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 結局俺は、その晩と次の晩も小さなモーテルに泊まることになり、ステーキは食べられなかった。茹でムラのあるスパゲティーと、魚のフライを挟んだパンと、シロップのかかったパンケーキと、それから車中で食べるビスケットが2日のうちの献立だった。


 一体どんな鍋で茹でたら、硬いところと柔らかいところの混じったスパゲティーが出来上がるのかはよく解らない。けれども まぁ、幸い俺はあまり上等なものばかり食べて育った身体でもなかったし、好き嫌いも少なかった。黙って食べ、タバコを巻いて一本か二本喫い、それからウィスキーを飲んで眠った。


 ボクシングの観戦の夢と、小さなバーでブルースミュージシャンがギターを弾く夢を見た。片方は一日の運転で体に染み込んだブルースのカセットが見せた夢だろう。ボクシングの方は、それが一体どこから忍び込んできたイメージなのかは分からない。俺は格闘技の試合なんてテレビで見たことしかない。

 そして二つの夢は、どちらも主体性が不足しているように思えた。もしかすると自分の手で、人を殴るか楽器を演奏する必要なんてものがあるのかもしれない。あるいはオードリー・ヘプバーンのように、楽器で人を殴ってしまえば二つが一ぺんに済む。もちろん冗談だ。




 走った距離は2000キロに近くなっていた。「そろそろじゃないのか?」と、俺の勘は囁いていた。その通り。「そろそろ」だった。


 午前中に、「陽気なオッサン号」のボンネットからビリビリという細かい振動が伝わってきた。ハンドルとシート、古びた革靴を履いた足元から、そのアラート信号は俺の身体に伝わってきた。古い車だし、整備はボチボチ、道は未舗装で、比較的に酷だと言えるかもしれない。自分の感覚としては、これは「とてもよく走っている方」だと思う。


 脚の悪いテンガロンのオッサンが町中まちなかを転がしていてから、長距離の旅に出たので車を取り巻く環境は変わった。「慣らし」⋯⋯とは少し違うが、隠れていた弱点は洗い出されなければならない。機械は放っておけばいつまでも調子よく動くというのは、長い歴史と広い世界で見れば極々少数の人間だけがしている誤解なのだ。


 運転に使うエンジンの回転数を、それまでの4,500回転から3,000くらいまで落とす。すると振動は消えた。全体の進行速度が少し落ちる。運転の方は、気遣わしいものとなるよりむしろダラダラと間延びしたものに変わる。

 頭の中で軽く状況を整理する。ゆっくりなら異常が出ないということは、部品の決定的な破損はしていない。⋯⋯まだしていない。高負荷はNGだ。疲労部分の寿命を早回しにしてしまうだろう。なんとか保ってる間に修理工場を見つけ、そこでどうにかするしかない。


 大丈夫だ。カセットのプレイヤーに異常はない。マクスウェルの悪魔のメロディーが続いている。シラードのエンジンは回る。


 ⋯⋯俺はふと思い出して、ウィンドウから外を見回した。むっくりと太った雲が、どこかに浮かんでいるんじゃないかと思ったからだ。けれどもそんなものは、どこにも見当たらない。風は弱く、薄く曇った空が太陽の光の柔らかい部分だけをふるい分けて地面に落としていた。実際的な部分では、夢は夢であり現実は現実なのだ。


 とりあえず、今のところは。

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