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 目が覚めると、モーテルの窓は風を受けてカタカタと鳴っていた。窓から空を見上げると、煤を飲んだように暗い腹をした重そうな雲が、空を次々に流れ去っていた。俺は不吉な暗示のようなものを感じながら顔を洗った。


 俺は荷物の中からビスケットとミネラルウォーターを出して運転席に持ち込み、また長い平野の道を走り出した。

 雲は相変わらず、どこかを目指すようにして足早に流れていた。道は時々、丘を回り込んだり林を避けるようにして曲がった。それからまたまっすぐの見通しが立つと、俺は袋からビスケットを一枚出して食べた。


 ルームミラーを見ると、自分の巻き上げた砂埃が風に吹き流されていくのが見えた。それは車の立てる振動や回転計の震えるスピード感とは関わりを切り離され、畑なり草地なりの上をゆっくりと渡っていった。石鹸が少しずつ小さくなっていくように、自分の残りの人生がそうして少しずつ異国の空気に散り去っていくような感じがした。




 時間の長さとか早さといったものは本来目に見えない。それはヒトが会得えとくした合理的な機能だと思う。そんなものがいつもいつも目に見えて、そして目減りしていくものなんかであれば、よほど鈍感な人間以外は狼狽うろたえ気を揉みながら日々を過ごしていかなくてはならないのではないかと思う。


 そういえば、まるでそうした時間の脅迫が見えてでもいるかのような考え方をする人間に会ったことがある。彼女 (同い年の女性だった)はいつも自分が使える制限時間を気に掛け、様々な資格を片端から取得し、自分の価値観に照らして人生を成功しているような人間とアポイントが取れれば合って話をした。

 かなり前のことだが、最後に彼女の消息に触れた時には、確かに彼女は同年代の中では多くの収入を手にしているらしかった。


 俺がその生き方から連想するのは「消耗」という言葉だった。より目の荒いヤスリで、日々休みなく自らを削り取っていくこと。彼女は効率よく欲しいものを手に入れ、自らの外枠のようなものを拡大し続けた。そして一応の目標が達成されると、さらなる物欲と拡大の余地を世界に求めた。


 個人の価値観だ。しかし俺は、それを自分に当てはめてもどうしたって心が安まるとは思えなかった。質素な漁師は株の取引などを始める必要はなく、最初のまま質素な漁師であり続ければいいと思った。

 あてのない異国で人生が少しづつ砂埃に変わっていくことこそが、(どちらかといえば)俺の望む人生の形だった。目の荒いヤスリを手にして方々を駆け回る彼女は、まるで自分の人生の残りのかさが残っていることを恨んでいるように見えた。


 それはただ、彼女が他人の怠惰にしている話を必要以上に(彼女には必要だったのかもしれない)攻撃して言う悪癖が、それを耳にしていた俺の何かを少しづつ歪めていった結果なのかもしれない。

 なにもパーティーの会場で、「勤勉さそのもの」が意地悪に足を突き出して俺を転ばせたわけじゃない。「向上心そのもの」がそれを指差して嘲笑ちょうしょうしたわけでもない。世の中にはウマの合わない相手もいる。きっとただそれだけのことなのだろう。




 昼過ぎまで走ると、燃料計の針が半分を割った。大陸を走り回るのは何しろスケールの大きなことだ。ガソリンは早めに入れなければならない。油断して一つスタンドをスキップすれば、次のスタンドが何かのトラブルを抱えていて補給が出来ないという可能性もある。「入れておいて損はなし」と。これが鉄則だ。

 現にスタンドの看板が見えたのは、それに思い当たってから二時間以上以上走ってからだった。バイクで旅をする冒険家たちは一体どうしているのだろう。俺くらいの用心じゃとても追いつかないはずだ。


 スタンドは日用品を売る古びた商店と一セットになって、広大な草地の真ん中に建っていた。踏み固められた土の道路の横に、いささか場当たり的にアスファルトが守られて、その上に必要な装置と家屋があった。きっと雷か何かで草が焼け進むような時に、大きな事故にならないようにするためなんじゃないかと思う。


 車をポンプの機械の前に停め、俺は車から降り立った。ガソリンの機械ポンプは見たことのない形をしていて、その使い方は分からなかった。誰も近寄って来る気配がないし、どうやらそれはドライバーが自分で操作するものらしい。俺は軽く伸びをしてから、小さな商店の方へ人を探しに行った。

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