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「まず何か身分を証明出来るものがあったら、見せてくれます?」
「分かりました。」
警察のおじさんにそう言われると、男は素直に応じた。そして財布の中から身分証を取り出すと、慣れた手つきでおじさんに差し出す。
「えぇっと……君、学生さんなのか。」
「はい、そうです。」
「今も学校の通学途中なの?」
「いえ、今は友人と遊びに出掛けているところです。」
「隣の彼と?」
「ええ、そうです。大学の友人なんです。」
一見、近所のおじさんと話すようなアットホームな会話だが、これはれっきとした職務質問である。隣の彼と遊んでいるという話のくだりで、おじさんが男の隣にいる俺を見る目は完全に警察のそれだった。
俺まで職質の対象になってしまうのかと顔が引きつりそうになったが、それ以上は追求せず、おじさんは男に身分証を返すと「ご協力ありがとうございました」と言って去っていった。
警察のおじさんが去ったのを見届けると、男は隣にいる俺に向き直り頭を下げた。
「ごめんな、時間を取らせてしまって…」
「い、いや大丈夫。無事に終わって良かったよ」
警察とのまともな受け答え。時間を取らせてしまった友人に謝罪をする律儀さ。男は、社会に出る人間としてしっかりとした常識を持ち合わていた。とても職務質問の対象となるような怪しい人間ではない。それにも関わらず、何で彼は職務質問を受けているのだろうか。
それは、男の身なりが全ての原因だと俺は間違いなく断言出来る。
男の格好を一言でまとめるならば、黒。それ以外に表す言葉もなければそれ以外の特徴も見付からない。何故なら、彼が身に付ける全てのアイテムが黒色のみで構成されているからだ。
黒のタートルネックのセーターに黒のロングコート、黒のズボンに黒のブーツ黒の鞄はもちろん、極め付きは黒のマスクも着用しているという徹底ぶりだった。黒コーデなんて言う一種のオシャレに例える事も出来なくはないのだが、彼の全身を覆っている黒は暗闇と同化してしまうほど隙のないものだ。
とは言っても比較的広い道路で歩いていたら然程気にならないものなのだろうが、電車やエレベーター中でこんな全身黒の男がいたら何と無く警戒してしまう人も少なからず出てきてしまうかもしれない。そう言う意味も含めて今回、警察の職務質問の対象になったのだろう。
ただ、彼の場合、人の視線を集める理由は他にもあった。
黒とはいえ、こんな全身同じ色の服を着るのは場合によってはダサく見えるし面白みもない。それなのに彼は持ち前の顔の良さとスタイルで、その全身黒をカッコ良く着こなして見せていた。人の視線を集めるのは結局ただ単にカッコ良いと言う、男の俺からしたら非常につまらない理由なのだけれど、彼の精錬された美しさのある顔と身体は確かに目を見張るものがあった。
彼、篠崎 葉一は、外身は真っ黒、中身は常識のある男前という少し変わった男なのだ。