかったが熱田神宮にはすぐに着いた。神宮前駅で降りると目の前に熱田神宮が見えた。日本では二番目に格式の高い神社で草薙の剣が祀られている。熱田大神はアマテラスオオミのことで馴染みのある神様だ。

 中日ドラゴンズや名古屋グランパスといったチームがシーズン前には参拝に来ることでも知られている。優は参道の荘厳な雰囲気に敬虔《けいけん》な気持ちを感じた。自然と感謝の言葉が出た。

「ありがとうございます」

 やはり、ここは特別な所だ。少し歩くと大きな楠が見えてきた。手水舎の隣にある楠は蛇が住んでいるそうで卵がお供えされている。蛇に会えればお金持ちになれると言われており、熱心に手を合わせている人もいた。

 本殿へ着くと優は参拝者の列に並んでお参りした。早朝にも関わらず意外に多くの参拝者がいてちょっと驚いたが、これも熱田大神様の人気の高さを表しているんだと思った。


 熱田神宮を出ると9時になっていた。大須観音を目指そう。グーグルマップで調べるとちょっと歩けば地下鉄の矢場町駅がある。そこから地下鉄に乗って大須観音へはそんなに遠くない。9月の名古屋はやはり暑い。9時だというのに汗が吹き出して来る。優は汗をぬぐいながら矢場町駅へ急いだ。

「今、どこ?」

 心からLINEが来た。

「矢場町へ向かってる」

「じゃ、10時に大須観音の前で」

「わかった」

 上前津で乗り換えて大須観音駅で降りると大須観音はすぐにわかった。心は大須観音にいた。


「熱田神宮に行ってきた」

「そうだったの」

「やっぱり、違うよなあ」

「何が?」

「何ていうか、気が違う」

「気?雰囲気?」

「そうだね、そんな感じ」

「私は一回行ってるけどあまりほかと変わらなかったなあ」

「日本で二番目に格式高いっていうからね」

「ふうん」

 大須観音にお参りして煙をかけて商店街へ向かった。


「ここからずっとこんな感じにお店が並んでる」

「食べ歩きするとこだね、ここは」

「いつもめっちゃ混んでるの」

「ふうん、タピオカがある」

「飲みたいな」

「黒糖って書いてある、あれにしよう」

「美味しいよね、きっと」

「そうだね」

 タピオカは最近、どこに行っても人気だ。お店の前には若い子達が列を作っている。

「美味しい!」

「黒糖ってタピオカは初めて。モチモチしてるね、これ」

「たくさん入ってる」

「お腹いっぱいになりそう」


 二人は大須観音を歩いて久しぶりにゆっくりした。昨日はあわただしくマンションを見て回ったから意外と忙しくて心の話をゆっくり聞くことができなかった。

「オーディションどうするんだ?」

「う~ん、まだ頑張ってみる」

「そっか」

「23までに芽が出なかったら諦める」

「あんまり時間ないな」

「うん、でも私は琥珀のママになったから頑張る」

「そっか。琥珀は心の子供か」

「なんかね、帰ったら待ってる子がいるって違うの」

「そうだろうね」

「ちょっとぐらい嫌なことがあっても頑張れる」

「うんうん」

「ホントありがとう」

「いやいや、育てるのが心だからおれは何もしてないけどさ」

「今日も暑いから置いてきたの」

「そうだよな」

「そのうちに会わせるね」

「楽しみにしてるよ」

「お昼はもつ焼きしない?」

「お、いいね」

 二人はもつ焼きの有名なお店に入った。確かに美味しかった。昨日の手羽先も最高に美味しかった。名古屋めしが大好きになった。一泊二日では名古屋めしの制覇はとてもできない。また来よう。優はそう決心した。




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