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それから半日くらい、あまりお喋りもせずに俺たちは親切な牛に揺られていった。昼に一度、ひらけた空き地のような場所で休んでパンと缶詰の茹で野菜を食べ、それからまた牛の歩みで進んだ。
牛たちはムスフォトとデオにはずいぶん愛想が良さそうに見えたが、俺の顔だけは変な顔で眺めているような気がしてならなかった。
(あの人だれ?)
(さあ、知らない)
そしてまた牛たちの顔は、例えばこうも言ってるように見えた。
(なんで夜に日傘を差してるの?)
(とにかく、あんまりジロジロ見ちゃダメよ)
⋯⋯どうやらそういう感じ。つまりこのパーティに混じっている俺という人間は、彼らにとってそれくらい異質な存在ということだ。
確かに考えてみれば、ここには本来悪魔と牛しかいなかったはずだ。そもそも人間が招かれていることが、ひとつ異常事態なのかもしれない。俺は牛たちに向かって心の中で抗議した。うるさいやい。こっちだって何も好き好んで夜に日傘を差すような理解の追いつかない一日を送ってるわけじゃないやい。とかなんとか。
頭の上に茂る木々の葉の間を、太陽は西へと移動し始めていた。よく分からない一日の行程は、そろそろその延長を止めるだろう。
俺は牛の上からムスフォトに聞いた。
「なあ、今夜俺たちはテントを張って寝るのか?」
彼はのんびりと牛の歩みに揺られながら答えた。
「ああ、そうじゃよ。もうすぐ目印がある。今夜はそこで休むぞ」
俺はそれを聞いて、また廃寺院の建物でもあるのかと思った。けれどもそれは違った・傾いた日に照らされながら枝葉の間に姿を現した景色は、もっと生々しく、もっと違った感じの時間の経ち方の中にあるものだった。
西の雲の際が黄色く光るくらいの時刻だ。夕方というにはまだ早い。牛の背に揺られて俺たちが着いたのは、森の中の巨大なケロイド跡のような場所だった。火傷は治癒したものの元の形には戻らなかった痛々しさのような、胸を掻き削る景色だ。
それは古戦場だった。陣地を作るためか、あるいは砲撃や空爆で吹き飛ばされたのかはわからない。それまで鬱蒼と続いていた森が毟り取られるように広く削られ、そこには疎に、背の低い植物やまだ若い木々が勢力を築きかけていた。
木々は公園に植えられたようなちゃちなものではないにしろ、それまで掻き分けてきた景色に比べると頼りない。その薄い緑と斑を成すように、白い地面が剥き出しになってる場所があり、そして錆びた大小の鉄の屑が散らばっていた。
「バック君は『森林』というものに関して詳しく知っておるのかね」
ムスフォトは目配せのような自然な動作で牛の隊列を止めながら言った。
「ちょっとした豆知識程度さ。植生によっては、一度傷を負うと回復するのにひどく時間がかかる」
俺が言うと、ムスフォトは少し考えてから頷うなずいた。
「ま、人間の基準にしたらな」
俺も不器用に牛の背中から降りて、足元にあった鉄屑を拾った。スプーンの頭くらいの大きさの薄っぺらな欠片が二つ。
「金属のことも少しは分かるぜ? こういう多湿なところに打ち捨てられてると、砂漠や何やに比べて腐食が早い」
俺は二つの欠片をこすり合わせた。あっという間に片方がポキリと折れた。ムスフォトが言った。
「ここで小競り合いが起きたのは、ちょうどバック君が生まれた頃かもしれん」
鉄屑を放り捨てて俺は言った。
「どっちが先?」
ライターの音がして、デオが言った。
「どっちにしても、わたしたちには『つい最近』みたいなものよ」
答えにはなっていないが、きっとその正確さが意味を持つ種類の疑問ではないのだろう。




