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 ムスフォトが手際よく、牛たちの背から荷物を外した。ここが今夜のキャンプ地なのだろうか。


「なあ、その、⋯⋯人間の俺からすると、ここで寝たり飲み食いするのはちょっと気味が悪いんだけど」


 ムスフォトは小さく笑って言った。


「心配いらんよ。歩いて向こう側へ超えるだけじゃ。牛たちは今夜帰っていく場所があるからの。わしらの都合でずっと引っ張りまわしてるわけにもいかんのじゃ」


「なるほど ⋯⋯ね」


 荷物を降ろし終わると牛たちは森の中へ帰っていった。俺だけが最後まで彼らと打ち解けることができなかったような気がする。ムスフォトが言った。


「さ、こんどはしっかりと手を貸してもらうぞ。この荷物を往復して向こうへ運ぶ」


 彼は禿げ地の先を指差した。そこからは、また木々の層が連なっているように見えた。


「任せてくれ。人並みの体力には人並みの自信があるんだ」


 冗談を言ったつもりだったが、それは上手く風に乗れなかった紙飛行機がポトリと手前で落ちるように消えた。俺とムスフォトが大きな荷物を、デオは細々(こまごま)とした荷物を持って、禿げ地の往復にかかった。




 古戦場の先の森を超えると、そこには広い砂地があった。砂地の形は細長く、森の陰から姿を現して、また森の陰に消えていた。それは乾いた川のように見えた。俺たちはその砂地の(はし)の、木のせり出しの下に荷物をまとめた。全てを運び終わり、砂の上に尻をついてタンクの水を飲んだ。俺はムスフォトに聞いた。


「ここは川に見える。今は乾いてるけど、なんかの間違いで鉄砲水なんて来ないだろうね」


 ムスフォトは荷物にもたれて空を見上げながら言った。


「よく見ておるな。大丈夫じゃ。川は何十年も前の洪水で、地形が変わってヨソを流れとるよ」


 俺は地面の砂をすくい上げ、それを指の間から地面にこぼした。砂の粒が小さな山をつくり、その中で特別に細かく砕けているものは風に乗って森の方へ流れた。とても穏やかな空気の動きだ。それを見るまで、風なんてすっかり止まっていると思っていたくらいだ。昔、人間同士が殺し合いをした場所の近くに乾いた川があり、今日そこには、感じられないくらいにゆっくりとした風が吹いている。なんだか不思議な気がした。


「なあ、ムスフォト。さっきの場所であった戦いは、この川を奪い合ってのことだったのか?」


 俺はそばに座った悪魔に聞いた。


「いいや、そうじゃない。飛行機からの降下部隊と、それを待ち伏せていた部隊が衝突したのじゃ」


「皆、死んでしまった?」


 ムスフォトはその視線を、空の一角からまた別の一角に移した。


「いいや、そう何人もは死ななかった」


 そう何人もは⋯⋯。残酷な響きだ。だが、良くも悪くもそれはただの言葉でしかない。


「⋯⋯あんたたちは何もかもを知ってるのか?」


 ムスフォトは笑った。


「まさか。君たち人間にも五感があって、『見りゃ分かる』という状況があるじゃろ。わしらも時間に根ざした感覚を持っとるだけで、そう遠くまでは分からんし、そう詳しいところまでは分からんよ」


 人間の五感とは違う、光でも空気の震えでもない何かを感知することが、彼らにはできるという。俺は乾いた砂の上を見渡し、そのような感覚がどういうふうにして事象を伝えてくるのだろうかと想像してみた。けれどもそれは、すぐに理解するにはあまりにも、根本的な相違を持ちすぎている。


 俺たちはすぐそばに立ち──あるいは座り──、おおむね似たような姿かたちをしている。けれども別の存在だ。何枚かの葉と葉は触れ合うほど近くにあったとしても、その枝から幹を辿たどれば、別々の木の一群ひとむれの葉だ。砂の上で、空気は穏やかに動いていた。

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