喜ばれた日
俺に彼女が出来たと大喜びする、両親を目の当たりにして、否定することができないでいる。
二十二年生きてきた俺だが、両親に、これほど喜ばれた経験がない、だって、母さんなんて涙流してよろこんでんだよ、これで彼女じゃねなんて言えない。
喉まで出かかったのを飲み込んだし。それに彼女と言われた当の本人は、満更でもない御様子で。
「いえ、こちらこそ末永くよろしくお願いします。」
などと、ほざいているし
(ちょい、まてや!)
と、心中で叫んでしまった。
空いた口が塞がらないとは、この事である。ほんの数時間前に出会ったばかりなで、彼女の行動が、胡散臭くてしかだない。
先程の態度と違いすぎて信用性に欠けるからであり、何を考えているのやら、とんと検討がつかないからである。
俺は小声で確認で見ることにした。
「いいのか?」
「なにがですか?」
「なにが、だ!じゃねえよ。
俺が、彼氏でいいのか?、て話だよ」
「別に……」
(何故? そこで黙る)
「……貴方なら、問題ないかなぁと」
俺の顔を一度見て、再確認するんじゃねえ。
(お前の彼氏する基準は顔か!)
心の声が聞こえたのか、肘鉄が一発、脇腹にクリーンヒット。
「フグゥ」声にならないものが出た。
あの玲奈さん、悪意に満ちた微笑みを浮かべながら、目で違います、などと訴えるのやめてくれません。
そっぽ向かれても腹の痛みが消える訳じゃあないからな覚えてろよ。
俺達のやりとりにほだかされた親父が口を滑らかした。
「ま、孫…。
楽しみにしてるからな」
(気が早えよ、クソ親父!)
「あなた、気が早いですよ
ね、玲奈さん」
「いえ、頑張ります」
(なにをだ!)
なんつうことを口走ってんだよ、クソ親父!それに玲奈も玲奈だ、なにが頑張りますだ。
呆れた俺を他所に、家の両親に嫁認定された玲奈は素知らぬ顔しているし。それを見ていない両親は目を見開いてしばらく硬直していた。
感無量だと瞳を潤ませて上を向く親父に対して、母さんは玲奈に抱きつくしまつ。
実の息子を無視して、よくもまぁ、イケシャシャと話が進むことに感心するわ。
俺はそんな三人に遠い目を向けつつ、玲奈に出会った数時間前の事を思い浮かべていた。
リアルタイムRPG 凪 俺が運営を押し付けられた、オンラインゲームの名前だ。不人気すぎてプレイヤーが数百人ほど……スポンサーも無く、ほぼ宣伝していない。
そんなマイナーなゲームなのだが、ゲームのクオリティだけは無駄に高かった。
理由をあげるなら、偶々ネットサークルで知り合いになった人達の趣味がゲーム制作だったのだ。プロ顔負けの腕前で個性的な集まりときている。
各々拘り――我が強くて熱中しだしたら人の話なんて聞いちゃいない連中で――サウンド無しでフルボイス、ノンプレイキャラクターに規則を与えて自立型に見せかけた、だけのもの。
しかし、仕事という縛りがないと、ああも拘れるものだと感心してしまったが、今思えば止めるべきだったと後悔している。
理由は初心者案内人が規定の場所に居ないのだ。
そりゃ、プレイする身としたら大変迷惑な話である。
その他もろもろのイベントキャラクターが所定の場所にいないのだ。クレームに次ぐクレームの嵐に悩まされる始末で。
(やってられるか!)
と匙を投げたかった。
しかも!不都合が多々散見されたるは、修復の出来る技量がない、俺は放置するしかなかった。
そんなクソゲーにも関わらずプレイしてくれた人には好評だったのは意外で「リアリティーがあっていい」「まるで、現実の異世界に居るみたい」そんなレビューが飛交っていたのが不思議でならない。
そんな苦悩を知らないあいつらは、全て業務を丸投げしたあげく「頑張れよ」と一言残して、本業へと去って行ってしまった。
ただ、救いだったのは、クレームや不具合処理補佐をする為に、残してくれたのが隣に居る玲奈なのだ。
それでも、数ヶ月しかもたなく、俺の許容範囲を超えてしまい、サービス終了を決意した。
昨日の深夜に電源を切ったのだが、サーバーがダウンしなかった――パソコン画面に文字が浮かび上がる。
『望む世界の引き継ぎを行います。 しばらく、そのままで、お待ち下さい』
(は? なんだよ、これ?)
部屋の画像が乱れて、ゲーム内に設定されている玲奈の部屋に俺だけ転移した。突然目の前に現れた俺に抱き付くかたちで倒れ込んだ、玲奈を支えた途端、部屋の画像が乱れて元の自室へと戻った。
ものの数秒の出来事だったのに、えらく長い時間に感じた。
「え?」
「は?」
「なんですか、これは……」
俺より先に怜奈が声を上げた。
(いや、それは俺の台詞)
「こっちが聞きたいわ!」
あの時は玲奈が慌てふためいたお陰なのか、冷静で、いられたんだよな、きっと。
玲奈を宥めるのに必死だった。
そんな俺達を余所に玲奈の荷物が部屋に、ドサドサと散乱した。
(まじ、ふざけんな!)
状況を把握するが大変だったが。
あの、玲奈さん、犯人貴方じゃないでしょうね、て、疑いの眼差しで見つめてくるの!?やめてくれません。
(俺は無実だ!)
一緒に巻き込まれた被害者であって、君をこちらに呼んだ犯人ではありません。
いくら、ジト目で睨まれても進展はしませんよ、ほんとに……。
突然目の前が光輝いて、一通の手紙が現れた。
(眩しいんだよ、おい!)
ヒラヒラ、手元に舞い降りた。
如何にも怪しげな、真黒の封筒に血糊で書かれた文字――言葉を失った。
大きく『神託』の文字に。
いやいや、まてまて……どう考えても可笑しいだろ。
何時までも封筒とにらめっこしていても、始まらないか……。
隣の玲奈は待ちきれない、御様子で、目で訴えてくるし
(で、なになに)
『レイラレスカ・ユキシ・マレイナを天上界まで連れて来て下さい。
追伸、レイラレスカ・ユキシ・マレイナは、女神の加護を受けし者。
治癒の知識。
遠阪和樹様のご検討を祈ります。
でわ、天上界でお合い出来るのを心待ちにしております』
(え、これだけ?)
いや、ちょっとまて…… 不親切にも程がある。開いた口が塞がらないとはこの事だ! ヒントもねぇし、無茶苦茶じゃねぇか。
何処にあるんだよ、そんな場所!。
仮にだ! 在るんだと仮定して、そもそもどっちら側の天上界なのかは、書いてあっても罰は当たらないと思うんだけど。
玲奈と共に現れた扉を見据えながら、途方に暮れていた。
裾を引っ張る玲奈に気が付かなかった―――――――お互いの顔と紙を見つめ合いながら時間だけが過ぎていった。
悩んでても進展しないのに、気が付いた俺は、今すべき事しようと玲奈に提案した。
「そうですね……」
現状を受け入れるのに、時間が必要なのは、よくわかるが、このままでいいわけがない、そんな顔をするな。
先ずは名前だよな。
彼女の本名は、レイラレスカ・ユキシ・マレイナ と長い名前で、日本人らしくない。
玲奈は、ぱっと見だけなら日本人と見分けがつかないし、異世界人だとは、こちらから暴露しないかぎり、ばれないだろう? だから、名前を変えないかと求めてみた。
「なぁ、レイラレスカ・ユキシ・マレイナさん」
「はい、なんでしょうか?
遠坂和樹さん」
「いや、別にフルネームじゃなくてもいいから」
「え?。
遠坂様がフルネーム、だったので、こちらではそうなのかと……」
「悪い、勘違いさせたみたいで
俺の事は和樹って呼んでくれればいい。
君の名前が長いし、日本人らしくないから、変えようと思うのだが、いいか?」
「と…… 和樹様のお好きになさって下されば、よろしいかと」
「様は、やめてくれ。
それに喋りかたも堅いから、もう少し柔らかかくしてくれると、ありがたい」
「はい、かし……
わかりました。
和樹さんと、お呼びしますね」
まだ堅い気もするが、許容範囲か、そのうち砕けた喋りかたになるだろ。
「そうだなぁ。
レイ……」
レイラレスカとは呼びたくはない、本人を目の前にしているせいなのか、わからないが否定してしまう。
「どうかしましたか?」
顔を覗き込ませてきた。
(ち、近いんだよ)
俺のストライクゾーン、ど真ん中の彼女は願ったり叶ったりなのだ。丼を想わせる胸に括れた腰と程良い大きさのお尻が堪らない。女性に免疫がない俺の理性を嘲笑い、歯止めのセフティレバーを打ち砕だいてしまうのだ。
(やべぇ耐えろ、俺!)
そんな脳内格闘をしていると、ふと浮かんだ、彼女の名前雪島玲奈が脳裏を走る。
「玲奈
君の名前は雪島玲奈なんてどうだ?」
「……」
そんな可愛い瞳で見詰めて静止しなくても……いや、無表情で固まっている、だけなのかもしれない。
「……
そうですね、和樹さんが、そうしたいのなら…
かまいませんよ」
煮え切らない御様子で――承諾されてしまった。
凝りが残りそうな、そうでないような、スッキリしないまま、今に至るわけだ。
玲奈と引き離され厨房へと移動した、と同時にミックスサンドイッチの注文が殺到する。
サンドイッチの片手間に部屋の壁に、新たに出来た扉を思い浮かべていた。
レタスを手の上でパチンと、軽く叩いて平にしつつ。
部屋に出来た扉は玲奈が住んでいた、玄関である。
素早くバターを塗ったパンにそっと乗せて、ハム、チーズ、胡瓜と……。
鍵は格子で施錠されているし、部外者は入ってくるのことはないから大丈夫だろう。
溶き卵をフライパンに流し菜箸でクルクル掻き混ぜて、父とは違いふんわり食感に仕上げて、パンの上へと盛り付けた。
直ぐさまマヨネーズ、薄切り胡瓜、パンを乗せた。
ア、という間に四枚重ねが出来上がり、サクと音が聞こえそうな包丁裁きでカット。
皿に四つのビラミットが完成した。
玲奈の家、いや元玄関には扉と額縁しかないことを俺はこの時、気が付いてはいなかった。格子に見えていたのは、ただの木目だったことを。
扉がゆっくりと開き招かねざる客が侵入してきた、しかも土足で……。
黒い影が三つドカドカと音を立てて足を踏み入れてくる。
部屋に侵入者が入って来たことなのど知らず、俺はサンドイッチと戦っていた頃。
粗方物色した、三人組は廊下へと繋がる扉に手を掛けた。
恐る恐る見開き、キョロキョロと安全なのを確認していくのだった。
俺の元に一匹の精霊が駆け寄った。実際には宙を舞、飛んできたの方が正しい。玲奈と共に、こちらに来たのだが……店内に散らばって接客をしている、三人一組でだぞ。
普通さ、驚いたりするもんじゃないの、ちっこい体長十五cmのフィギュアが動いて喋ってんだぞ! 店の客が大騒ぎして当たり前だろに。
俺が可笑しいのか、いや違う、俺はまともだ。ここに来ている客が可笑しいのだ。
「カズキ。
ダレカキタヨ」
駆け寄ってきた、精霊が訳のわからん事を口走っているし。
(上が何だってんだよ)
慌てている精霊を余所に他ごとに思いを馳せる。
しかし玲奈に、精霊に性別はないとは聞いたが、見方によっては男女に見えなくもない。
「大変、和樹さん。
部屋に侵入者だって」
(は?なんだって!)