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警察のおじさんからの職務質問を終えると、いつものように俺たちは喫茶店へと入った。
思い切って少し遠出をし観光する事もあれば、今日のように何をする訳でもなく喫茶店へ入ってのんびりお茶をする日もある。
学部が別々で大学では何かとすれ違いが多い分、休日ではこうして2人で会うことが日課の如く、俺達は他の誰よりも一緒に過ごすことが多くなっていた。
「あ、篠崎、冬合宿の行き先決まったみたいだよ。竹内から連絡来た」
「有名なサイクリングコースある場所らしいな」
「そう!ここさ、俺の地元なんだよね。海見ながらサイクリングってとこが良いんだよなぁ」
俺と篠崎が話すようになってから数ヶ月、自分が所属していたサイクリング部に篠崎が入ってきたのだ。俺がサイクリング部に所属している事を知った時に、ふと、篠崎が「俺も入ろうかな…」とぽつり呟いたかと思えば1週間後には入部するという、あっという間の出来事だった。
だから今年が篠崎の初参加というわけで、新たな楽しみが増えたように俺も去年以上に合宿の日が待ち遠しく思える。自分が生まれ育った故郷へサイクリング部の仲間と篠崎がやって来ることを想像すると、自分の過ごしてきた生活の一部が垣間見えるような気がして、照れくさいような不思議な気分になっていた。
しばしそんな考えに耽っていると、篠崎は頼んだコーヒーを机に置き、向かいに座る俺を覗うようにそっと頬杖をついた。洗練された男前というのは、こういう細かい動きでさえ見る者の心臓を掴む。
「地元って、宿から近い場所に家があるのか?」
「ん?あぁ、、そうだね、かなり近いかも。それこそ宿から自転車で行ける距離にあるから、サイクリングついでに行けるし…」
「なら、実家に顔出しに行ったら良いかもな」
「まぁね・・冬の帰省は合宿と一緒に済ませておけば交通費も浮くよな。確かにちょうど良いか」
「ああ、楽しみだな」
そう相槌を打つ篠崎の顔には穏やかな笑みが零れている。
ただ友人が実家に帰省する話なのに、篠崎のその不思議なほど柔らかい笑みには、まるで彼女の両親に彼氏がご挨拶にでもいくような幸せな空気が漂ってきそうだった。
「なんか楽しそう・・だね?」
「あ、ああ、まぁ・・・」
今度はなんだか歯切れが悪い返事が返ってくる。どうしたものかと考え始めた俺に、篠崎は頬杖をついていた腕を解くと「なぁ、」と改めて俺を呼んだ。
「あのさ、俺もご挨拶していいか?」
思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。
さっきまで結婚間近のカップルの空気を感じ取っていた俺に取って、その言葉は禁句だった。
「あ、あのさ…俺の両親たちに挨拶したいって言ってる…?」
「そのつもりで聞いてる」
手にしていたコーヒーカップを置いて身を乗り出すようにして聞く俺に、篠崎は深く頷いた。
「そんな言い方で改まって言われると…な、なんか変な感じしないか…?」
「そうか?俺はただ良仁の両親にご挨拶したいだけだよ」
「い、いやちょっと変だろ…!両親達に挨拶する目的で行くのがおかしいって!普通に俺んちに遊びにくる目的でついでに挨拶すれば良いだろ…こ、」
「分かった」
恋人じゃあるまいし…と続けようとした俺の言葉に、篠崎は被せるようにそう言い放った。にっこりと音が聞こえてきそうな完璧な笑みを浮かべて。
「じゃあ、良仁の家に遊びに行きたい。それなら良いか?」
「え…?あ、ああ、それは全然良いよ…それで挨拶もしてくれたら良いし…」
「そうか、ありがとう」
篠崎は柔らかな笑みを浮かべることはあっても、いつも無表情に近いと言って良いほど感情を顔に出すことは滅多にない。
だから篠崎のその眩しい笑みに、俺が違和感を感じたのは確かだった。
(まぁ…でも、それほど合宿が楽しみってことなのかな…)
感じた違和感などすぐに蓋をした俺も、結局は合宿を楽しみにしている人で、浮き足立っていたのかもしれない。
本当は少しも笑ってはいない目で、篠崎が俺の黒い瞳を何処までも射抜くように見つめていた事など、気づきもしなかったのだから。