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村長の説得もうまくいかない。
ジリアンの説得もうまくいかない。
逃亡もうまくいかない。
マイケルはジリアンに村長家に絶望が待っていることを告げる勇気が持てなかった。できることは、「勇者のもてなしの用意などサボってしまおう」、勇者の目にとまる前に「村を出よう」と言うことぐらいだった。
勇者に気に入られてしまったあとでは、以前のように村から逃亡しようとして男衆に追われて連れ戻されてしまう。
何度も繰り返される絶望と逃れられない地獄まで聞かせたくなかった。
聞かせることで、ジリアンに恨まれたくなかった。
ジリアンに死なれたくなかった。
四回目のマイケルは家に戻ってくるジリアンを何も言わずに抱き締めて慰めた。毎日毎日、絶望と罪悪感に苛まされているジリアンをただ慰め続けた。
それがよかったのだろう。
一週間もしないうちに、勇者は村を立ち去った。
これで勇者の来る前の元の生活に戻れる。
マイケルは村人たちへの恨みを忘れていなかったが、心身共に憔悴しきっているジリアンを生まれ育った村から連れ出すことはできなかった。
しかし、ジリアンの精神は安定しなかった。衝動的に自殺を図ることがあり、マイケルは彼女が自殺するたびに村に居続ける気になれず、冒険者になって村を出た。
記憶と同じように、知識も引き継がれたので、巻き戻るたびにランクがすぐ上がるようになっていった。
二つ名も付けられた。狂戦士だったり、悪魔だったり、竜殺しだったり、何度も繰り返される冒険者生活で最終的に到達するランクもSランクまで上がっていった。
これなら、勇者を倒せると思えるだろうが、問題はスキルの引き継ぎだった。
死んでも知識スキルは引き継がれるが、身体が覚えた感覚スキルまでは引き継がれない。
何度か繰り返すうちに勘を取り戻せても、すぐに無理で、その日のうちに取り戻すことは到底できなかった。
それに夜までに村で質の良い武器が手に入れられない。名工や伝説級の武器ではなくてもいいにもかかわらず、貧しい村に良質な武器はなかった。
使い慣れた武器が悪いのかと思って、手近にある棒を武器にして冒険者生活を送ってみたが駄目だった。感覚は一日では戻らない。
これでは勇者を倒せない。
というよりも、武器を使う職業では勇者は倒せないだろう。
かといって、無手で倒す職業にしても、死んで巻き戻されてしまえば筋力の発達具合も巻き戻されてしまう。
直接攻撃は詰んだ。
そこで、マイケルは魔法使いに弟子入りをした。
魔法使いは魔法はまったくのど素人だがどんな素材も持って帰ってくる便利な弟子の存在を喜んだ。
魔法の素質がほとんどなかったマイケルが魔法使いとしてやっていけるようになるまで人生が一回終わった。
魔法は時間が巻き戻されてすぐに使えた。
二回目の魔法使いの人生で中堅の魔法使いになり、それ以降の人生では勇者を倒せる魔法の習得に励んだ。
そこで出てきた問題は勇者を倒せるだろう大魔法は巻き戻ってすぐの身体では使えないことだった。
武器に続き、魔法も使えなかったことが発覚し、マイケルは自棄を起こしかけた。
しかし、自棄を起こしたところで、ジリアンの自殺を止めることはできない。
ジリアンの自殺する原因となった勇者を倒すこともできない。
マイケルはただひたすら、繰り返される絶望と怒りの日々を生きるしかなかった。