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次に目を覚ました時には、また勇者がやって来た日の朝になっていた。
今度もマイケルはジリアンに村長の家に行かないように言った。
流れは変わらず、ジリアンはその夜、帰って来なかった。
マイケルは悩んだ。
村長に説得されるか、説得されずに監禁されるか。忍び込んで勇者に殺されるか。
村長の説得を受け入れなかった時はジリアンが自殺した。前回は自分が殺され、ジリアンがどうなったかわからない。
しかし、忍び込みさえしなければ自分は殺されない。殺されなかった場合は自殺するジリアンを助けられるのではないか、と。
マイケルは家で待つことにした。
勇者だって一日中ジリアンの相手をしているわけではないだろう。一回目は自分が監禁されていたから、家に帰って来たジリアンと話すこともできず、彼女は自殺したのだと、マイケルは考えた。
翌日になっても帰って来なかった。
近所の主婦たちが暗い顔で交代ごうたいマイケルの家のことをしに来てくれたが、マイケルは一回目の時もこうしてジリアンを生贄にしていたのだと恨みを募らせた。
主婦たちが勇者をジリアンに押し付けて、自分たちだけは助かったのを喜ぶのも村の掟に理由がある。公認の浮気である春祭りでできた子どもがいようが、それは村人の子どもなのだから、村人に変わりはないと、子どもの母親の夫も気にしない。親を失っても、村全体が村の子どもとして育てる。だが、村人以外が父親である子どもは別だ。
貧しい村では助け合って生きていかねばならないからこそ、団結することが求められる。その元となるのが両親共に村に貢献している村人であるかどうかだ。
村人と村人の間に生まれた子どもだけが村人として扱われ、勇者であろうと余所者の子どもは母親やその家族にとって恥でしかない。そういう風潮が村にあった。
だから、勇者がジリアンを気に入ったからと主婦たちはジリアンを生贄にした。その後ろめたさから、ジリアンの夫の世話をしに来ているに過ぎない。
待ち続けて、日が暮れようとした頃、ジリアンは戻ってきた。
立っているのも辛そうな様子だった。まるで幽霊のようだとマイケルは思った。
「ジリアン!」
「マイケル・・・・・・」
マイケルの姿を見て安心したように脱力したジリアンをマイケルは抱きかかえた。
何があったかは聞かない。
聞けるはずもない。一回目のジリアンは苦悩のあまり、自殺をしてしまったのだから、聞くわけにはいかない。
それに、三回目にしてようやく、マイケルはジリアンと再会することができたのだ。ジリアンが自殺した時も、マイケルが殺された時にもできなかった選択肢が選べる。
生まれ育った村に愛着はある。
今、村を出るとなると二度と村に戻れないこともわかっている。
二度と両親や親戚(村中がほぼ親戚)と会うことができないこともわかっている。
村中に憎まれることもわかっている。
だが、そうしなければジリアンを守ることはできない。
村長を説得することも、元凶である勇者を倒すこともできなかったのだ。残された手段は村を出ることしかない。
腕の中で泣き崩れるジリアンを宥めながら、マイケルは村から脱出する決意を固めた。
ジリアンが泣き止んだのはそれから一時間後だった。
「ジリアン。村を出よう」
「!!」
驚愕の表情でジリアンはマイケルを見た。
「このままこの村にとどまっていたら、また勇者のところに戻らないといけないだろう? 俺はそれが耐えられない」
一回目にマイケルが村長の家の納屋から解放されたのは、ジリアンが死んだからだった。村が豊かではなかったとはいえ、水しか与えられなかった状況で、解放されるまでに確実に三日は経っていたとマイケルは記憶している。
「でも、それじゃあ、もう村には戻れない」
「お前を生贄にするここに戻ってどうする? この村は腐ってる。村長だけじゃなくて、村人全員が腐りきっている」
自分が選ばれなかったからと安堵する村の女衆。自分の妻が選ばれなかったからと、邪魔なマイケルを拘束して監禁した男衆。
村が貧しいからとはいえ、マイケルが反抗できないように食事を与えなかった村の者たち。
ジリアンが死を選ぶまで見て見ぬ振りをした者たち。
一回目に監禁された時の怒りと憎しみ。そして、今回、何食わぬ顔で世話をしに来た女衆への憤りがマイケルの内で燃え上がっていた。
「マイケル・・・」
言葉にならなかった。なんと言えばよかったのだろう。
ジリアンは勇者のいる村長の家に戻りたくなかった。
勇者の相手などしたくなかった。
それでも、村の為だと村長の妻や近所の主婦たちに言われ、仕方なく従った。それがマイケルの為でもあると信じて。
そのマイケルが村を出ようと言ってくれた。
勇者のところに戻らずにすむ方法を示してくれた。
この人を選んでよかったとジリアンは思った。
マイケルは村を捨てることを選んでくれた。
村人に恨まれることすら選んでくれた。
「本当にいいの?」
あとになって、村に帰ることなど許されていない選択肢にジリアンは真意を確かめた。
村人たちは村の意思に逆らったマイケルとジリアンを許しはしないだろう。
「ああ」
「家族も故郷も捨てることになるのよ」
故郷だけではない。両親も捨てることになるのだ。
村を捨てるだけなら、なんの後悔もないだろうが、親を捨てるとなるとそれまでの関係すらも否定することになる。
「そんなこと、気にするな」
マイケルの脳裏に村の総意に従わなかった自分を監禁した村の男衆とジリアンを助けようともしない村の女衆のおためごかしがよぎる。
一回目の仕打ちだけで、もはや彼らを許す気にはなれなくなっていた。
「でも、村に二度と戻れなくなるわ」
「二度と戻らなくても、後悔はない」
自身の死とジリアンの自殺を経験したマイケルに迷いはなかった。
二人は急いでお金と売れそうな物だけを持って家を出た。
辺りは既に日が暮れていて、ランタンさえともさなければ誰にも気付かれることはないだろう。
村を出て、充分離れたと思ったところでランタンに火をともす。ここまで来る間も整備された道ではなかったので足元が悪かったが、これから先は慣れた道のりとは到底言えない。明るくもないのに、野生動物や魔物のいる不慣れな場所を行くのは追手の目を誤魔化す英断ではなく、ただの無謀にすぎない。
二人は灯かりをともして野生動物と魔物が跋扈する夜の山野を歩く。
暗く、足元が見えない中で、整備されていないでこぼこの道を歩くのは神経を使う。カンテラの光があるとはいえ、それだけでは光は足りず、進速さも昼間とは比べ物にならないほど遅い。踏まれてもなお道に生えている雑草や張り出した木々の枝や根、雨で剥き出しになった小石を避けて歩かねばならない。それ以外にも道が傾いていたり、慣れぬ夜の山道は二人の気力も体力も容赦なく奪っていった。
いくら休みながらとはいえ、一時間も泣いたジリアンだけでなく、ジリアンの帰りを一睡もせずに待ち続けたマイケルも精神的にも肉体的にも疲労の色が濃い。これ以上、一歩も進めない、ここまで進んだのなら追手も来ないだろうと、二人は道から外れた木の陰で朝まで仮眠をとることにした。




