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 木枠にガラスのめられた扉を開けると、レジカウンターでは一人の若い男が売り物の雑誌を広げて音楽を聴いていた。

⋯⋯ゥ チャ ゥ チャ ゥ チャ ゥ チャ⋯⋯


 陽気なレゲェのリズムが、レジ台の端に置かれた古い型のラジカセから鳴っていた。俺はその男に英語で話しかけた。商売人なら、この辺りの国では大体通じる。


「やあ、景気はどうだい?」


 若い男は顔を上げた、パッと見でわかる強盗か、そうでない何かかを俺の姿から見極めた。もしかしたら客かもしれない。男はわずかに訛りのある話し方をした。


「この通り、『退屈』の山積みセールだよ。一つ買ってかないか」


 そりゃいい。忙しい国に持って行ったらきっと高値で売れるだろう。


「ガソリンの入れ方を教えてほしいんだ。そしたら一緒に缶ビールでも飲もうぜ」


「フーン⋯⋯ いいね」


 男は雑誌を置くと、身軽にカウンターを飛び越えた。


 


 男は丁寧にガソリンの入れ方を教えてくれた。レバーを倒してチューブを給油口に突っ込み、あとは握りを引いてガソリンを注ぐ。その時に、ポンプに繋がったベルが大きな音で一つ打ち鳴らされる。男は言った。


「これで俺は飛び起きる。まあ、ガソリン泥棒なんてこの辺りじゃ聞いたことはないけどな」


 ポンプが止まったらチューブを受け具に戻す。その時にまた、ベルが同じように鳴る。機械の口からチケットが出る。


「これを持ってレジで金を払う。あるいは鉄砲でも突きつける」


「強盗が好きなのかい?」


 男は笑って言った。

「いや、強盗の出る映画が好きなんだ。ビデオをたくさん持ってる。⋯⋯しかしあんたの車、まるで悪魔の遣いのようだな」


「そうかな。けれど、悪魔がみんな悪人じゃないかもしれないよ」


 男はそれを聞くと、一瞬動きを止めて考えた。

「⋯⋯それ、おもしろいな」


「そうかい?」

 俺たちは店の方に戻った。




「大丈夫だ。まっすぐ走ってる限り、この辺の警官が飲酒運転なんて切るこたぁないよ。運転がダメになる飲酒量には個人差がある。自分でわきまえる賢さを持てってことさ」


 そのようなことを言いながら男が先になって扉を開けたとき、地鳴りのように床が震えだした。男はなんでもなさそうに言った。

「あ、『乳牛』だ」


「乳牛?」


 男は扉の外、俺がこれから目指そうとする道の先を指差した。草地の先、道の遠くの方から巨大な黒い塊が走ってくるのが見えた。それは牛ではなく、バスのようなRV車、あるいはRV車のようなバスに見えた。黒っぽい車体は、近づいてくると三色の暗い迷彩柄に塗られているのが分かった。

 足元がゴリゴリと揺れる。車両は店の前を通り過ぎる。ダンプのキャビンを鉄板で囲ったような運転席があり、その後ろは巨大な箱だ。その箱は内側から円筒形に押し出されるような形に造られている。

 特別大きなタイヤが8個もついている。いや、そのうちいくつかは二重になっているから、12個だか14個ついてるかもしれない。その軍事車両が通り過ぎる時に、店の中でいくつかの品物が棚から落ちる音がした。


「クソ⋯⋯」


 男はのんびりと、それほど面倒臭そうでもなく、そう悪態をついた。


「退屈が一つ売れたね」


「あいつら代金を払わない」


 確かに。




 男が品物を棚に戻し(シリアルと洗剤と細いロープのロール)、地鳴りは去って静かになった。俺は聞いた。


「どこかで戦争でもしてるのか」


「いや、前にあったデカいやつの事後処理と、その警護だと聞く。そっちはあんたも知ってるだろう?」

 俺は頷いた。


「ガソリンだ水だの載せてゴロゴロ通り過ぎるだけで、一枚の銅貨も落としゃしないよ」


「良くないな」


「良くないね」


 俺は冷蔵ケースの中から缶ビールを二本取り出してレジに置き、そして言った。

「戦争反対」


「そうだな」


 男は気だるそうにレジを打ち、ガソリン代とビール代をその中に入れた。それから言った。

「あんたの旅とビールに乾杯」


「いいね、それ」


 俺は同意して、男と二人でプルタブを開けた。そのとき、俺は足元に落ちているそれに気づいた。


「これも落ちたよ」


 俺はその箱を拾って男に見せた。ジャムの瓶か缶詰くらいの重さの、ボール紙の箱だ。重さの割にはそれほど大きくない。細かい字の注意書きのラベルと、かわいいコウモリの絵柄がプリントされたラベルが貼られていた。男はそれを見ると、とても不思議そうな顔をした。


「それは、⋯⋯去年の入れ替えで扱わなくなったものなんだけどな。どこにあったんだろう?」


 棚の位置からしても、どの辺りから落ちたものなのかよく分からなかった。俺はラベルのコウモリを見た。それは小さな牙を見せて笑っている。その下に商品の名前が書いてある。「ヒート・プルーフ⋯⋯」その後はなんと書いてあるのかよく分からなかった。


「あんたにあげるよ。今はウチの商品じゃないしな」


「食べ物じゃなさそうだ」


「そう。でも何かの役に立つかもしれない。特別高価なものでもない」


 俺はそれを貰うことにした。店の人間がそう言ってるなら、それでいい。


「ありがとう。ところで中身は⋯⋯

「そんなことよりさ、あんたは車でどんな音楽聴くの?」


 男は俺の質問を遮って聞いた。


 ⋯⋯そういえば、何の音楽もないんだった。

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