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勇者に殺されたマイケルはこの村で生まれ育ち、同じようにこの村で生まれ育ったジリアンと結婚して、平凡ながらも幸せな日々を送っていた。
ある日、村に勇者がやって来た。
村の女衆は勇者の歓待で夜遅くまで家に帰って来なかった。マイケルの妻ジリアンもその一人だった。
だが、帰ってきた隣の家のおばさんからジリアンはまだ用事が残っていて、村長の家に泊まることをマイケルは伝えられた。
その伝言を聞いて、村の中とはいえ、夜道を一人で帰るのが危険なのだろうと、マイケルは妻を迎えに村長の家に行った。
村長はジリアンが勇者に気に入られたと言い、春祭りの夜と同じなのだからと、マイケルを宥めた。
が。
それで宥められるようなマイケルではない。
春祭りは長く続いた冬が終わったのを祝っておこなわれる祭りだが、生まれた時から顔なじみしかいない村の隣近所の目がうるさい為に窮屈で単調な生活が、この日だけは一変する。その日の夜は村公認で浮気をする日なのだ。村長だろうが、村長の妻だろうが、その日は関係ない。その日だけは、夫婦や恋人であることを忘れて大人たちは浮気を楽しむ。勿論、いくら浮気が許されている日だからといって、それを受け入れられる者ばかりではない。その少数派の一人がマイケルだった。
それに、村が貧しいとはいえ、勇者が近付いてきていることは冒険者や旅の商人の噂からわかっていた。近くの街の娼館から娼婦を呼んでおくこともできたはずだった。
村長では埒が明かないと、妻を連れて帰ろうとしたマイケルは村の男衆に村長の家の納屋に監禁された。村の酒場で一緒に飲んだ相手に縛り上げられた。見張りには親友のミックもいた。
朝になっても、マイケルは解放されなかった。
マイケルが解放されないということは、勇者がまだ村にいるということ。
何日も、何日も、マイケルは解放されなかった。
マイケルは胸が張り裂けそうだった。
妻が勇者に気に入られた。その一言で、何日も監禁されているということは、ジリアンは何日も勇者の相手をさせられているということなのだ。
マイケルは勇者を恨んだ。
村長を恨んだ。
自分と同じように妻がいながら、勇者に差し出させた村の男衆を恨んだ。
自分やジリアンを助けてくれない村の女衆を恨んだ。
村長の家の納屋から解放された時、マイケルの人相はオーガのようになっていた。
そして、ジリアンが死んだことを村長に告げられた。
それからの記憶はない。
気付いたら、勇者がやって来た日の朝になっていた。
勇者が来たことを聞いたマイケルはジリアンに村長の家に行かないように言った。
しかし、勇者を歓迎する用意は村の女衆全員がおこなうことになっていて、それを破れば村にいられなくなるかもしれないと、ジリアンは気にしすぎだと言って笑って家を出て行った。
マイケルは今度は大丈夫かと思った。
だが、やはりジリアンは村長の家に泊まることになった。
マイケルは村長に気付かれないように村長の家に忍び込み、ジリアンを家に連れ帰ろうとして勇者に殺された。死に逝くマイケルを嗤う勇者と髪を振り乱してマイケルに近付こうとして、勇者に引き戻されるジリアンを見て、マイケルは自分の無力さを噛み締めた。