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そして迎えたサイクリング部冬合宿。
子供の時からずっと使っていた駅を前にすれば、合宿に来たというよりも、俺には久しぶりの故郷に懐かしい思いが蘇った。
「よーし、じゃあさっそく宿に向かうぞー」
部長の掛け声と共に一行はぞろぞろと動き出す。冬合宿の名目と言えども、冬本番ではなく比較的まだ暖かいこの時期だからか、サイクリング部の男共は皆薄着だ。
けれど、俺の隣にいるこの男は相変わらず黒に身を隠していて、薄着だろうが厚着だろうが何一つ印象が変わることはない。
言うなれば、この男から四季折々の色を感じることが出来ないのだ。
そんな事を思いながら俺は意味もなく隣の男を見つめるけれど、当の本人は全く気にする様子もなく、ただ興味深そうに景色を見渡している。
「…よく見てるね。けどここじゃ、まだ海は見えないよ?」
案じるように篠崎に話しかけてみると、景色にばかり向けていた視線をやっと俺の方にむけた。
「海も見たいけど、良仁が育った町を知りたいんだ」
「は…はぁ……??」
やっとこちらの方を向いたと思えば、妙に温かさを帯びた視線と共にそんな事を言ってのける。
そんな甘い台詞は、篠崎の未来の奥さんに取っておけば良いのに…
普段は淡々とした話し方とあまり変わることの無い表情で必要以上に人を寄せ付けない篠崎が、照れもせず男相手にそんな愛情のこもった台詞を言う。
この前のご両親に挨拶させてくれと言われた件も合わせれば、それは俺じゃなくて女子に言う台詞だろ?と言いたくなるような、首を傾げたくなる妙な違和感を感じせざる負えなかった。
「宿に着いたら、さっそく実家に行くんだろ?」
「え?あ、一応そのつもりだけど…」
「そうか。俺、宿で一回着替えたいから少しだけ待っててもらって良いか?」
「うん、良いよ」
(そのままでも充分カッコ良いのに…)
いくら全身黒とはいえ何を着替えることがあるのだろうと少し疑問に思うものの、それを特に指摘することはなかった。そして俺たちは肩を並べ、これから始まる冬合宿のために宿へ向かっていくのだった。